十話


セルチア北西の村スミリャンからベオグラードを過ぎて北東寄りに位置する森の奥にあるのがジルとそのマスターブランク・ハリー・ホワイトの拠点だった。
一日ベオグラードにいた藤丸はシスター・ペトロヴィッチが多忙に教会を回っている際に顔を合わせており。暫くはジャンヌも共に行動させることや、何かあればジャンヌに聞けば返事を返せるので。という一言を貰っていた。いま現在セルチアの聖職者の代表とも言えるのは彼女のみであり。国家としても揺れているこの国ではペトロヴィッチの多忙は無理もないことであり。
また、戦力が増えること自体は助かることだからと二つ返事を返した。

彼らは日付が変わりかける夜更けにセルチアの街を駆け抜けていく。
エクレール・アヴニール、観測者であり、世界を見届ける者。
そして何よりも、彼女はカルデアの仲間であり、ただのスタッフだった。
魔術師としての腕はカルデアの中でも最底辺で、一般人の藤丸立香に毛が生えた程度。多少の知識はあれども魔術師として力添えになる存在でもなかったが、彼女はカルデアの事務員でありサーヴァントの"記録係"として重要な職務に就いており。彼女をマスター同様に気に入るメンバーも多かった。

それの筆頭がテスラだといえるが、テスラはもっと特別なものを抱いている。
彼がエクレールを助手にして、無理やり魔術回路をいじってまで自分のマスターにしたということはカルデアではとんだ大事件で、本来であれば座に戻ってもらう程の処分が起きても良かった。
ビーストや人類悪など、カルデアの面々もキリがない危険人物ばかりだが、それなりにルールを持っている─というよりもマスター藤丸立香に関しては英霊・神霊など問わずに加護が多いため難しいのも現実─というのに、テスラはそれを軽々と乗り越えた上で書き換えた。
ただの魔術や技術の書き換えではなく。彼が持つ特殊な英霊スキル──星の開拓者──を利用してのことだ。

星の開拓者──それは人類史において、ターニングポイントになった英雄に与えられる特殊スキル。当時の文明レベルでは不可能なことを可能にした者。あらゆる難行が実現できるスキル。

そして英霊、ニコラ・テスラは神代の存在のみが有していた力を地上へ降ろし、文明を引き上げており、そのクラススキルも最上級のEXであった。
本来持つことさえままならぬスキルを有した彼は"不可能を可能"にしてしまったのである。

エクレール・アヴニールをマスターにするということを。
科学と魔術を用いて簡単──とまではいわないが、あらゆる困難を無視して。
二人は今のセルチアのように去年ニューヨークの特異点にて、ある男と出会った。それはその世界のニコラ・テスラであり。彼は一人の女性を深く愛していた。しかしそれはアヴニールであり。"観測者"を継いだ者だった。そしてニューヨークの彼は愛する人を自らの手で失い。その償いに終焉に向かおうとする世界を救うためにカルデアの"観測者"たるエクレールを捕えて道具にしようとしたのだ。

テスラは彼女を失うことをしたくなかった。
そんな未来を受け入れることなど認めはしない。
雷霆の如く駆け抜けるテスラの後を全員がただ静かについてまわった。数時間の移動となるがジャンヌに抱えられた藤丸も含めて数時間の走り移動の末に北の森に到着した彼らは、既に禍々しい魔力を強く感じた。

「この先ですごい魔力とエネミー反応です!」

マシュの言葉に先陣を切ると言ったのはエルキドゥであり、彼が先に大きく飛び上がり、宙から神の鎖が鋭く森の中に貫くと聞くに絶えない音が聞こえ、それが海魔の声だと直ぐに理解する。

「うおおおおおっっ!!」

一同がさらに走りながら森の奥へと行くと、広い場所に出たかと思えば大きな槍を構えた白い甲冑の白銀の騎士がいた。
騎士はその夜の中で空からの月光の明かりを受けては槍を振るいながら数多の海魔をなぎ倒していたが、海魔は次々と現れており。エルキドゥの鎖が海魔を貫くと途端に騎士を囲んでいた海魔が消えていく。

