二十二話



後悔をしても仕方なかった。
ジャンヌ・ダルクは自身のマスター、シスター・ペトロヴィッチが死んでもなお現界出来ていたのは、カルデアからの魔力供給を与えられていたからだった。
一人の人間を犠牲に世界を救う──その方法を聞いた時、ジャンヌはそんな事を…と思いつつも、黒い泥に襲われる人々を見た時、ほんの僅かにそれで人が救えるのならと思ってしまったのが自分の罪だと理解した。
聖女と崇められる度に迷いが生まれてしまいそうになる。

ニコラ・テスラが彼女を想い。
彼女がニコラ・テスラの隣で笑う。

そのほんの僅かな幸せを見た時、世界をどうするべきなのかと自分ながらに考えつつも、サーヴァントだからと考えを遮断した。
戦争があったのだ。人の恐れがあるのだ。様々な感情と表情をその身に宿していたジャンヌは全てを理解していたが、今こそ後悔していた。
マスターが悪人だったからではない。自分があの女性に最後まで決断出来なかったことを。幼く若いカルデアのマスターはその二本足でしっかりと立ちながら各所に指示を送っているところ、ジャンヌを見た。

「今ヨハンナやエルキドゥたちが第三柱を対処してるから、ジャンヌはホームズと一緒に第五柱をお願い出来る?僕らは街の人の方に当たるよ」
「……私でいいのですか?」

こんな所で言うべきではないとわかっていても、少しだけそう問いかけた。あなた達の仲間を殺したのは自分でもあるのだと思っていたから。けれども藤丸は笑った「ジャンヌじゃなきゃ頼めない」と、そして後方で戦っているテスラとアヴニールをみた。

「博士、後ろからさらに敵が来ます!」
「分かっている、君こそ十時の方向から来るぞ!」

互いの背中を守るように息ぴったりに繰り返す二人は先程とは違うどこか安心したような顔をしていた。
互いがいると胸の奥底で感じるゆえの安心感なのだろうか。
それをみていればジャンヌにも少しだけ安心感を覚えて旗を持つてにちからがはいり。目の前のマスターに向けて「では参ります」と返事をしては駆け抜けた。

───その旗は人々の希望を宿す旗だった。

『世界の裁定完了まであと7%、この世界は罪である』

天高くにそびえ立つロンギヌスの声と共にさらに空から矢のような細槍が雨のように降り注いだ。数十名のサーヴァントを同時に呼び起こしていることはカルデアでの負担はもちろん、アヴニールの援助があっても厳しいのかと藤丸は思う時、一本の通信が入った。

『こちら第一柱対応中のライニール!!まだテスラや藤丸は聖サヴァにいるのか!?』
「こちら天才ニコラ・テスラ、まだ聖サヴァ前の噴水広場だ」
『このままじゃ出力不足で負けちまうがあんたの能力で電力を変換できるだろう?ロンギヌスは純粋な魔力を吸い上げてると先程グスタフがいってきた。聖サヴァ大聖堂の地下に巨大な発電機がある』

そこいらのホテルよりもずっと優れている発電機であり、五千キロワットは出るはずだ。という言葉にテスラはそれだけをコイルで変換すれば莫大な魔力になるものの、それを変換できるテスラコイルの設置を今のテスラにできるかとも考えた時、ドスンッ!と巨大な音が響き、何事かと目を丸くすると彼らの前に地面から生えるように巨大なテスラコイルが設置された。

「これでいいんですよね?記憶の設計図通りにしていますがチェックをお願いします」
「エクレールと同じ顔をしていながらやってる事が規格外で少し追いつけないな……まぁいい、少年!私はこれのチェックを行うから君は発電機の電源を入れてくれ!」
「了解!マシュついてきて!」
「了解です!!」

テスラはコイルのチェックに入ると告げるとアヴニールは襲い来る魔物から彼を守るための結界を張った。
柔らかい青い光のようなシールドに円形状で包み込まれたテスラはコイルが完全に自分と同じ設計であると感じては、自分の背中に立つアヴニールという英霊が本当に観測者たちの記憶の集合体かつ、その中にいるエクレールの記憶を鮮明に利用しているのだと理解する中で、それほどエクレールが自分の隣にいたことや、学んでいたことを思い出して胸が少しだけ締め付けられる。

