二十一話



セルチアの空は相変わらず心地よいほど美しい晴天だ。
心地よい雲ひとつない空に、黒い泥のない蒼い宝石のような海、自然豊かな緑、聖堂や教会に修道院などがいくつもあり、石畳の道や赤レンガの建物にドナウ川の美しさは変わらずあった。

その頃───
ルーラー・アヴニールからの支援を受けてセルチアにいるカルデア一行はそれぞれが七本の柱を折ることに専念していた。
ロンギヌスも真なる裁定者の表れを理解しては大聖堂の前から既に魔物を大量に召喚しているものの、彼女の判定としてアヴニールは見逃されているかのように槍は落とされなかったものの、既に聖サヴァ大聖堂の前の噴水広場から激しい戦闘が始まっていた。

一時退却してきたマシュにルーラー・アヴニールが現れたことや、魔力供給が安定していること、しかしカルデアからはこれ以上の味方は呼べないため、ここで対処をすることになることを告げた。

アヴニールの傍にはテスラと戻ってきたジャンヌがおり、ジャンヌはエクレールにそっくりな彼女を見ると「戻ったのですね!」と安心した顔をするものの、アヴニールは「すみませんエクレールではありません」と呑気に返事をしつつも本を手にテスラのサポートをする姿はまるで博士と助手としてはピッタリで、まさに阿吽の呼吸のようであった。

『こちらエミヤ、第二柱損傷は与えたが柱はすぐに回復してるぞ!』
『こちらルーラージェームス・モリアーティ、第四柱も同じく、頑丈なようだ』
『こちらマルタ、第七柱は魔獣が多くてッ、近付くのも困難だわ』

聞こえてくる通信にホームズは中央上空にいるサーヴァント・ロンギヌスが柱からセルチア全土の魔力を吸い上げて、さらに世界を裁定する最後の聖槍ロンギヌスを完全顕現させようとするのを見ては柱を同時に破壊する以外に停止できる方法はないだろうと言った。

カルデアからもサーヴァントは呼んでいるが七本の柱を同時かつ、大量に呼ばれている魔物の対処、さらにはまだ生き延びている人々がいればそれの対処なども含めては当然足りることはない。
当初せルチアで活動していたメンバーだけでもサーヴァントは七名であり、カルデアからさらに追加で呼ぶことはできたものの全員を合わせても三十名だが、それでも一つの柱に対処できる面々といえばということだった。

ライニール・アルバ・クレイフォンは警察官として携帯しているハンドガンと別で前回のブランクの際に利用していたライフルを背中に背負っており。そんなライニールの前にパーシヴァルが立っていた。

ライニールの手にはもう令呪はなかったがまだ二人にはマスターとサーヴァントとしての繋がりは残っていた。
ライニールはパーシヴァルを見つめては、その真っ直ぐとした騎士の瞳がどれほど高潔で、どれほど自分を醜い存在にみせるのかを痛感させられた。

「お前も奴らに手を貸すんだろう」
「もちろんだ、マスターもその装備は戦うということか」
「俺はこの街を守る警察官だ、市民を守らねばならん……なんていうが、俺はあんたを穢した。それにあの子を殺した」

ライニールはチラリと奥で戦うテスラとアヴニールをみた。
姿は若干違えどアヴニールはパーシヴァルに殺させた普通の人間であるエクレールそっくりで、ライニールは数十分前に自分がしたことがどれ程残忍なことだったのかを理解しており。それでもなお綺麗事をいうように立っている自分は本当に図太い神経をしているなと我ながら笑えてしまう。

パーシヴァルは無辜なる一人をその身で殺したことを覚えている。
ハッキリとその槍の刃先で穿つ感触も、彼女の表情も、血も、全て覚えている。
絶望して苦しんだが、彼は憎しみを抱いていなかった。
それはパーシヴァルとライニールはマスターとサーヴァントであり、無意識に互いの感情や記憶が流れていたからだ。きっとライニールもパーシヴァルの記憶を見ていたが、パーシヴァルはライニールがどれほど子を思う父親なのかを理解していた。

妻と別れ、激しい親権争いを繰り広げて守ることにした一人息子はライニールにとっての人生の全てだった。ライニールが時折自分のポケットの中の写真を見ることや、自宅で息子と触れ合う姿を見ていれば、その想いが一寸の嘘も含まない純粋なる愛だと言うのがよく分かり。
ライニールの令呪にて命じられた時、それでもなおパーシヴァルが拒絶できたのは、ライニールに迷いがあったからだ。そしてパーシヴァルの頭の中にはライニールの謝罪と後悔が痛い程に伝わっていた。
だからパーシヴァルはその槍をしっかり握り、ライニールの肩に手を置いた。

「あなたもまた高潔な人だ、我がマスター、何も間違っていなかった。人は選択を迫られた時、家族や愛する人を選ぶのは当たり前のことだろう」

そういってパーシヴァルがチラリとわざと視線をニコラ・テスラに向けた時、ライニールはあの英霊となったはずの存在が守ろうとする存在と、その思いを理解していた。
彼は肩に背負ったライフルの入ったケースを握り直すとパーシヴァルをみた。

「これが最後の戦いだ、これはマスターとサーヴァントとしてではない、友としての頼みと、この街を守る刑事としての頼みだ。サー・パーシヴァル、共に戦ってくれないだろうか」
「サー・ライニール、貴殿は我が友だ。もちろん、友の愛する家族も街も
、円卓の名に誓って守って見せよう!」