「何者だ!?」
「円卓の騎士のパーシヴァルですね!私はシスターペトロヴィッチのサーヴァントです、こちらは我が仲間のカルデアの皆さんです!お力添え致します」
「理由は分からないが味方のようであれば是非ともご尽力頼む!私はマスターの命令により、あの館に囚われた淑女を助けに向かう予定だ」
「マスター……ライニール・アルバ・クレイフォンだな、何故彼女を助けると?」
「彼女がこの聖杯の鍵、いや本体だからだ!あの館のマスターとサーヴァントにはこの敵を見てわかる通り性質上手渡すべきではないと判断してのこと!!」

パーシヴァルの問いかけにジャンヌが返せば、顔を合わせたことがあるのか素直に受け取るものの、テスラは何故彼らがジル達にエクレールを手渡したくないのか、またなぜ助けようとするのかと問えば理解できる答えが戻された。
到着直前に館の上に雲が集まり、突如として激しい落雷があった。それは何かしらが起きていると言っても過言ではなく。空は明るい夜の景色でありながら、何処か不穏な気配を滲ませている。

館は既に数百メートル先にみえているため、彼らは人数で押し切るように跳ね除けて進んでいく。サーヴァント六名でも際限ないとされて、消えない敵にテスラは目の前にあるのに届かない状況がもどかしく、背後で指示をくれる藤丸を見た。

「少年、宝具の解放許可をくれ!このままではキリが無い!」
「はい、魔力量問題ないので許可します!焼き切ってください博士!」

奥から溢れてくる敵にテスラは許可を得たことに苛立ったような笑みを浮かべながら自身の魔力の流れをさらに強めた。
彼の身体がまるで神々のようにふわりと浮かぶとテスラは静かに真名宝具解放の許可を得ては、その言葉を紡いだ。
テスラの背後に彼の夢でもあり、力の源となる塔であるテスラタワーが擬似的な姿が現れる。

「今日の私は電圧調整が出来んぞ」

周囲を囲む海魔の群れに彼は低い声で忠告すると右手のガントレットを天高く掲げると、空が怒りの声を上げた。

「───神の雷霆は此処にある。さぁ、ご覧に入れよう!『人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)』!!」

そして彼が振り翳すと、それはゼウスの雷霆のように鋭いものが周囲一帯に降り注ぎ、瞬時にして海魔が焼け焦げて消し炭となる。
完全に道が開けた彼らはようやくかと安心してはテスラに感謝しつつ、即座に数百メートル先の館へと足を踏み入れた。一般的な洋館にも思えたがホームズが確認すると罠はないとして門を潜り入口に向かう。
広いメインホールと天井から吊り下げられた美しい巨大なシャンデリア、外観からしても歴史的建造物のように感じられたが、どうやら歴史のある建物のようであるものの、その館の中では薬品の匂いや魔力の香りが滲んでおり。彼らはメインホール正面にある二手に分かれた階段を登り二階に上がると大きく開いたドアがあった。

メインルームと言えるのか、そこは天井からの光を受けて月光に照らされており。そこには三人の人物がいた。
一人はローブを着た高身長で不気味ななりをして本を片手に持ったギョロ目の男、もう一人は燕尾服を着た男で、その顔立ちはテスラのようにとても整っており。中央の木製の椅子に座らされている一人のドレスを着た女性──エクレール・アヴニールの背後に立ち、彼女の首についたチョーカーを確かめていた。

エクレールは既に意識が朦朧としており。
手足を金具で止められており、胸元などにはいくつもの電極パッチがついており、腕にも点滴が繋がれてあり、あまりにも痛々しい姿で、それをみたテスラは怒りを抑えきれない顔をして一歩踏み出した。