「このコイルの中身は完璧だが、我が助手にはここまで教えたつもりは無かったはずだが?」
「はい、エクレールさんの記憶から他の観測者の方の知識を混ぜて設計してますから」

だって彼女は理数系苦手なんですよ?とアヴニールがいうため、テスラは以前出してみた小テストは散々で、まだ藤丸少年の方が出来ていたなと思い出して笑うと。エクレールはその後も必死に勉強してたんだとアヴニールが告げたため、テスラはどこまで引き継ぎされているのやらと興味が湧いた。

「全て引き継がれていますよ。観測者たちの記憶も感情も五感で感じた全ても」
「なるほど?私たちがどういう関係かも分かっているのか」
「……え、えぇ、私には刺激が強いですが愛し合う関係だと。でもエクレールはあなたを深く思ってます、今も記憶の奥であなたを想ってるのを強く感じます」
「ほぉ口ではいつも私の事を罵りがちなのだがな」
「あなたが直接口にしないから不安になりやすいんですよ」

似た者同士だと思いますとアヴニールがいうことにテスラは愛する人物と同じ顔と見た目をした人物にそう言われるのは複雑だと思いつつ、チェックを完了した胸を告げると、丁度大聖堂の発電室にたどり着いた藤丸とマシュが電源を入れると告げるとテスラは三、二、一の合図で電源を入れろと指示を出し。アヴニールにはそれと同時に結界を解除して、すぐさま離れろと命じた。それまでに魔物を出来るだけ集中させるように告げるとアヴニールは結界外に強い光を放ち、魔物たちはそれに反応して飛び込んでくるため、テスラは口角を高くあげた。

「では実験といこうか」

動物実験の十八番はあの男だが今回は魔物だからいいだろう───といって、テスラが合図をした。

「三、二、一 ───いまだ!」
『ウワァァッ!』

硬い発電機のレバーをマシュと共に上げた藤丸は電気が途端に聖サヴァ大聖堂に灯るのを感じた。
そして聖サヴァ大聖堂に眩い光が灯ると、それは街の希望の光のように眩く輝いて、ステンドグラスから溢れた光は人々の目に映り。テスラコイルが強い電気を宿したことに二人はすぐに結界を解除して離れると、二人を狙った魔物たちがコイル目掛けて飛び込むが、数倍のパワーに跳ね上がった電力が魔物たちを途端に感電させて、魔物たちはまとめてスタンしてしまう。

「成功だ!」
「凄い電力ですね!」

嬉しそうに喜ぶアヴニールだがテスラはそれでもまだ全員に満足にリソースを割くのは難しいとした。
柱の周囲には強い魔物たちが守護しており。それらを倒した上で柱を同時にとなれば、全員が宝具を放たねば難しいほどだろう。しかしカルデアと今のこのコイルの魔力ではまだ足りないと思う時、藤丸の通信が飛んだ。

『博士、発電機はあと三台ありますけど、起動しますか?』
「何?つまりその大聖堂は二万キロワットの出力があると??どうなってるんだ!いやまぁいい……観測者よ、コイルの設置を各柱周辺に置けるだろうか?」
「はい、お任せ下さい」
「マスター今から作戦権を私に委ねて欲しい。今から指示を出すから全員この天才の話を聞きたまえ!」

全員に通信が行くように告げるとテスラの声に答えて見せた。
アヴニールは魔術詠唱を唱えると各地に同じテスラコイルが設置された。
空高くに顕現するロンギヌスの槍は残り3%となっており、時間はないため、これが最後の戦いとなるだろう。

「各柱を担当するものでまず守護の魔物を宝具で処理、その後各柱の担当一人が同時に柱へ宝具を放ち、完全停止を願う、各自のタイミングと連携が重要となる任務だ、しかし私たちならできる」

──神も、人も、兵器も、全ての者が今この場で一つの目的を持ち立っている。
──これがあの聖槍の判決だというのならば抗おうではないか、人も聖人も神もみな過ちを犯しながらも歩む存在だから。

「それに未来は私たちのものですから……でしょ?」

最後の言葉を奪ったアヴニールにテスラは呆気を取られたものの「そうだ」と告げると演説を聞いた藤丸が各柱ごとに魔物対応の宝具を放つ担当と柱用の宝具を放つメンバーをそれぞれ告げた。
テスラはコイルの出力を全て確認し、全員に魔力がしっかりと行き渡っているのかを確認の上、最後というように頭上のロンギヌスをみつめると、彼女は何を映すわけでもないその瞳でセルチアを眺めていた。

