十六話
▼▲▼
セルチアはベオグラード以外で生活をしているものは日に日に減っており、住民もみんな中央となるベオグラードや強い神聖がある、比較的安全な場所で暮らしている様子で、一同が利用させてもらうこととなった修道院についても避難を完了しており。既に誰もいない場所だった。
全員が一晩中気を張っていたとなり、修道院に残っている缶詰や食料品を貰って食事を済ませると、一旦今日は休もうという藤丸の指示に各々が従った。
ニコラ・テスラはエクレールをみていた。
純白のブランジングネックのドレスは、婚約者との結婚を忘れられなかったブランクの願いと、彼女の胸などに取り付ける機械の機能性重視とはいえ、彼女の肌を見たことのあるテスラでも喜ばしいとは思えずに胸元までシーツを被せて、ベッドで眠る彼女の隣に椅子を置いて座っていた。
左腕のブレスレットはテスラ以外には絶対に外れない細工が施してあり、ブランクが言ったような魔力の備蓄器でもあったが、セルチアに来てから彼女と繋がる魔力パスや令呪が消えたように、うんともすんとも言わなかった。
そんな仕様にはしていなかった。とテスラは思いながらもブレスレットは創造主よりも使用者をみるということなのかと、太陽王から譲り受けた純度の高いラピスラズリに向けて問いかけるが、それらは先程のように光ることもなければ最後の力を振り絞ったと言わんばかりのものだった。
「こちらはまだ少し機能してるようなんだがな」
そういって肩にかけていたコートの内ポケットから取り出したのは同じラピスラズリがついた小さな指輪だった。
それはテスラが余った資材で。という名目で作ったブレスレットの小型版だった。ブレスレット程ではなくとも機能は似ており魔力をそこに貯めることが出来ており、指輪からはテスラの魔力がしっかりと残っていることから、セルチアに飛ばされた際にエクレールが所有している魔力関係を全て聖杯に座れたのだと仮定した。
「これを私が君に着けるのはあと何回なんだか」
外せるような仕様にしているものの、一度目はニューヨークにて緊急時だと言ってマスターとして認めてもらう際に一時的に、二度目を思い出すとテスラは少しだけ胸が苦しくなる。
ニューヨークでの一件を終えて。
二人はまだ博士と助手、サーヴァントと記録係、サーヴァントとマスターという関係だけだった。
テスラが周りにからかわれて彼女に素直に言葉を伝えきれずにいた夜。
エクレールはいつものようにテスラの工房に現れてはブレスレットのメンテナンスをして欲しいと頼んだ。素直じゃないのはエクレールもだった。
メンテナンスを告げたのは彼女なのに彼に告げた。
『左手が物足りないんですよ』
『いつも慣れてるものが無いから』
赤い顔をした彼女の必死のアプローチだと理解した時、テスラは科学的にも論理的にもいえないような胸の高鳴りを感じた。どうして彼女にここまで惹かれるのかなど分からなかった。
誰もがみな───恋とは論理的ではないのだといったが、テスラは理由のないソレに密かな恐怖心がない訳ではなかった。ブランク・ハリー・ホワイトが"アヴニール"という名を知って、それに心惹かれてのめり込んだのを聞いた時。自分も彼女に惹かれた最初の要点はそこであり。自分もあの男と変わらないのではないのかと思った。
「博士……」
「起きたのかエクレール」
「なんだか、長い夢を見てた気分です、寝てたのにすごく疲れてて……博士もなんだか疲れてますね。また所長たちに怒られたんですか?」
「……ッ記憶が戻ったのか?」
「記憶?なにかあったんですか?……ダメ、眠たい、ニコラ」
「あ-…あぁ眠るといい。私が君を見ていよう我が助手よ」
ゆっくり眠るんだと頭を撫でていうと、エクレールは薄く目を開けていたがまた眠ってしまい。テスラは記憶が戻ったのだろうかと思っていた時、部屋がノックされた。
テスラがドアを開けてみると、そこにはジャンヌと、そのマスターであるシスター・ペトロヴィッチが久しぶりにいた。
今回のブランクの際には街の方でも騒動があったり。彼女自身もほかの修道院巡りで手助けが出来ずすまなかったと謝罪を貰うが。テスラはそれは藤丸やほかのマスターに告げるべきだというと、ペトロヴィッチは部屋の中で眠っているエクレールをみた。
