九話
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「どこ……ここ……」
酷く頭が痛むと思いながら目を覚ますと、そこはとても立派なベッドの上だった。
大人が二、三人寝ても余裕があるサイズ感で、さらに天蓋には美しいフレスコ画が描かれていた。何があったのかと思い出そうとすると頭はさらにズキリと傷んだが、違和感を感じたのは自身の服装からだった。
真っ白な純白のホルターネック型のドレスに、身体や頭が洗われたばかりのように心地よい清潔感のある香りがした。一体ここはどこなのかと目覚めたばかりのエクレールは痛む頭を抑えつつ起き上がると、部屋の中はとても広く、豪華絢爛と言わんばかりの家具や小物が置かれ、大きな窓から見える景色はもうすっかり夜に変わっていた。
最後の記憶はスミリャンの村で子供のボールを拾おうとして森に入り、偶然見かけた少女に声を掛けたあと川に落ちたような……という朧気ながらの記憶であり。彼女はなにかに巻き込まれたのだと思いつつも外に出るためと念の為にスマホを持っていたはずだと思うが服は着替えさせられており、元の服は見当たらなかった。
重厚感のある入口のドアに手をかけるが鍵が掛かっているのか、うんともすんともいわず、兎に角ここが見覚えのない場所で窓から見える景色も森のような場所であるがスミリャンで見た景色とは違うため、みんなが言うような問題が発生したのだろうかと思い。エクレールは窓際に近付いて開けようとするが強い静電気が弾けたように、彼女が触れると指先に電流が触れた。
「いたっ───」
思わず顔を顰めて慌てて手を引っ込めてしまうと、ドアが開く音がして、エクレールが振り返ると一人の男がいた。
高身長で如何にもな美丈夫は窓際で手を抑えていたエクレールをみては「起きたのか」と嬉しそうに声をあげるため、誰なのだろうかと疑問を感じつつ見つめると、彼はそんなことも気にせずにズケズケと足を進めて彼女の傍に来ると見下ろした。
深い闇のような瞳をした男に、彼女はえもいえぬ恐ろしさを感じながら何事なのかと思わず無意識に左手のブレスレットに触れる。それはカルデアにいた彼女がニコラ・テスラから渡されたブローチで。
今でこそ効果も発揮していないが、通常は簡易召喚からテスラの魔力補充ならびにエクレールのマスターとしての能力の上昇などを踏まえた優秀なデバイスのひとつだった。
「その瞳、その無の魔力、その姿、やはり"観測者"なのだな」
男は恍惚としたような目と声をして、突如として身を屈めるとエクレールの顔を覗き込むようにして見つめると同時に彼女の側頭部に両手を添えて、目を合わせさせるように無理やりにした。
「ヒッ───!」
「怯え方、態度、行動、全てが"観測者"らしい」
「私の事、知ってるんですか?」
「知ってる──?当然のことじゃあないか、私は"アヴニール"を愛している、なんといっても世界を"観測"する者、なんの力も能力もないのに、大魔道士の魔術により産み出た者たち」
神秘的で──美しくて──この世界の理を変える──なんと素晴らしいものなのか──と熱心に語る相手にエクレールは突如頭が痛くなり、思わず顔を歪めた。
観測者──アヴニール──その単語も先日から度々聞いている言葉だが何も理解できなかった。何故何もない自分が狙われねばならないのかと思うが相手は「君は記憶が欠如しているようだな」と呟くことに、なぜわかるのかと不思議に思うが男は何も答えない代わりに、アヴニールは世界を観測する存在であり。人類が生まれた時から存在する一族。
魔術師の家系だが一般人かそれ以下レベルの魔術師の家系で価値はないとされていたが、知る者だけがその価値を知っていると語った。
「"観測者"に選ばれた者はこの世界の全ての記憶を持っている。私はそれが欲しいのだよ」
「残念ですけどありませんよ。私はなぜここにいるのか、どうしてこうなってるのかも分からないような人間なんですから、きっと勘違いですよ」
「勘違いではない。君は"あの女"の同じ目をしている、私を捨てたあの女ッ!!……まぁそれはいいが記憶がないのは聖杯が呼んだことによる安全処置のための記憶の封印か欠如だろう」
人間の脳は繊細だからな。と告げる男が彼女の瞳を覗き込みながら告げる中でエクレールは恐怖を感じた。
聖杯の話をしたことから彼は聖杯の参加者であり。その上アヴニールを知っているという事前情報から「ブランク・ハリー・ホワイト」とその名前を小さな震えた声で呟くと男は知っていたことに感心したような顔をしたあと、彼女の手首を掴みどこかへ連れていこうとした。
「やめてください!離してっ!」
「抵抗するなッッ───!」
エクレールは足を踏ん張ってブランクを拒絶しようとすると彼はエクレールの頬を強く打った。思わずよろけた彼女の髪を鷲掴んだブランクは無理矢理に歩き出すため、エクレールは痛みに顔を歪めてしまうが彼は気にせずに部屋を出た。
ワインレッドのカーペットに廊下に並んだいくつもの宗教画はこの舘の神聖さと歪んだ何かを感じてしまうが、ブランクはブツブツと何かを呟いていた。
「記憶が欠如ということは記憶も引きずり出しやすいかもしれん。予定とは違うがまぁ大丈夫だろう、聖杯があるとなれば起動は続くだろうから想定したよりも強度が……」
