十二話



朝焼けが訪れようとしていた。
セルチアの空はずっと美しく、太陽が目覚めると紺青の空を彩る星々の煌めきが表情を変えて、星々の煌めきを残しながらも希望の光を残すようだった。
自然豊かなセルチアの早朝の空気は冷たくも新鮮で心地よい。
テスラは作業を終えて教会の外に出ては大きく伸びをして空気を吸い込んで吐いた。懐かしさすら感じる地元の空気といえるのか。正確には違うのに感じる彼は冷静であり。時間だというように教会前の広場には全員が集まった。
グスタフは数時間前に解散する時点で「我々は観客だ」といって帰っていき、シェイクスピアは「良き舞台を楽しみにしてますぞ」と笑って去っていった。

テスラ、藤丸、マシュ、ホームズ、ヨハンナ、エルキドゥのカルデア一行、そしてシスター・ペトロヴィッチのサーヴァント、ジャンヌ・ダルク、ライニール、彼のサーヴァント、パーシヴァルというメンバーが集まっていた。
一組のマスター・サーヴァントに対して過剰にも思える戦力だったが、敵はそれほど強大であるのも事実。手始めにヨハンナとジャンヌが集まった全員に祈りと詠唱を始めると、強い光が周囲を包み込む。
ジル・ド・レェの魔物や彼自身に対抗しうる強大な力であり、保護であった。ライニールは後方支援となり藤丸とは別でホームズ、ヨハンナと共に町の安全確保や周囲の敵の処理。残るメンバーは館へ前線に出ることとなる。

「第一目標はエクレールさんの保護、保護が出来たら戦闘から離脱するけど、無理な可能性が高いからパーシヴァルやジャンヌ、エルキドゥで敵の処理、僕とマシュと博士がエクレールさんの救出で。エルキドゥは敵の状況次第で宝具を展開してまとめて排除……」

テキパキと作戦を指示する藤丸立香をみつめるライニールの隣にいたテスラは彼を覗きみた。
男の目は疲れなどは見えないが、力強い炎のようなものがあるように見受けられ、それがこの国を守るための警察官の一人だからなのか、それとも一人の子供を守る父親なのか、テスラには分からなかった。

父親という存在について、テスラはあまり深くは分からなかった。
村で唯一の神父であり、心優しく博識でユーモアに溢れていて、出会ってきた聖職者の中でも特別な人だと感じていた。
胸を張って尊敬できる人だと言えるが、若い頃は父親のことはわからなかった。自分の道を拒む存在であるとさえ思った時期があったが、誰よりも優しく自分を思う人だと知った時には遅かったほど。

母親については語り尽くせないほどに尊敬と、敬愛と、愛情を感じた。
七人兄弟の長女であり、家庭のために全てを捨てて弟たちを育て、文盲であったが、テスラは母の血を継いだから発明することを愛したのだと理解していた。手先が器用でなんだって発明する母は素晴らしい人だろう。

それならこの──ライニール・アルバ・クレイフォンという男はどうなのだろうか。
一人の息子のために立つ男は、必要であれば罪のない女性を殺すという。しかしニューヨークの時とは違い、世界は確実に終焉を迎えようとしており。その救いが一つであることも分かっていた。

作戦会議が終わったあと少しだけ最後に息を整えようと各自の準備に移ったとき、人のいなくなったその場でライニールはタバコに火をつけてテスラを見つめると、自分のタバコを一本彼に向けた。
テスラはタバコを吸ったことがあるが、健康を害するとして辞めてしまったがライニールから向けられたタバコを手に取ると、彼が差し出した重たいアメリカ製のオイルライターも借りた。
オイルが足りないのか何度かフリント・ホイールを擦ってみても火はつかなかった。仕方がないかと思う時、ライニールの手が伸びて奪い取る。

「"彼女"にはコツがいる、癖があるタイプなんだ」

そういってライニールが同じようにフリント・ホイールを擦ると簡単に火がついた。
テスラは何も言わずに紙タバコの先端に火をつけては、肺に空気を吸い込んだ。タバコ独特の苦味とタールとニコチンを感じながら煙を吐いた。

「"彼女"とは長い付き合いなのか」
「元嫁からのプレゼントさ、気が強くて自立心が強い女性だった。妊娠したと知った時にタバコを辞めるって俺が言うと、彼女がこれを渡してきたんだ」
「……なんとも強気な女性だな」