「貴様……何をしている」
「あぁいらっしゃい、聖杯戦争参加者の者たち、そしてカルデア、そしてニコラ・テスラ博士、あなたにお会いできたのは大変光栄です」

深い尊敬と敬意をあなたに。とボウアンドスクレープで挨拶をしてみせ、その近くに立つジルもまるで親しい友人が来たように人懐っこい笑みを浮かべては「おぉジャンヌ!我が妻よ、貴方もいらしたのですね」と歓迎するもののジャンヌは顔を顰めてみせた。あれはジルだがそうではないと感じられた。

「何をしていると聞いてるのだ、その椅子は、その横の蓄電機のようなものや、後ろの機械などはなんだ、彼女に何をした!」
「私の発明ですよ。ほとんどはあなたの発明からの着想ですがね、あぁこの椅子は違うか……あの憎きトーマス・エジソンが作ったものだ。彼女についてはご安心ください"ウェスティングハウス"してませんよ」

ウェスティングハウス?と背後で呟いた藤丸にホームズは電流戦争でエジソンが交流の危険性アピールで動物に電気を流して殺したことを"ウェスティングハウスする"といった。のだと丁寧に説明するが、テスラはそんなことを聞いているのではないとした。

「なんて酷いことをしてるの、彼女の魔力を吸い取ってるの!?」
「カルデアの聖女?いやその見た目は教皇か……あぁいま彼女の"記憶"を抽出してるのだが、そのついでに聖杯から魔力を拝借してるのさ。聖杯と一体になってるお陰で彼女に多少粗雑に扱っても問題ないらしい」

そういってジル・ド・レェのマスター──ブランク・ハリー・ホワイトは椅子にぐったりと座るエクレールの髪を掴んでは無理やりテスラを見せつけた。
彼女の胸の電極パッチは彼女の左手にある巨大な蓄電機のような場所に流されて、それは血液を貯めるように眩い黄金色の光が溜まっており。エクレールの心臓に付随している、聖杯から抽出されているものだ。首のチョーカー──というよりも太い首輪からは微量の電気が流されており、後頭部から脊椎にかけていくつもの太い管が繋がっており。背後の機械へと繋がっている。

「私の目的は"観測者"の記憶だ。世界の全てが書き記されたものであり、それを手にする者こそが世界の真理を知る者となる。本来は私が託されるものだったのだが手違いが起きているから彼女から貰っているのだよ、我が"妻"にね」
「聖杯はオマケと?」
「そうだ、私は聖杯など元から望んでない。魔術師は真理に近づく事、"到達点"に向かう者こそが正しいあり方なのだ。聖杯なんて人工物より、私は彼女ちのような自然物を好むよ……あぁ美しいねアヴニール」
「気持ちの悪い真似をするな変態が!」
「変態だと?失敬だな博士。妻を愛でるのは夫の役割だ」

説明をするブランクの手がエクレールの両肩から二の腕に落ちて、膝を撫でてブランジングネックの開いた胸元から覗く胸元の形をなぞり、エクレールに顔を寄せることにテスラが告げると不服な顔をするが隣にいた背後のエルキドゥとヨハンナも「気持ち悪かった」「変態じゃない」というため、ブランクは呆れた顔をしつつエクレールの髪を撫でながら不機嫌な顔をした。

「そもそも彼女は貴様の妻ではないだろう?アヴニール家に勘当されたんじゃなかったのか?愚かな特許泥棒くん」

相手の女性に結婚式直前に振られた挙句、アヴニール家自体に勘当されたというが、その態度なら当然だな。とテスラが鼻で笑うと、ブランクはおもむろにその整った顔を歪めてはエクレールの肩に添えた手に力を込めたとき、ピクリとエクレールが動き、薄らと目を開けた。

「……はか、せ?」

エクレールは何が起きているのかわからなかった。
頭の中ではなにかがずっと高速で回転するように映像を見ているようで意識を保つことさえ難しい。

「エクレール、あぁ我が助手よ」

テスラはエクレールの言葉に思わず眉を下げては痛々しい彼女を今すぐ救いたいと思ったが、エクレールはその声も呼び方もずっと懐かしいと感じた。しばらく聞いていなかったような気がして、思わず口元が緩んで微笑んでしまう。