「聖杯様のお加減は?」
「先程少し話したが直ぐにまた寝てしまった。電気を流されていたから内側の損傷も激しいのだろう」
「宜しければ治癒の魔術程度なら出来ますし、あの格好も些かなものでしょうから、私(わたくし)が少しお手伝い致しましょうか?」
心配であればジャンヌもおります。というペトロヴィッチの微笑みにテスラはベッドで眠るエクレールがまだ傷が癒えていないことや、身嗜みを整えることは元々マシュやヨハンナに頼もうと思っていたため、手をかけるが頼むと言うとペトロヴィッチは笑顔で承り。ジャンヌにお湯とタオルを持ってくるのを命じて、本人も慣れたように着替えなどを用意して心配そうにみていたテスラに「お着替えいたしますので廊下でお待ちを」と告げた。
二人の女性に献身的に治癒されるエクレールを扉越しに感じていると、軋む廊下を歩いて来たのは優男のような風体の英国紳士、シャーロック・ホームズで、彼はジルとの戦闘時は発電機関係やその他聖杯の泥や森から出てきた魔物を対処してもらっており。落ち着いたあともフラリとどこかに行っていたが、名探偵は猫のように気ままなところがあるため気にしなかった。
「彼女の容態は?」
「先程記憶が戻ったように話したが一時的なものかもしれん」
「そうか、あれだけの電気を流されれば誰だって脳がおかしくなるから仕方ない」
「ミスター・ホームズ、あなたの見解として彼女の記憶を強制的に戻すことは危険なのだろうか。または初代観測者"オブセル"に接触することなど」
「私の見解では難しい。観測者の記憶はそもそも必要なものしか開示されない中でブランクは無理やりにこじ開けようとしたんだ。彼女の脳に今どれだけの負荷が掛けられてるのか私でも想像できないね」
初代観測者にして大魔道士オブセルでさえ、あれだけのことが起きた時に"観測者"に何も出来なかったということであれば、この土地では完全に記憶が消されて彼も補足できないのだろうという彼の言葉にテスラは「そうか」と短い返事をして、壁に背を預けながら眉間のシワを深めた。
「それよりもあのシスターだ、妙な女性だよ」
「あぁ私もそう思ってるが確信的なものは何も無い」
「何せ私たちと行動をしてないからね、ところで博士、ワインは好きかい?先程この修道院の院長室で素晴らしい逸品をみつけてね」
クロアチア寄りだ。とニヤリと笑っていうホームズに扉の奥ではまだ時間がかかりそうなこともあり、僅かな勝利の美酒として一杯程度ならといった。サーヴァントはアルコールで酔うことは出来なくても、少しだけの気分転換にと二人は一晩を明かしたことを祝した。
ペトロヴィッチは一通りを済ませるとまた職務があるため、夕方にはまた戻るといってジャンヌを連れて出てしまい。人間であるメンバーは各々一日たっぷりと休み。空がオレンジ色になる頃、再度聖杯戦争の残ったメンバーとカルデア一行は修道院に集まっていた。
ペトロヴィッチは夕食にとカルデアの面々に持ち込んでくれた為、すっかりと腹を膨らませた彼らはセルチアではカルデアとの繋がりは切れてはいないものの通信が安定しないことをいうが、聖杯戦争のせいだろうと推測をした。
ペトロヴィッチは海沿いの聖杯の泥の進行がさらに進んでおり。人口が密集しているベオグラードでは今日だけで二度の聖杯の泥による侵攻があったとライニールも報告をしており。聖杯戦争の終結は勿論、未だ眠っているエクレールの中の聖杯についてもどうする事かと一同は考えた。
もしこれが彼女の身体の中のただの不純物であれば、腕のいい外科医でも呼んで切除すればいいものの、エルキドゥが確認してもなお、聖杯は彼女の心臓となっているため、切除以前の問題となっていた。
修道院に集まっていた各マスターのそれぞれの反応は異なっていた。
椅子に腰掛けていたシェイクスピアのマスター、グスタフ・マルコーニはは未だに"観客"を務めると告げて、その運命を受け入れるようであり。そこに自分の死が必要であれば、それも問題は無いとした。
