十八話
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鮮血が散った───まるで聖杯が鎮座するために用意された玉座に腰掛けていたエクレールを穿いたのは、円卓の騎士パーシヴァルの聖槍ロンギヌスだった。
ロンギヌスの槍は本来、磔にされた聖人イエス・キリストの死を確認する為に利用された聖槍といわれているが、後年その槍についての正確な資料は無かった。
かつてアドルフ・ヒトラーさえ、聖槍を探し求めたと言うが見つかることはなかった。しかし、その聖槍を手にした英霊が現れたのだ。
円卓の騎士パーシヴァルは聖杯を見つけた一人とされ、さらに聖槍に見初められた者だった。
一度目の聖杯戦争は大失敗だったと彼女は心底思ったが、まさかこの形で"やり直し"が行えるなどおもいもよらなかった。
エクレール・アヴニールの鮮血がパーシヴァルの頬に触れた。
久しぶりに開かれた瞳はテスラを捉えたが、ゆっくりと色を失う代わりにロンギヌスの槍に貫かれた心臓となる聖杯は強い光を発し、さらに地響きがした。
ロンギヌスの槍が聖杯を砕き切ってしまうと、エクレールの胸から割れた聖杯がひとつの光となり。パーシヴァルの槍と共に空に浮かびあがり、全員が何事かと絶望する暇もなく目を奪われていると強い風が吹き。シスター・ペトロヴィッチは両手を広げて味わった。
「世界を裁定する時が来たようだ───」
ホームズの言葉にどういう意味なのか分からないと藤丸が手で風を押えながら目の前を見つめると、大聖堂の天高くにその光がロンギヌスの槍を包みながら黄金色の魔法陣をいくつか展開した。
それはカルデアの召還室などでもみるようなものだが、それよりももっと神々しく完璧なる召喚の用の魔法陣であり。ペトロヴィッチは「あぁ来る……」と熱の篭った声で告げる中、テスラはエクレールに駆け出して彼女を抱きしめた。
「エクレールッ!エクレール・アヴニールッ!!」
彼女はまるで魂を抜かれたように応じることはなかったが、テスラが力強く何度も声を掛けると僅かに瞳が開いたものの、そこにはテスラを映す眩い光は存在しない。
血を失い、死を目前としたもの特有の濁った瞳であり、血色が悪くなる彼女の顔に必死にテスラは手で抑えると、彼の手袋はエクレールの血を含んで重くなり。手袋の下の手を濡らすのが分かる。
それでも時は止まることはない。
人々が歩み続ける姿が止まらないことと同じだ。
ペトロヴィッチの魔力がさらに強くなるのを彼らは感じる頃、彼女は天高くに祈りを捧げて何を呟いていた。
───滅びの世界は泥へと飲まれ、今こそ世界は聖なる祝福へと満ち足りる。
───記録、記憶、全ての現象、伝承、この世界の理は聖槍の真なる裁定を持ってしてうち変わる。
───正しき人を導く者よ、悪しき人を罰する者よ、今こそかの手に祝福を。
「────アーメン」
その言葉と同時にセルチアの空から聖サヴァ大聖堂に向けてさらに強い光が注がれた。
聖杯、この世界の観測者、人間、歪み、聖人、裁定者。
ありとあらゆる事象が重なり合った。
シャーロック・ホームズはずっとこの地に違和感を抱いていたが、決定的なものはまるで遮断されたように隠されていた。しかしペトロヴィッチについて調べれば彼女が黒幕であることは分かっていたが、確固たる目的がわからなかった。
それは記憶のない"観測者"は意味をなさないと思っていたからだ。実際観測者という存在はこの世界には意味など無いものだ。失って始めて価値に気づかれるが失われることなど決してないはずであり、もし失えばそれはその世界の運命でしかないはずだった。
まるでそれは大天使ミカエルがこの地に降り立ったようだった。
黄金色の光の中から現れたその存在は女神のような姿をした一人の英霊、否、霊基だけであれば神霊クラスのものであるが、その場にいたエルキドゥは直ぐにそれが何者か本能として理解した。
「"アレ"は平気だ、神をも殺す、神武器だ」
「ええ……ええ……そうです!コレこそ私が望んだモノ!私を神に昇格するモノ!!」
興奮するペトロヴィッチの声に起動するようにそれは目を開いた。