そういって二人は笑みを浮かべると駆け出した。
互いに市街地から近くまだ敵の多い第一柱へ向けて。

◇◆◇

「おや?観客はもう席を立たれるのですか」

騒がしい景色を眺めながら劇作家は男にそう問いかけた。
男は空を覆うような槍を眺めながら、その空の中央に鎮座するようにいる女神のような存在を見つめた。
全く長い舞台だと男──グスタフ・マルコーニは心から思いながら、視線を下ろして噴水広場で戦っているニコラ・テスラとアヴニールをみた。

妻はブラン・シェーン・"アヴニール"だった。

魔術師家系でもないグスタフはただの大学教授で歴史やセルチアの宗教について詳しい程度であり、アヴニールがどういう家かなど知るはずが無かった。
それなりにいい年齢になってから彼女と出会い、大学の事務員をしていたブランの人当たりのいい性格や、人の話に楽しそうに耳を傾けてくれるところが好きだった。
気難しくて愛想がないといわれるグスタフも、当初は彼女はただの事務員でよく笑うし雑談の多いタイプだと思っていたが、次第に何故か仲良くなり。食事をして、気付けば交際をして、お互いに年齢だから結婚でもと思う時、元婚約者と家の話をされた。

僅かながらに調べたがあまり興味も引かれず、それが二人になにか大きな障害になるのかと疑問にさえ思ったが何もならなかった。
聖杯戦争にミスが起きて、泥が溢れた時、妻と産まれたばかりの子供が亡くなり、その時になってようやくアヴニールについて詳しく調べたが遅かった。

そして婚約者であったはずのブランクが生きてることを心から恨み、彼女が何度も泣いていたことを思い出し、エクレール・アヴニールに出会ってしまった。

遠巻きに見た彼女はブランによく似た笑い方や反応をし、そしてニコラ・テスラとの関係を知った時。そういう家系なのだと理解した。
世界か──彼女か──なんてくだらない選択肢なのかと思いながら、その心の内をシェイクスピアにバレた時には最悪だと彼は思った。なにせこの悲劇好きの作家は下手に手を入れてくる可能性があるから、心からやめてくれと願ったものだった。

そして今のグスタフは一人歩いて車に向かっていた。
ミニクーパーは彼の愛車で家族向けではないのに妻がかわいいからと言ったが、オープンカータイプでますますグスタフには似合わないものだった。
グスタフが運転席に座ると助手席に当然のようにシェイクスピアが乗り込むため、彼ら思わず呆れたように見つめた。

「ウィル、一応言っておくが前線に向かうつもりだ」
「ええ知ってます。ですからここに座ってるんですよ」
「あんたは作家じゃなかったか?舞台に上がると?」
「この物語は私が書いた訳では無いのですが、観客が石を投げるものですから、収めねばならないと思いましてな。なんならその観客は自分が舞台に上がろうとしてますし」

ね?とウィンクをされるとグスタフはこの男の演技の混じった所作があまり好きではないと思いつつエンジンをかけながら、変わらない温度感で話を続けた。

「作家だろうがなんだろうが舞台に上がれば役者だ、締め切り前以上に苦しい思いになっても知らないからな」
「おぉ怖い!なんと恐ろしい!我が友グスタフ・マルコーニはなんと悪人であろうことか!……喜んで演じ切りましょう」

そういってくれたシェイクスピアに小さく笑いかけるとグスタフが走り出そうとした時、突然車体が揺れて何事かと後ろを見ると、獅子頭の巨躯のキメラのような存在がいた。出身は?と聞かずとも如何にもな格好をしているその存在に思わずグスタフは呆れて何事かと思っていると、さらにもう一人、小さな水色の髪をした少年が乗り込んだ。

「その姿はアンデルセン殿!そして先程いらしていた発明王!」
「サーヴァントとはいえ歩くのは面倒だからな、丁度タクシーがいてよかった」
「全くこの小さく狭い車はなんだね!それもドイツ車?我が国が誇るフォードなどに乗り換えたらどうだ?いやそうさな、私が電気自動車を作ってやろう!!」
「……今すぐ降りてくれ、特にペットはNGだ」

グスタフはサーヴァントだろうというが彼らはまぁいいでは無いかという間に周囲にいた魔物が襲いかかろうとするため、シェイクスピアが早く出すように言うがグスタフはエンジンをかけ直すから待てと叫んだ。
その間にロンギヌスが召喚していたキメラが彼らを襲おうと飛びかかってきた瞬間に電流が飛び散るようにキメラを感電させると、呆れ顔のニコラ・テスラが車に乗った連中を見た。

「ミスター・グスタフ、その車にキメラが乗っているぞ」
「ミスター・テスラ、降ろしたいんだが降りてくれないらしいから、このまま第六柱に向かわせてもらう」
「キメラではないわ!!この素っ頓狂!!まぁいい、ミスター・グスタフ、エンジンを一、二の三でかけ直してくれたまえ」

呆れたような会話をしつつ、テスラはアヴニールと戦闘を続けながら藤丸にその旨を伝えていると、エジソンは「一、二の……三」といってグスタフがエンジンを回すと、突然車は猛スピードで走り出し。愉快な四人の叫び声が聞こえた。どうやらエジソンが車をいじったようであるが第六柱までは距離があるので丁度よかったのかもしれない。

「やっぱり博士はエジソンさんと仲良いんですね」
「やめてくれ観測者、そんな言葉は冗談でも聞きたくない」

ありゃ?とアヴニールはテスラの反応に小首を傾げつつも彼の背中を守り続けるのだった。

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