凛とした姿で腕を組み立ち尽くすパーシヴァルのマスター、ライニール・アルバ・クレイフォンは必要とあればエクレールを殺す考えは変わらず。聖杯戦争においても息子を置いて死ぬ気はないと声高に宣言するが、彼はそれでもただの"人"を殺すことに迷いを抱いた顔を見せており。信頼されていてもなお、やはり無理に襲うことはなく。人の良さが滲み出ていた。
修道院の壁に掛けられたマリアのイコンに向けて祈りを捧げるジャンヌのマスター、シスター・ペトロヴィッチは悲しげな表情を見せて、人は神の遣いであるが、決して犠牲にしてはならず、何処かに救済の道があるはずだと告げるが、その奥にはどこかで犠牲が必要だということも理解はしているようであった。
そしてカルデアは当然、仲間であるエクレール・エクレールを見捨てられないとしていた。人類においてどうしようもない自体があることについて、彼らは痛いほど理解している。
それでも尚、仲間を犠牲にしてまで救われる世界もないと思っていた。空想樹とはまた違うものなのだからきっと何かが……と希望を消さずに持っていたが、具体的な答えは出せない。
三者三様の姿だが、誰も喜んでエクレールという一人の人間を犠牲にしようという考えは無かった。
それだけは救いだとテスラも思いつつ、話の進まぬ状況の中の意見会にもう一晩考えてみようという結果になった。
未だ眠っているエクレールについては誰かしらがついていてくれているため、多少彼も気を休めることはできた。
人の看病をするということは生前でさえ滅多になかった故に、少しだけ気を使う上に手馴れた相手が行ってくれることの方がずっと安心であり。一通り話も終えて外の空気を吸いにテスラが外に出ると、修道院は村の離れにあり。こじんまりしているが小さな池や畑もあり。そこにいた人々の生活も感じられるものだった。
また夜が来た──とテスラはセルチアの夜の風を浴びた。
彼の長い髪が揺れて、夜の中で彼の毛先のネオンブルーは眩い光のようだった。ガントレットを外した右手を見つめ直してはエクレールから感じた魔力は完全に無くなっており。カルデアからの供給しか感じられなかった。
人の繋がりというものがそんなものでは無いと理解していても、確実に切れた繋がりについて僅かばかりの寂しさを感じるテスラは修道院の傍のベンチに座ると夜の中に光る一羽の白鳩がいた。
澄んだ瞳をした白鳩はテスラがセルチアの地に来た際にベオグラード要塞で出会った白鳩だと彼は瞬時に理解しては、まるで旧友に出会えたような笑顔を向けてしまう。
「やぁこんばんは、我が友よ、こんな所で会えるとは君と私には何か縁でもあるのかもしれんな」
テスラがそう声をかけると鳩がテスラを見るため、彼は招くように首を右側に傾けて鳩を招くと、その鳩は白い羽根を広げて飛ぶと、テスラの広い左肩にフワリと羽毛のように軽く着地してみせた。
鳩はテスラに温もりを与えて、テスラは懐かしいその温もりを深く味わった。小さく喉を鳴らすように鳴いて。その小さな心臓が音を立てるのを聞いて、テスラは手を差し出すと鳩はスッポリとそこに収まり。更なる多幸感を与えてくれた。
そうしてほんの少しの安らぎを味わっていると、向かいから足音が聞こえて、顔をあげるとそこには少年が立っていた。まだ齢十八歳の少年──藤丸立香はそこいらの大人よりもずっと立派な人間だとテスラはよく知っている。
「あれ?なんだかデートの邪魔しちゃいましたか?」
「そう思うなら控えてくれるのか?」
「エクレールさんに言いますよ、博士が浮気してるって」
「やめてくれ、冗談にならん」
あぁみえて嫉妬深いんだとテスラが言うと、藤丸は微笑ましそうに微笑み返すため、テスラは手の中の白鳩に「すまないここまでだ」というと、鳩は察したように飛んで行ってしまう。
テスラはベンチの隅に寄ってやり、話があるのだろうと察して視線を送ると彼は隣に座った。ヨハンナがエクレールのことをみてくれており、容態は安定しているということ、今晩は特に何も無いから一晩休んで再度考えようと思っていること。
先程カルデアと通信が少しだけで来たがエクレールを連れ戻すことはやはりできず、聖杯を噛んだ心臓はどうしようもないだろうと結論が生まれた。ホームズはなにかを調べている様子であるというが、それはテスラも理解しており。この事件をどう解決するのかと考えていても答えは浮かばなかった。