雪のような肌に、純白の女神のような衣服、何もかもを裁くことに特化したような無機質な瞳は何も移さぬほどに色素の薄い色で、その細い手に持つのは細い槍であり、パーシヴァルが持つ物とは異なるが、彼は自分がその槍の持ち主であるために何者か理解して相手を見つめると。
現れたその女神のような女性は無機質に声を出した。
「───我はロンギヌス、世界を裁定する者、この世すべての者を救う」
強い光はそれまで大聖堂の中に現れたペトロヴィッチの聖杯の泥をその光のみで浄化し、魔力反応から外にいた敵も一斉に倒されたのだと感じる。
敵か味方かも分からない中で無機質なそれが地に立つとペトロヴィッチは慌てて駆け寄って、ロンギヌスに興奮交じりに声をかけた。
「私が貴方のマスター、いいえ、聖槍の所有者なのです!つまり私はあなたと共に"世界"を作る者、私を真なる世界の新たな神へとしてくれる。さぁロンギヌス!私に祝福を!聖杯を捧げた私に力を!!」
───私が次の世界の神になる。
そう高らかに宣言する彼女に意味がわからないと彼らは見つめたがペトロヴィッチは彼らに振り返った。
ホームズが「何を目的にこんなことを」と問いかけるとペトロヴィッチは最後だからとロンギヌスの隣で微笑みながら彼らに告げた。
生まれた時から聖職者の家庭だった。
厳格なる父と母の元で育ち、くだらない人生を味わっていた。
幼い頃はそんなことも気にせずに親の命じるがままに修道院に入ったり、勤めを果たしていた。しかし厳格だったはずの母親は自分と変わらない年端の男と不倫した挙句離婚した。
絶望した父はあんな母になってはならないと言ったが、ペトロヴィッチは母が少年ともいえるような男と寝てる姿を何度か見たことがあった。
そしてその都度、自分も街で男を貪った。
父ほどくだらない者はいない。神が人を創り、そして人がその行為や快楽や堕落を好むのは神が作った性質だ。だというのに認められない父は哀れだと思った。
聖杯戦争についての話が上がり、聖堂教会の関係者の父は今回の聖杯の監督官を務めるとなり。ペトロヴィッチは喜んで支えると告げたが、それは運命か因果か分からないものの彼女の左手に令呪が宿った。
ジャンヌ・ダルクを召喚した時、聖杯戦争に選ばれたことを嘆きながらも、聖女を呼んだ娘に歓喜の声を上げた。聖杯戦争が近付くと説法は強くなり、さらにペトロヴィッチの為にと厳しい神からの試練として鞭でその身の穢れを祓うことに専念した。
──くだらない。
──この人は本当に空っぽだ。
ペトロヴィッチは聖杯戦争にて中立を貫こうとしたが、参加者たちを見ては願いとやらを考えたくなった。この世界を一度乱してしまえば父はどんな顔をするのかと。
そして唯一聖杯の居所を知るペトロヴィッチは数多のマスターをあらゆる手で屠った。一流ではなくとも魔術師の端くれ、そして教会の関係者のペトロヴィッチはあらゆる手を考えることができた。
そして残り数人になった時、深刻な顔をして娘の心配をする父親にペトロヴィッチは聖杯の隠し場所を暴いて触れようとしたが父はそれを止めた。
ジャンヌ・ダルクは口うるさい聖女であるため令呪で記憶を維持できないようにしておいて、聖サヴァ大聖堂の地下の聖杯を手にする時、彼女は聖杯を守ろうとする父ごとジャンヌを利用して殺して見せた。
これで自分の願いがと思ったが聖杯の願いは父の絶望と生によって書き換えられ、泥が現れた。事件の真相を知らない世界は滅びゆく人類を助けるために聖杯を用意した時。ペトロヴィッチはやり直しができると心から喜んだ。
そして今度は父もいないのだから美しい世界を作り直そうと決めた。
しかし聖杯は必要となる裁定者の呼び出しを間違えた上に閉じこもる為、どうすればいいのかとなった時、ちょうど召喚されたパーシヴァルが聖槍という名の"世界の鍵"を持っていることを知った。
現れた"アヴニール"の能力については、ブランク・ハリー・ホワイトが書いた論文や、彼の長年の研究結果を見て、ペトロヴィッチの願いがより強固かつ理想となるとわかった。