「はい……博士、なん、ですか?」

それはカルデアで過ごしている時のような返事だった。
記憶が混濁して戻りかけているのかもしれないが、柔らかく笑った姿も声のトーンも弱々しくても彼女であるとテスラが噛み締める時、二人の態度にブランクが苛立ちを感じた。

「アヴニール……ッ!貴様は我が妻だろう!また不貞を働く気か……っ私を馬鹿にしやがって!所詮は女だな、罰を与えてやる!!」
「ッ────あ"ぁ"ぁ"あ"!!」
「先程よりも出力を強くしたからな、脳が痛むだろう?夫に歯向かう約束の守れん妻など家畜以下だ、光栄な躾だと思うがッ───!」
「どこまで非道な男が貴様ァ、認めはしないが妻だという女性に…いや、人間する仕打ちではない!」

テスラとのやり取りに怒るブランクが彼女の座る椅子ごと勢いよく蹴り飛ばすと、大きな音を立てて彼女は椅子ごと倒れてしまい。ブランクは傍にあったレバーは先程テスラの宝具の発動で一時停止をしたが再度レバー引き治してやると、さらに強い電力が彼女に流れ、痛々しい声が部屋に響き渡り、カルデアの一同が顔を顰めてブランクを睨みつけた。
テスラは即座に自身の電流をブランクのレバーを掴む手と機械に向けて放つと、機械はショートし、ブランクは手を思わず引いてしまい睨みつけたがテスラは収まるわけがなく吠えた。

しかしブランクはそれならと構わないとしてジルの名を呼んだ。
ジルはマスターの呼びかけに直ぐに笑みを深めた。

「お前の魔力は今や、この聖杯があるお陰で無限だ……始末しよう。もちろん君の優秀な"妻"を捕らえてね。観測者と聖女、我々の女を見るセンスは本当に素晴らしいと教えてやろう」
「ええ、もちろんですよブランク。我が妻ジャンヌを迎えましょう、そして殺し(愛し)、殺し(守り)、殺し(憎み)、殺しましょう!!」

そういうとジルは魔導書を開いては先程の海魔だけではない魔物を大量に召喚させる。
ブランクは「ジルここではダメだ、復旧作業に入るから外でやってくれよ、宝具の解放も許可する」というなり、ジルはすぐに返事をして宝具の解放をした彼の攻撃が彼らを襲い。

一同は館から弾き出された。
マシュの盾とジャンヌの旗が彼らを守るが、エクレールのいた場所からは随分と離されて森の中に戻るがジルは彼らの前で本を片手に立っており。ジャンヌを見ては恍惚とした目を向ける。

「あぁジャンヌぅ……我が妻よ、あなたを私の手にして聖女ではなく、ただの肉袋の女にして差し上げましょう」
「どうやらあのジルは普段の彼とは違うようですね」
「マスターの影響だろう、女性への執着は青髭のような成分が見受けられる」

一筋縄では行かないぞ……とジャンヌの言葉に分析したホームズも含めて一同が構えるとジルが深い笑みを浮かべ、彼らを取り囲む魔物が襲いかかった。
それらは先程よりもパワーも勢いも違い、あきらかにエクレールの聖杯からの力を得ているように感じられ苦戦の一方を強いられてしまい、減る様子のないことも含めて時間を奪われる時、パーシヴァルが槍を下ろした。

「すまない、我がマスターから撤退命令が出た!これ以上は一旦無理だとの判断で君たちも一度引いて欲しいと」
「なに!?目の前に彼女がいるんだ、そんなこと……ッ」
「我がマスターは考えがあるようだ、このまま戦闘をすることを否定はしないが私はマスターの言葉を伝えた迄」
「……博士」

藤丸の冷静な言葉にテスラは自分が冷静ではないことは理解していた。
仕方がないと遠くに見える大きな穴の空いた館の奥で見えるエクレールをみると、機械が破壊されているため、先程のようなことは起きていないようだがテスラは引くしかないと判断をして、意見に同意すると彼らは撤退した。

敗北ではなく、取り戻すための撤退である。
それが必要であることは全員が理解していても悔しい結果であった。

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