「そういえば博士、エクレールさんのこと助手ってあんまり呼びませんよね」
「"今"の彼女は助手ではないからな、ただの旅行者であるエクレール・アヴニールだ」
「博士って本当に好きですよね、エクレールさんのこと」
あまりにも純粋で真っ直ぐに言われるとテスラは固まってしまい。首の後ろが熱くなるのを感じた。この少年はそういうところがある。嫌なところではないが人の気持ちの確信をついてくるのだ。
テスラは「……まぁそうだな」と気恥しそうに返事をすると、二人を見てたらどれだけ互いを大切に思っているのかはよくわかり。自分もいつか二人のように大切な人と過ごしたいと告げた。
「永遠じゃなくていいんです、ほんの少しでいいから大好きな人といられるのなら、それを大切にしたいって思うんです」
博士はそういうのをどう思いますか───と聞かれるとテスラは彼が好きだと思った。人として彼はあまりにも愛おしい存在で。前を向いてその一瞬を大切に生きている。きっとアヴニールの家系にいれば、観測者としてふさわしいとさえ感じるような存在だった。
「永遠など存在しない。時は進み、戻ることも無い。だから私は"今"の彼女も好ましいと思っている……守りたいとも」
今を生きる彼女と同じ時間を共有している。
それだけで幸せな"記録"だとテスラは英霊として答えると、エクレールも似た言葉を言っていたと言われるため、テスラは気恥しそうに「彼女に影響されたのかもしれんな」と珍しい回答をしていた時。
フワリと香ったのはタバコの香りだった。
そこには一人の男──パーシヴァルのマスターである、ライニールが立っており。
少しだけ話をさせて欲しいと二人に告げると二人はベンチから立ち、ライニールについていった。
修道院から離れた小さな小屋にたどり着くと、何事かと問いかけるとライニールは真剣な目で彼らに一部情報の開示をしていなかったことを話したいと言った。もちろん彼は確実では無い上に調べている途中だというが、結論を話してくれとテスラは求めると合理的なライニールもそれに同意して一息ついてから二人に告げた。
「シスター・ペトロヴィッチを信じるな」
「どうしてだ、理由があるのだろう?」
「確信的じゃないが、あいつの父親は教会……しかも聖堂教会出身だった。泥か何かのせいで死んでるらしいがな。聖杯戦争の監督官という訳でもないらしいが、データが見つからなかった」
「別にその程度なら……」
「あの女は前回の黒い聖杯戦争に参加はしてないがよく知っている、それに白い聖杯が現れてから行方不明が極端に増えているし、修道院に入る連中も多い」
それも普通だろうというがライニールはそう言われても仕方がないが前回の聖杯戦争をよく知っている上に、今の教会や修道院などの関係は全てペトロヴィッチが管理していることや。確信的ではなくとも気になる点は多いことを指摘した。
「刑事でありながら証拠もなく憶測でものをいうのはよくないのはわかってる。だが人間だからな……勘ってものがある。グスタフに相談はしてるが調べてる途中だと言われていて明確な答えは今は出せないが、気を付けろ」
「何故それを私たちに言うんだ……君は聖杯を手にして世界を救いたいのだろう」
「救いたい……っての違う、俺は英雄になりたいわけではない。ただ家族を守りたいだけの父親なだけだ」
それは暗にエクレールを傷付けたくないという言葉の意味であり。
どこまでもライニールという男の人の良さも感じられた。
藤丸は「わかりました」と建前だけの返事ではなくちゃんとした返事をした。ライニールが悪人ではないことくらい彼も嫌というほど分かっており。そんな少年に男は眉間に皺を寄せがちな厳しい顔を緩めて情報収集と警察官としての仕事のためにベオグラードに戻ると言った。
「また何かあれば伝える。今回のブランクの件については助かった」
「礼を言うのはこちら側だ」
「本当にありがとうございました」
そういうとライニールは小さく笑って背中を見せて片手を上げて行ってしまった。
何かと様になる男だと彼らは笑いながら言い合った。そしてライニールの言葉を胸に抱きながら修道院へと帰っていく。
深い静かなセルチアの夜はまた星々を煌めかせながらゆっくりと過ぎていくのだった。
▲▼▲
- 37 -