二十三話



空はすっかりと夕暮れとなり、ロンギヌスの脅威も聖杯の呪いも全てが消え去り、世界はまた新しく戻ろうとしていた。
人々は抱きしめ合い、最後の日を乗り越えたのだと泣いて喜び、教会の鐘が大きく鳴り響いているのを聞きながらも、聖サヴァ大聖堂前の噴水広場にてカルデア一行とジャンヌ・ダルクとアヴニールが残っていた。
パーシヴァルとライニールはやることがあるからと行ってしまい、それが最後の別れになると分かっていたテスラはライニールを呼び止めた。

「君は素晴らしい父親だ」
「あんたは惚れ惚れするほどいい男だ」
「……生憎私はノーマルだ」
「そういう俺も同じさ」

軽い冗談を残して別れられたのはテスラはライニールを恨んでいないからだ。
互いに目的があったのだから仕方がないと言い聞かせることができたのは、彼もまたテスラと正反対の立場であると、出会った当初から感じていたからだ。分野は違えどいい友人になれただろうと思いながら背中を見送ったテスラは数分前よりも落ち着いて、改めて此度の聖杯の正式な裁定者といわれるルーラー・アヴニールをみた。

彼女は先程までの様子とは打って変わって、どうやらのんびりとした様子であると思えばテスラはエクレールにそっくりのアヴニールの服が先程の聖衣とは違い、際どいカッティングどころか他の女性サーヴァントのようなほとんど剥き出しの肌とVラインカットの衣装に変わっていることに思わず目を丸くした。

「なんて格好をしてるんだ!」
「いや喜ぶかと思ってね」
「今すぐ服を変えたまえ!というかこれを着なさい!」

テスラは顔を真っ赤にして、いくら彼女がエクレール・アヴニールではないとしても見た目はほとんど彼女なんだと慌てて自分の羽織っているコートを掛けてみると、アヴニールは先程とは全く様子が違うと全員が気付いた。
話し方も雰囲気も違う。テスラに対する態度もどこか見覚えがあるような?と思っているとホームズが「もしやオブセル?」とアヴニールの初代観測者の名前を告げるとアヴニールは杖のような剣を片手に肩を震わせて笑った。

アヴニール自体は観測者の集合体である。ということであればあの男が現れてもおかしくはないのかと思っていると、絵に書いたような高笑いをしたアヴニールは天高くに声を上げたあとテスラを見た。

「ハーハッハッハッハー……いや違う、僕は"アヴニール"、正式名称はなんだっけ?あぁそうブリッツ・サンダー・ライトニング、この名前は冗談に思えるけど本当さ、王からは春雷から取ってスプリンダーなんて呼ばれてたよ」

スプリングとサンダーを混ぜ合わせてね。と笑う彼にまた聞いたことがない名前だと彼らは小首を傾げた。ホームズも僅かに疑問に思うものの、テスラは初代によく似た雰囲気、しかしどこかで感じるエクレールに似たところから思わず彼は答えを無意識につぶやいた。

「二代目観測者……"アヴニール"か」
「魔法使いと呼ばれた弟子の?」
「あぁそうだ、エクレールの直系の祖先にあたるとされる方では?」

そういうと目の前の女性の見た目をした魔法使いは顔を伏せ、でゅるるるる。と口先でドラムロールを奏でたあと、人差し指を立てて、マジシャンのようにポンっと小さな花火を指先から放って煙と同時に"あたり"と表示させた。
師匠のオブセル・ウァートル・アヴニールという男も陽気な男ではあったが、弟子はもっと陽気な男なのだなと感じつつも、目の前の見た目は女性であるため、彼女か、彼か、どう呼べばいいのやらと悩んでいると間抜けな音がボンッとなると同時に煙が出て、ゴホゴホと一同が咳き込む間に一人の男に変わっていた。

「どういうことだ、何故あなたがここにいる」
「今の僕は正真正銘ルーラー・アヴニールさ、言ってたろ?アヴニールは集合体であると。今の主人格は僕だから姿もそれに合わせたってわけさ。ちなみにさっきの服装は女性の英霊を参考にしたよ」

博士の好みではなかったかな?と耳打ちしてくることにテスラは耳を赤くさせながら自分の助手に似た見た目であんな格好はやめろと注意すると反省されてしまう。
そして一同がなぜ彼が現れたのかと疑問を思うように見つめるとブリッツと名乗った男、正確には彼こそが本物の"アヴニール"であるが、彼は改めて名乗りをあげた。