「周囲の敵はさっきいったメンバー、柱の破壊のメンバーはパーシヴァル、ジャンヌ、シェイクスピア、エルキドゥ、ルーラーモリアーティ、マルタ、ゲオルギオスでいきます」

合図は分かりやすくもう一度藤丸が発電機のレバーをそれぞれ上げていくため、それを一度目に魔物たちの一掃の宝具に、そして二度目で柱の破壊を目的とした宝具をテスラコイルの最大出力で送ると告げると全員が準備を始めた。
ロンギヌスの槍は残り2%にまで到達しようとしているため、全員が配置に着くと同時に藤丸が「やります!」と告げると同時にレバーを引き上げ、それと同時に魔物を担当していたサーヴァントたちが一斉に最大出力で魔物を押し切った。

「さぁ今こそ我らの力をみせてくれ!」

──ロンギヌスはただ彼らを静かに見つめていた。
それを受け止めるのもまた運命であるというように。

ジャンヌの旗がセルチアの上空で揺れた。
シェイクスピアの声がセルチアに響いた。
パーシヴァルの聖槍が希望の光のように輝いた。

激しい轟音と共に柱が大きく破壊され。
全員が見つめたがロンギヌスは無機質な機械のように槍を掴むように天に手を掲げた。

───残り1%とロンギヌスが呟いた。

その時、ニコラ・テスラの背後で強い魔力を感じると背後にいたアヴニールが詠唱を唱えた。
そして街の人々は最後を見るかのように窓から顔を出して天に祈りを捧げていた。

───人の歩みに希望あれ。物語は語り紡がれる。
───生きとし生けるもの全てのモノにその物語は存在する。
───人は光と未来に満ちている。

「さぁ今こそ人の物語(ちから)をお見せしましょう───人類神話・観測者は今ここに(システム・アヴニール)」

テスラはその時"彼女"をみた。
眩い光の中にテスラに力を添えるアヴニールの集合体たる姿の中にエクレールをみたのだ。
けれどもアヴニールはテスラを見ると小さく笑うと告げた。

「さぁ博士、最後の仕上げをしてくださいよ」

それはきっとアヴニールという存在ではなく。
エクレール・アヴニールだと確信して、テスラは気を引き締めると高らかな声で宣言しては自分の魔力を地から剥い上がらせるように吸収しては、彼が設置したテスラコイルからさらに電力を吸い取ると、真名を解放し、宝具を展開した。

彼が世界の為にと作りあげようとした、その塔は柱に負けじとそびえ立ち、そしてテスラがロンギヌスに向かい合うように見ると自信を持った表情でその聖槍の化身をみた。

なにせテスラは絶対に負けないとわかっていた。
自分にはどうしようと無い味方がそこにいるから。
力強く空から地面をみつめると聖サヴァ大聖堂の入口には一人の観測者が彼を見ていた。それは紛うことなきパートナーであるエクレール・アヴニールだと認知した。
彼女の左手が高くテスラに伸ばされるとラピスラズリのブレスレットが眩い光と共にテスラへ魔力をさらに注いだ。そして再生しようとする柱がロンギヌスの槍を顕現させようとするため、テスラは声高らかに宣言した。

それは人の歩みであり。
現在は彼等(裁定者)のものだとしても、未来は我々(人)のものだから。

「───古の神々よ、眠れ!今や!我々こそが神話を紡ぐ!『人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)』!!」

その言葉と共にテスラから放たれた雷霆が七柱を貫いた。
ロンギヌスは静かにそれを受け止め、何とか耐えていたものの、出力がまだ足りないとテスラが限界を迎えようとした時、セルチアの地が強く光り輝き、全ての祈りと願いが一点に集まり。
その中央に立つアヴニールが小さく頷くと天に向けてその光を反射させるようにして放ち、テスラにその光を届けた。

「ぐっぅ……ッおおおお!!!」

大きく吠えたテスラが全出力を持って押し切ると、柱は完全に神の雷を受けたように同時に割れては粉々に砕け散ってしまう。そして残るロンギヌスの槍に向けて、一人の男が壊れる柱を駆け抜けた。
そしてその白き騎士の後ろから男が強く握っていた銃の引き金を引いた。

