二十四話
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テスラは一人でセルチアの石畳を歩きながら、月明かりのヴェールのような光を浴びた。
復興とはいうが街の損傷はロンギヌスが去る前に己の最後の魔力を使い元に戻した。主な手助けはライニールとグスタフで調べあげたペトロヴィッチの被害者たちの保護であり、カルデアの医療班総出となるじたいとなった。
テスラやエジソンもほんの数時間前にペトロヴィッチの手で魔力を吸い上げられ瀕死となっていた修道院の被害者たちの為の装置などを発明量産の上、機能の少なかったベオグラードの各病院で溢れんばかりに怪我人の治療も含めて始まっていた。
セルチアは最後の国となっていた。
地球は元に戻っても、人は元には戻らない。
セルチア政府は逃げられた各国政府や移民保護をしているが、世界人口としては本来の数パーセントほどだった。地下シェルターなどもあり、そこに隠れていたもの達はいても、地球は以前よりもずっと生物が減ってしまい、きっとまた一からやり直さねばならなかったが、人は強い生き物だった。
テスラは夜道を歩く中でも喜び抱きしめ合う人、喜びに歌を歌っている人、酒を片手に泣いて笑っている人、たくさんの人々が見受けられた。
また本来聖なる聖杯の作成で無くなったはずの教皇についてはペトロヴィッチの策略により彼女のメイン魔力として吸い上げられていたものの、そちらも保護され、今は大きな病院での療養となっていた。
セルチアにいた人だけではなく。
この地に逃げてきた人々は人種や肌の色を問わずに隣人を助け合っていた。
それを見るとき、テスラは人の温もりと強さを感じていた。
そしてテスラはそれを考えながら強くなっていく糸を思いながら、石畳の橋を渡った。すっかりと夜になったその場所で梟が静かに夜を告げるように鳴いている。
テスラは辿り着いた。
夜の姿となりライトアッブされたセルビア要塞の上で彼女はカメラを手にしながら白い鳩を撮っていた。
動きやすそうなジーンズに白いシンプルなノースリーブのトップスで首にはスカーフが巻いていた。少し古びた懐かしい一眼レフを片手に撮っていた彼女に足音を立てて現れた男はその背中を見つめると、ラピスラズリのブレスレットをつけた彼女は振り返って笑った。
「案外すぐ見つけてくれましたね」
「当然だ、君は私の助手なのだから」
エクレール・アヴニールはニコラ・テスラの前に立っていた。
普段と変わらないどころか、ラフな旅行者のような格好をした彼女は普段のカルデアの制服とは全く違う姿であり、髪はいつもの様に結われている。カジュアルな格好だがセンスは悪くないと思うのも彼女が自室に置いているファッション雑誌を感じられた。
一般人らしくミーハーでオシャレに敏感な彼女のことだ、旅先の雰囲気に合わせた格好ということなのだろうと明るい色のタイトなジーンズに、珍しい低いヒールよパンプスを見たテスラは少しだけ眉間に皺を寄せた。
「そんな場所にそのような非効率な格好で来ると足を痛めるではないか」
「でも雰囲気は合わせたいじゃないですか」
「後で靴擦れをして買い直すのが目に見えるぞ」
「そうしたら博士が心配してくれるんでしょ?」
テスラは彼女の減らず口。と思った。いつからか彼女もよく言い返すようになったものだが、それは案外嫌な気分ではなかった。ニコラ・テスラという男に対して彼女は時折かわいい暴言さえ投げかけてくるもので、その距離が子供同士のじゃれ付きのようであり。家族のような距離感であり。パートナーだからこそのものだと感じられる。
テスラは彼女の隣ではなく、彼女が撮影していた鳩の傍によって、要塞の塀に背を持たれさせて彼女を見つめると、彼女はカメラを構えて白い鳩とテスラの写真を撮ると満足そうに眺めていた。
「体調は大丈夫なのか」
「えぇ何も無かったみたいに、しばらくちょっと休んだ後、テスカトリポカさんのところにお邪魔してたんです」