「初めましてカルデアの皆さん、そして現観測者のパートナー、ニコラ・テスラ博士。私は"アヴニール"、観測者にして唯一の"魔法使い"でございます」

そういって紺色のローブを着た彼は大袈裟だが様になるほど美しいボウアンドスクレープをしては挨拶して見せた。
"魔法使い"───それは不可能を可能にする存在としていわれるが、この男は初代観測者であり、十五世紀の大魔道士オブセルの一番弟子であり、最後までオブセルに付き従った弟子として、アヴニールの名を引き継ぎ、観測者として初めて世界を見て記録した存在だった。

ブリッツはその場にいた女性陣に魔法でバラの花を差し出すと「いやはや美しい女の子ばっかりでいいね!」と嬉しそうに声を出すのは、いつかエクレールがいっていたように女好きで働くのが好きではないが人一倍世話焼きでお節介で優しい観測者だということを思い出す。

彼は聖杯を持っていたジャンヌに近付いては、まるで花瓶でも借りるかのように受け取っても?と気軽にいうため、ジャンヌは驚きつつもそれを託すと彼は変わりにジャンヌには飛び切りの純白の百合の花束を渡して「聖女には花が似合うなぁ」とうっとりと告げつつもテスラの前に戻った。

「エクレールはいま記憶の底にいる、彼女は眠ってるよ、心地よいほど穏やかに、君はそれを起こしたいか?」
「……あぁ」
「彼女はいま夢の中で痛みも苦しみも悲しみもなく眠っているよ、それでも起こすのか?博士、君とて彼女が君と出会ってからどれだけの目にあってるのか分かってるはずだろ」

それまでのエクレールは本当に普通の女性だった。
カルデアにいたとしてもアヴニールとしての詳しいことも知らず、ただのサーヴァントと話をして、彼らの記録を取るだけの係だったはずなのに、ニコラ・テスラと出会ってから彼女は命を狙われることが度々増えた。
カルデアにいるなら仕方がないと言えるかもしれないが、彼女は今回死に至ったほどであるというのに、それでもまだ自分のエゴに付き合わせるのか。と残酷な言葉を男がかける。

それは決して彼がテスラを責めたいからではない。
自分の子孫であり、罪の無いはずの彼女が傷ついているのを知るからこそ、観測者という存在は一般人でしかないのに、これ以上過酷な道に案内するのかと問いかけたのだ。

ニコラ・テスラはアヴニールの言葉をしっかり胸の中で咀嚼した。
自分の隣で泣いて笑って呆れる姿も、彼女が死した姿も、自分を呼んだ姿も全てをハッキリと思い出しながら、目の前の魔法使いを見つめた。

「それでも私は彼女の人生が本当に終わるその時まで、私がまた座に戻るまではしっかりと見届けたい、 サーヴァントとしてではなく、ただ一人のニコラ・テスラという存在として、彼女を"観測"していたい」

そういうとかつてのオブセルのように弟子は優しく微笑んだ。

「人生が本当に終わるその時まで……か、君は彼女が天寿を全うする以外の道は認めないというようだね」
「今回のような死が正しいと私は認められない。死というものが抗えないものだと分かっていても、世界のために死ぬことは彼女の死の意味では無いと私は思っている」
「なるほど、でも彼女はまだ長い人生で君はもう死んでいる。長く共にいられるかも分からないし、ましてや彼女が君を覚えるかも分からないとしてもいいのか?君だって座に戻ってしまえば忘れるだろ」

今だけの愛じゃないのか。
"アヴニール"の言葉はナイフのように鋭いが、間違いなど一ミリもない。
聞いている周囲がその言葉に対してその通りでしかないと思った。
座に帰ればこの記憶は基本的には消えてしまう。時折一部の聖杯戦争にてマスターに強い絆を覚えたサーヴァントは薄らと霊基に記録されている事もあるが、必ずしも。ということはないだろう。
また、今回のセルチアのスタートの時のようにエクレールがテスラを忘れていたらどうするのか、ありとあらゆる可能性を目の前の魔法使いは告げる。

"観測者"が生まれたのは、人々の記憶から物語が消えていくからだった。
大魔道士オブセルが愛した国も、王も、家族も、誰も覚えていない。
抱きしめた温もりも、美味しかった食事も、笑いあった日も、子を抱いた感動も。それらをその感覚で覚え続けられるように"観測者"が出来たのだ。
特別な存在ではなく、ただの普通の人間でしかない。
エクレール・アヴニールをまた縛り付けるのかというようにテスラは見つめられると、夕暮れの聖サヴァ大聖堂の前で誓うように告げた。

「限られた時間でいい。彼女が私を忘れてもいい。私以外を愛そうと、私意外と幸せになろうと。それが"今"を生きる彼女の特権だ。人は歩む……未来へ進む。私はその道標を照らすために人類に光を届けたのだ」