「我が聖槍よ、来たれ。カウントダウン『光さす運命の槍(ロンギヌス・カウントゼロ)』!うぉぉぉぉぉ!」

ライニールの魔弾が地上へ差し迫っていたロンギヌスの槍の刃先に触れると、強い魔術が仕掛けられたそれがロンギヌスの槍に雷のように触れて広がり、機能を停止すると同時にパーシヴァルの宝具が最後にロンギヌスの槍を貫く。
二つの同じ聖槍が触れると巨大な天から現れていた聖槍が押し戻されていき、ライニールはパーシヴァルにさらに自分の魔力を注ぎ、最後の力で押し切るとロンギヌスが召喚した世界を裁く、その聖槍にヒビが入り、そしてガラスが砕けるような音を立てて粉々に散ってしまい、黄金色の粒子が空から降り注ぎ、魔物がそれに触れると次々と消え始め、海側を担当していたヨハンナが「海の奥が見える!」と報告をした。

テスラが力が抜けたように聖サヴァ大聖堂の前にフラリと戻ってくるとアヴニールは慌てて彼を支え、地下の発電機を担当していた藤丸たちも戻ってきては無事に空に何も無くなったのだと安心した。
そして一同が揃うとそれまで天高くに待っていたロンギヌスが聖サヴァ大聖堂前に降り立ち。思わず全員が身構えると、彼女は彼らを見つめた。

「この世界の者、カルデア、よくこの試練を乗り越えました。我が聖槍の試練はこれを持って終了となる。あなた方の罪は許された」

そういうとロンギヌスは自分の胸に手を添えて本来この世界を救うために作られた聖なる聖杯を差し出してくるため、彼らは目を丸くしつつも代表として藤丸が受け取るとロンギヌスは空を見ていたが彼女の前にもう一人の男が聖槍たるロンギヌスの前に立った。

「……我が主」
「まさかこんな形で姿を見るとは」

それは円卓の騎士パーシヴァルであり、彼は本来この聖槍の持ち主でもあり、ロンギヌスは自分の主と認めた男をみるとそれまで機械的だった表情に少しだけ色が乗ったように気まずい顔をした。

「此度の我が使命はこの世界の裁定でした。この世界は残るべきものだと理解していますが、それでも我が使命を…「ロンギヌス」……はい」

パーシヴァルを前にした彼女は怒られた子供のようであったがパーシヴァルは優しく微笑んで彼女が聖槍の化身であろうと関係はないというように頭に手を添えて我が子のように撫でた。

「素晴らしい強さだった。やはり流石は我が聖槍だ、君と戦えたことを誇りに思う、そしてこれからも姿は違えど私と共に戦ってくれ」

パーシヴァルは片手に持った自身の聖槍をみせるとロンギヌスは驚いたように目を丸くするものの、目尻を緩めては「はい、我が主」と告げると同時に光となりパーシヴァルの槍に帰るように光となり消えてしまったのだった。

そしてちょうど周囲を確認していたグスタフのグループとホームズたちが世界が完全に聖杯戦争が起きる前のものに変わったと報告をして、藤丸は手の中の聖杯を見るとジャンヌを見つめた。

「出来れば世界が戻ったのならこれを僕らがエクレールさんに使いたいんだけど」
「それはもちろんですけど……残念ながら聖杯は力を失っているようです」
「なに?!この聖杯はもう空なのか!!」

藤丸は亡くなったエクレールをどうにかできないかと思ったがジャンヌは聖杯はロンギヌスを呼ぶことに対して力を使い果たしてしまい、既に空となってしまい、さらにロンギヌスも残っていた魔力を返すように世界を元通りにさせたため、今のその聖杯はただのトロフィーという名の飾りでしかないと告げるため、ニコラ・テスラはそれではエクレールは帰ってこないのかと驚くがジャンヌは心底申し訳なさそうな顔をし、カルデア一同は途端に顔を暗くさせたものの、一人の声が上がった。

「そんなにエクレール・アヴニールが好きなのかい?」

それは揶揄うような声色で、ニコラ・テスラは今ここでそんなことを聞いてくる不埒な輩は誰かと眉間に皺を寄せながら相手を見るまでもなく、振り返りつつ声を上げた。

「彼女は私が認めた唯一無二の助手だ!そんな簡単な言葉で表せる訳がない。それに彼女はあんな無慈悲な死を迎えたのだ。カルデアにあるほかの聖杯を使うか、いっその事フランケンシュタイン博士のように彼女を作り替えるか考えるレベ……」
「いやはや、それはあまり同意したくないね。そもそも聖杯なんて歪な願いを叶えるものだし、死人を生き返らせる方法なんて大抵問題しかないだろ?」