「ッ……!はな……し、てよ……っ」
エクレールは必死に抵抗しようとしてもブランクは髪を掴むのを止めなかった。
反対に引きずり回そうとする彼にエクレールは髪の毛がブチブチと切れる音が聞こえたがなりふり構わずに足を止めて、彼の手から逃れると痛みと恐怖にその瞳に涙を滲ませた。
ようやく離れたことに彼女は慌てて逃げなければと背中を向けて走り出して数歩のところで、まるで足が縫い付けられたように動きを制限されてしまい、何事かと思うが足音がわざとらしく響いた。
「"花嫁"に逃げられるのはもう沢山でな、折角そのドレスも用意したんだ……もう少し"夫"には従順であれと教わらなかったか?ただの記録媒体が」
「わた……しは、普通の人間だもッ……ぁぁあ!!」
「"観測者"はいつもそれだ。自分がどれだけ素晴らしい奇跡を持っているとしても分かっていない。初代観測者オブセルは何故そのような欠陥品にしたのか……まぁしかし、感情も何も無いよりかはいいか」
お前たちの瞳は美しい、恐怖と絶望に染まるのは、沈もうとする世界の色によく似ている。と言ってブランクは自身の魔術で彼女を拘束すると、彼女の身体には鋭い電流が流れ、彼女は廊下に倒れ込んでしまい動けなくなる。ブランクはそれを見下ろすとそのまま「ジル、運ぶのを手伝ってくれ」といい、廊下の奥から黒い影が現れて。大きな影が見えるとそれは一人の不気味なローブのようなものを着たギョロ目の男が現れて、床に倒れた白いドレスを着た彼女を着た。
「おぉ、おぉ、ブランク!これがあなたの求めていた"妻"なのですね。なんと美しいではありませんか!」
「そうだ。早速"婚礼の儀式"に移りたいから手伝ってくれ」
甲高い独特の声でブランクに声をかけたジルと呼ばれた相手はサーヴァントだと理解するエクレールは、なにか悪いことをされると理解してもなお金縛りにあったように動けずに、ジルの足元から現れたのは博物館の前で襲ってきた海魔であり。巨大なその生物がエクレールを丁寧に担ぎ上げると二人は彼女を連れて廊下を進んでいく。
そうして彼女が連れられたのは館のメインとなる中央の部屋であり。
扉を開けると、そこには巨大な蓄電機か発電機のようなものや、テスラコイルが並んであり。そして部屋の中心には一つの木製の椅子があった。
黒革のベルトが肘置きと椅子の前足についており。ブランクは優しく彼女を抱き上げるとそこに座らせてベルトをつけた。
「魔術と科学の性質は似ている。そして私は科学が昔から好きだ」
ブランクはまるで親しい友人を紹介するように彼女を座らせた椅子を撫でながら機嫌良さそうに話をしており。ジルはなにかの作業をしていた。
「これは電気椅子だ、拷問器具であり。アメリカでは死刑執行の一つだ。死と聞いて怯えたかもしれないが、これはそういうものじゃあない。あぁ君のパートナーに関連するようにいえば"ウェスティングハウスする"わけじゃない」
パートナーという言葉にエクレールは誰のことを言ってるのか分からなかったがブランクは「あの方は本当に人類へ多大なる貢献をした方だ」といい、意識が朦朧としながらも話を聞いていれば彼が話している人物がニコラ・テスラだと気付く。
パートナー──といわれると違うとも言えないほどには彼と共にいる気がして、ブランクは彼女の左手のラピスラズリのついたブレスレットを撫でてはうっとりとした様子でテスラの作ったそれの性質を褒めたたえた。
「本当はこちらも欲しいが無理に今取らなくても後でいいか」
「……なに、するの」
「ん?あぁモルモットじゃないからな、君は私の"花嫁"だから知る権利もあるから説明するよ」
今からこの椅子から電力を流し、君の脳を活性化させる。目的は"観測者"の記憶の抽出であり"移行"。もちろん死んでしまったりすると記憶を呼び起こすことが出来ないためゆっくりと行うため痛みがあるが今の君は聖杯を宿してるのだから大丈夫。
そう語るブランクに理解出来ないといいたげな顔をしていれば、ジルが新たな機械を持ち運んだ。それは巨大な何かを貯めるような機械で空っぽの状態であった。
ブランクは椅子に繋がったチョーカーのようなものをエクレールに繋いで、さらにジルから受け取った機械から伸びたケーブルの先端についたパッチを彼女の胸元や腹部などに取り付けた。
「聖杯を手にするよりも望んだことだ、何せ"観測者"はこの世界の全てを得る者なのだから、さぁ花嫁エクレール、初めての共同作業だ」
最高の"交流"を始めよう。と美しい笑みを浮かべて笑った彼は手元のレバーを引くと同時にセルチアの空に雲が現れ、雷鳴が轟いた、エクレールが座る場所の上は天窓がついており、その屋根には避雷針のようなものがあった。そして力強い落雷と共に雷が落ちると同時にエクレールの身体に強い電気が流された。
「あ"ぁ"ぁ"ッッ!!」
彼女の叫びが響く時、館には二人の男しかいなかった、観測者を花嫁と呼ぶ男と、妻を殺し聖女を求める男の二人。
───夜はもうすっかりと深いもので、明けることを知らないようだった。
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