───彼女を愛していても、その気持ちに嘘はない。

テスラがそう告げると十八時の鐘が聖サヴァ大聖堂から鳴った。
それと同時に羽休めをしていた鳩たちが飛び立つとアヴニールは優しく子供に向けるように微笑んだ。

「師匠が言ったように、君はいい男だな」

安心だ───といって彼は片手に持った聖杯に何かを告げると聖杯は形を変えていき、無だったそれは最初の集合体であった女性体のアヴニールが持っていた本のようなものに変わるが、背表紙は藍色の柔らかい印象を受けるものだった。

「さてとニコラ・テスラ、最後の花婿テストだ、この本に手を添えて君が思い描く相手を思い浮かべて、そしてページを止めてくれ、そうすれば君の願いは魔法使い─ぼく─が叶えてしんぜよう」

とはいえこれは能力を失った聖杯に力を貸した上で行うものだから本来の僕では行いないことだが。と付け足す彼に周囲は何が起きるかと見守るとテスラは「そのテスト受けよう」と応じた。

ブリッツ・アヴニールが自分の言葉を真似してくれと告げて閉じた本をテスラに向けて詠唱を始めると、二人の下から眩い光が溢れて包み込んだ、テスラは驚きつつも本が開きページが捲られていくのを眺めながら詠唱を続けた。
それは人々の平和や生活に当たり前の日常を祈るような願いにも聞こえるものであり、黄金色に輝いた本が捲られていく中でテスラは「エクレール・アヴニール」と書かれたページを見るとそれを抑えた。

──その日々は当たり前のようにあり、そして時に嵐のように消えてしまう。
──それでも人々は立ち上がり、明日に向かって歩いていくだろう。
──眩い陽に向けて、いま歩を進めよ、そして感じる全てを"観測"し、愛し、求め、光へ向かいたまえ。

「僕の愛するもの達へ」
「私の愛するもの達へ」

それを最後に本が光を止ませて本を閉じるとアヴニールは終えたというような顔をするがエクレールが現れた様子はなかった。
テスラは一体どういうことかと思う時、アヴニールの足が消えかかっていた。

「これで儀式……いや、聖杯戦争は終わりだ」
「待ってくれ!エクレールは?」
「慌てるなよ、女の子は身嗜みが大切なんだから、そうさな?時間を待ってればそのうち感じるんじゃないかな?君って彼女を縛り付けるしわかるだろ?」
「……ブリッツ、あなたに一言だけ言っておきたい」
「なんだい?」

私が生きてたら彼女を正式なパートナーとして迎えたかった。

それは周りに人がいるのも構い無しな堂々とした宣言だったが、ニコラ・テスラはいつだって周りに言われても彼女への恋心をハッキリとは告げなかったゆえに、周囲はどよめいたが、彼なりに親への挨拶代わりなのかもしれなかった。
しかし言われた本人であるブリッツは呆れたように笑って最後の言葉を告げた。

「エクレールは君の正式なパートナーだろ?指輪まで送ってるくせに、責任を持てよ」

……意気地無し。と言われたのを最後に完全に姿を消したアヴニール。
そして残っていたジャンヌもついに聖杯が完全に消えて、その場を後にしようとしていた。

「この度は本当にすみま「謝るな聖女」……はい」
「君は間違ってない、そうだろう?少年」
「うん、ジャンヌはずっと人を守ろうとしてた、何も間違いじゃない」

テスラが最後まで加害者のような顔をするジャンヌに一喝をいれて、また是非力を貸してと藤丸が告げるとジャンヌは泣きながら笑って「はい!」と答えて帰っていくのだった。

テスラはまだ戻った様子のないエクレールにもの寂しげにしていると、車の音が聞こえて振り向くとそこにはボロボロの車に乗ったグスタフとライニールがいた。
ライニールはパーシヴァルとの別れのせいか目元を赤くしており、グスタフは呆れていたものの、彼らはカルデア一行がまだ残っているのを見るとまだ一晩は居られるのなら、街の復興の手伝いをしてくれと告げた。

もちろん、礼はすると笑ったライニールは既に残った市民たちにはカルデアのことを話しており。此度の活躍を見ていたセルチアにいる人々は彼らに恩返しもしたいと強い申し出をしてくれているため、カルデアとの通信も安定していることもあり、許可を貰って街の復興に力添えをした。

そうして作業をしている中、テスラはふと自分に強い糸が張られたのを感じては顔色を変えた。

「博士───」
「すまない少年、少しだけいいだろうか?」
「少しじゃなくて今晩……いや、明日でいいですよ。みんな作業も終わって明日ゆっくりしてから帰る予定ですし」
「……最後まで助かる」

エクレールさん連れて帰ってきてくださいね。という藤丸の言葉にテスラは当然だと笑って石畳の街を歩いた。
夜はすっかりと暗くなり、眩い月明かりがセルチアの夜を照らすのだった。

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