ライニールは手の中のオイルライターを眺めると、それは昇ってきた朝日に反射してキラリと光って見せた。ライターには赤子を抱いた聖母マリアの絵が書いてあるが、そのマリアの背中には矢やナイフや槍が刺さっており。神秘的だが痛々しいもののように感じられた。
そんなものを妊娠中に渡してくる女性が元妻なのかと思いつつも返事をせずにいれば、ライニールはテスラに「あの子を愛してるのか」と問いかけた。

「あぁ面と向かってあまり言わないが、私達は互いを思いあっている」
「サーヴァントと人なのにか」
「そうだとも」
「カルデアのことはあまり分からないが、普通サーヴァントは用が終われば座に帰るだろう。あんたは聖杯とやらを手にして受肉を願うのか?」

別れ──それは普通の人とは違うものだ。
サーヴァントという存在は英霊として、聖杯の座に登録された存在。通常の聖杯戦争においても彼らは駒の一つでしかなく。カルデアにいたとしても全てが終われば全員退去となるのは契約上当たり前のものだ。

受肉──それは第二の本当の人生のようなものだろう。
サーヴァントがその世界で英霊ではなく、ちゃんと人としてもう一度生を受けることは、聖杯の力をもってすれば可能であり。過去の聖杯戦争において、そうした記録のある存在はいるのだ。

愛する人がいて、第二の人生がある、それは当然望んで当たり前のことだろう。
ライニールの澄んだ瞳がテスラを見つめると、彼はこの男がとても真っ直ぐした男なのだと感じられる。一人の女性を愛して、子を為して、別れを経て、残された片割れのような自分を大切に思う男の質問は至極真っ当なものだろうがテスラはタバコの灰を地面に落としながら返事をする。

「いや……私達は自然体を受け入れる。私が座に帰ったあと、彼女が他の男を愛したとしても構わない。まぁあの様子では出来ないだろうがな。だが一つ約束をしている」
「約束?」
「最後に二人で旅行に出ようと」
「逃避行か」
「違う、二人だけで世界を見るんだ。彼女は本当に驚く程に普通の女性だ」

頭がいいわけでも、とびきり顔がいいわけでも、何か優れたものがあるという訳でもない。本当に普通の女性であり。泣いて笑って怒って呆れてとテスラの隣でずっとしてくれる女性だった。
生前であれ、そんな女性を愛したことはなかった。
きっとサーヴァントになったから、彼女に運命を感じて惹かれたのだとテスラは感じられた。

『じゃあ最後の日は二人で旅行に行きましょ。それで二人で沢山写真を撮って満喫して、それで"またね"って、それが私の願いです』

少し前に最後の日の話をしたとき、彼女がいった言葉だった。
"またね"──それはとても優しくて残酷だと思いながらもテスラはとても素敵だと感じた。

「彼女の世界を最後に見て、そして別れる、どうせ受肉をしても別れが来るし、人というのはそういうものだ。だが、それまでの経路は、旅路はとても美しいだろう」

私はそれを見ていたい。
死が運命だとは思わないからこそ、足掻いてみせるというのがサーヴァントなのだからライニールは不思議だと思いながら、自分のサーヴァントであるパーシヴァルを思い浮かべた。あの男もどこまでもお人好しで優しくて真っ直ぐして、そして自分を心から慕う男だった。

「この世界がどうなるかは分からない。だがまぁ……あんな男にはテスラ博士の助手を与えるのは勿体ないな」
「あぁそうだ!彼女は私だけの助手だからな。あんな男の隣ではまともな仕事もできなくなるだろう」

全くいけ好かんというテスラに小さく笑ったライニールは携帯灰皿にタバコを押し付けて火を消した。そしてテスラもライニールの灰皿にタバコを押し付けて捨てると、仕事をするかと男たちは背中を伸ばした。

「そうだ…ミスター・ライニール」
「なんだ?」
「君はいい男だが、ミドルネームに"アルバ"と付けたご両親のセンスには少しだけ残念に思うよ」

テスラはそう言って藤丸たちの所へ行こうとする時、ライニールは肩を震わせて笑った。

「ゴスピチ出身のエジソンファンの叔父のせいだよ!」

そういって吠えるとテスラは「ますます最悪だ!!」と声を上げて背中を向けながら行ってしまうのだった。

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