"聖杯"を閉じ込めた本の"鍵"を"開ける"とき、その時本当の願いと救いが始まり。新人類として選ばれたこの地にいる人を"裁定"する。
父が言うような神の試練を乗り越え、真なる神に仕える者として。
事情を知る聖職者たちをみんな殺した。
古い老人たちはうるさく、小言の多いシスターは邪魔だから。
子供は移民や元々修道院を安心だと思う親が子供だけでもと連れてくるため、それはいい召喚用の魂という名の魔力になった。
どうして無垢なる子供を保護する場所が、清い場所だと思うのかペトロヴィッチには分からなかった。醜い大人が子供搾取する場所なのにと、幼少期に入れられた修道院を思い出して吐き気がする。
この世界が間違いなのだ、だから救う(破壊する)、救う(作り替える)、救う(理想の世界へ)、救う───
「そして"到達"するッ────えっ」
「認証、審判、シスター・ペトロヴィッチ、あなたは罪人である」
───処罰を実行。
機械的な無機質な声に一同は息を飲んだ。
ロンギヌスが手に持った槍がシスター・ペトロヴィッチを穿いた。
驚きに目をやる合間にロンギヌスは薙ぎ払うとペトロヴィッチは大聖堂の床にゴミのように捨てられた。
血を吐いて、何事かもわからぬシスターが目を白黒にさせて「わた、くし、が世界を」と自分が神に変わろうと思うのか。床を必死に這いずろうとする姿は無視のようだったが、ロンギヌスはその美しい姿で見下ろしてはペトロヴィッチの上に数本の槍を召喚し刺し貫いた。
まるでモズの速贄にようなペトロヴィッチの姿にマシュが声を失い、足を竦めていた一同の中で、聖槍を持つ騎士パーシヴァルは赤く濡れた槍をそのままに駆け出した。
「はぁぁぁぁっ!!」
「認証、審判、誠実なる騎士パーシヴァル、あなたは善人である」
そういうと突如として現れた槍が天からパーシヴァルの前に突き刺さり、足を無理に止めさせた。ほかの者も続くというようにして動き出せば、ロンギヌスはただ呆然と立ち尽くし、そして祭壇でエクレール・アヴニールを抱く、ニコラ・テスラをみると、空高くに飛び立ち、彼らを見下ろし審判した。
「認証、審判、カルデアはこの世の罪人である」
「オルレアンの聖女ジャンヌ・ダルク、あなたはペトロヴィッチのサーヴァントであった、そのため罪人である」
裁判官が粛々と読む様にしてそう告げるとロンギヌスは空に手を向けた。
さらに強い地震のようなものが起き、何事かと思うが、ロンギヌスは最後に告げた。
「世界の観測者、アヴニールを継ぐものエクレール・アヴニール、あなたは、あなた方は罪人ではなかった」
その言葉を言い切るとロンギヌスはペトロヴィッチの残った魔力を吸い上げるようにして、さらに強い魔力を放出していく。
「認証、審判、この世界を裁定、罪あるこの世界を我がロンギヌスの槍が裁きましょう」
そういってロンギヌスは空高く飛び立ち、藤丸やマシュたちは慌てて外に行けば、最後の国、セルチア全体で大きな地震が発生したかと思うと、地面から大理石の柱が生え出てきた。
巨大な七柱はセルチアを取り囲むとその周りから魔力を吸い上げるようにして、柱の上に魔力を貯めて、中央の空に浮いたこの世界を裁定する聖槍ロンギヌスに集まり。彼女の上からは巨大な槍が形作られようとした。
「あれきっとカルデアの槍のアーサー王のロンゴミニアドと同じかそれ以上の宝具じゃない?」
「柱を破壊して止めるしかないね」
ヨハンナとエルキドゥの言葉に直ぐに行動に移ろうとする藤丸は大聖堂の中にいる者たちを見た。
ライニールも、パーシヴァルも、ジャンヌも足を止めて動けていなかった。そしてテスラはエクレールを抱いてまま動けなかった。自分のコートが血を含んでも彼女を抱き締めていた。
彼女の頭に手を添えてぐったりとする彼女を抱きしめる姿はまるでイワン雷帝とその息子と呼ばれる絵画にそっくりのようだった。
「エクレール……我が助手よ……何故なんだ……」
それが運命だというのなら、テスラはそれを受け入れられなかったのだった。
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