ペット・セメタリーって映画見たことあるかい?
あれを師匠と見たことがあるし、フランケンシュタインもそうだけど、やっぱり死人を蘇らせることはってのはねぇ?人は人の力でしかダメなんだよ。

そういって気軽な話をしていたのはエクレール本人……ではもちろん無く、観測者の集合体となるアヴニール本人であった。テスラはそういえばと思い出してはアヴニールの細い肩を両手で掴んでは乱暴に振り回した。

「君はエクレールがまだそこにいるといったな!!戻せるのではないか?!」
「うわっ!ちょっと、乱暴はっ!うぇっ、吐いちゃいそうッ」
「博士待ってください!なんかアヴニールさん様子が違いますって!」
「止めるな少年!!彼女が言っていたんだ、エクレールは自分の中で眠っていると!!だから引き抜いてこれば!!」

暴走したら止めようがないと数名で暴れるテスラを押さえ込もうとするが目が血走ったテスラが止まらないと思っていた時、ドズンッと大きな音がして、何事かと思えば聖女マルタが足を強く踏んだようであり。コンクリートの地面には大きな穴が空いていた。
慌てふためていていた一同は思わず血の気が引くものの、聖女はにこやかに微笑んで「話……聞きましょっか」と笑うため彼らは話に耳を傾けた。

◇◆◇

「車……壊れちまったがカルデアに修理費の請求はできるのかな」
「ハッハッハッ、どうでしょうなぁ、見積書だけでもお送りしたらいいでは無いですか」

海沿いの道でグスタフ・マルコーニはエジソンによって完全に破壊された車の背にもたれながら呟いた。
空はもう夕焼けとなり、助手席に座っていたシェイクスピアはサングラスを手に取っては楽しそうに試着してバックミラーで確認しては楽しそうに返事をしていた。

グスタフはポケットからタバコを取り出して火をつけるとシェイクスピアは意外そうな顔をした。彼の友人であるライニールは喫煙者だがグスタフが自らタバコを吸うのは珍しい光景だったからだ。
二人の付き合いは精々長くても二週間ほどだろうか、それでも楽しい時間だったとシェイクスピアが感じるのは、このグスタフという男が物静かでありながらも情熱的な男だったからだ。

「貴方がタバコなど珍しい光景ですな、もしや祝いということですかな?」
「ウィル……タバコってのはストレス解消のためのものだ、こんなクソ疲れた仕事をしたんだ、美味い酒とタバコが欲しいもんだろ?」
「あぁ吾輩も飛び切りのワインが飲みたいところですがありませんからな」

安タバコならあるといって差し出してきたグスタフから受け取るとシェイクスピアは咥えてみると、グスタフがライターの火を差し出してくれた為、シェイクスピアは慣れたように煙を吸い込むと不慣れゆえなのか咳き込んだ為、グスタフは小さく笑ったためシェイクスピアは珍しく気恥しそうな顔をしつつも、彼はこの男の前では劇作家ではなく、ウィリアム・シェイクスピアという一人の男でいることが多かったとも感じた。

「良き舞台でした」
「あぁそれにいいカーテンコールだな」

セルチアの美しい空は太陽が沈み、オレンジ色のグラデーションを作りマジックアワーとなっていた。
グスタフはタバコを吸いながら隣にいるシェイクスピアが次第に黄金色の光となり消えていくのを感じた。

「グスタフ・マルコーニ、吾輩はあなたの人生で物語を描きたかった、あなたほど面白い男はいなかった、この舞台で最高の役者でした」
「ウィル……あぁ、あえて私は君をウィルというが、君ほど面白い男はいなかった。またどこかでの舞台で会えるといいな。最後まで付き合ってくれてありがとう」

そういうとシェイクスピアは拍手を打った。
強く高らかに響くその音はグスタフにのみ送られる。
大作家が唯一愛した今作の名俳優に向けて。

一人残されたグスタフは車に挟んでいた写真をみつめては微笑んだ。
妻と子供と自分の三人には一つのサインが残されていたのだった。

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