そしたら観測者の人達が迎えに来たよ。っていうから……と彼女がいうことにテスラは自分の苦労や心配など知らないかと思いつつも安堵した。そんなことは知らなくても良かった。
彼女は苦しみと悲しみの果てにその命を一度終わらせたのだから。
そして彼女の態度や話す素振りから記憶はそのまま残っているのかと感じている頃、彼女がもう一度夜の中のテスラを写真に撮った。
「覚えてますし、みてましたよ、博士がどれくらいこの地で私を探してくれてたか」
「記憶をなくしていた際も覚えていたと?」
「オブセルさんが見たらいいって見せてくれました」
「あの大魔道士はいつもお節介ばかりだな」
エクレールの言葉に思わず思い浮かべたのは静かな部屋でロッキングチェアに腰掛けた陽気な観測者の一人だった。代表者であり、観測者たちを時に守り、時に苦しめてしまう存在であり。彼女たちにとっては祖の父、まるでアダムのような存在とも言えるだろう。
初めてテスラが対面した際にはまだエクレールとの関係も今以上にハッキリしていなかったが、テスラの本心を見透かしてはエクレールの好みを告げてきたような男だ。毎度人の事になると首を突っ込んで来たがる男だと思いつつもテスラは呆れながら自分がこのセルチアでどれほどエクレールを探し、求め、足掻き、藻掻いていたのかをみられたのか、具体的にどこまで知られたのかと落ち着きなく考えていると、塀に持たれたテスラの隣に並んだエクレールがカメラを操作した。
そこに写っているのは風景の写真、人の写真、動物の写真など様々なものであり。一般的な観光客が撮る写真とはまた違うものであり。そしてなによりもエクレール・アヴニールらしい写真たちばかりで、テスラはかつて見せてもらった時と同じように感心してみてしまう。
「相変わらずの腕だ」
「博士ってあんまり褒めないのに写真のことは褒めますよね」
「普段から褒めてるつもりだ」
「助手としては散々だっていうじゃないですか」
「では子供でも解ける簡単な問題を一つ、74 ÷ 2 × 3 + 18 - 45は?」
……
………
…………
「はちじゅう……よん」
「一分四十三秒経過、仕事ならクビだ」
「早い方じゃないですか!」
私文系なんですよ!と叫ぶ彼女に「ではユゴーの処女作は?」と聞けば彼女は目を泳がせて「え…レ・ミゼラブル以外知らない」というものだからテスラは呆れたようにため息を零した。
そんなものなのだ、彼女の知識は。
到底、天才ニコラ・テスラの隣に並ぶような逸材でもない。
テスラの問題にうーんと未だに悩んだ顔をしてブツブツと文句を言う彼女をみつめるテスラは微笑ましく感じられた。愛おしいと思う気持ちなのだと自分でも理解している。
優れた能力がある訳でも、秀でた才能がある訳でもない。けれどもテスラの隣でどれ程のことをされてもいつも変わらない顔をする彼女をみているだけで、テスラの胸は和らいだ。それは自分が愛した鳩を愛でるときのような心地良さであり、強い風が吹くと彼女が髪を抑えた。
特別な美人でもない、スタイルがいいわけでも、性格が聖人なわけでもない、本当に普通の女性であるのに、テスラにとっては何よりも自分の隣にあって欲しいと思う未来(アヴニール)だ。
「スカーフが乱れているぞ」
「あっすみません……博士?」
風に揺らされたスカーフを直してやるテスラだが、その手を止めて彼女の胸元を見つめた。聖槍に貫かれて血がとめどなく溢れたことや、ブランクによって電気を流されたり魔力を吸い上げられていた姿。痛々しい彼女の姿を思い出してはテスラは少しだけ自分の迷いを考えてしまう。
本当に彼女を引き戻してよかったのかと。
守ると誓ってもこの契約には期限がある。
いつかカルデアが終われば来る別れに対して、自分は彼女に辛い呪いをかけたのではないかと改めて感じる。
後悔というわけではないが、自分の発明で世界を壊す可能性を感じたように、自分の行いが彼女を滅ぼす呪いになるのではないかと考えては、彼女の心臓を眺めていると、細い手がテスラの手に重なった。
「私はここにいますよテスラ博士」
「わかってる」
「ちゃんと記憶もあるし、博士の助手だって自認してあげます」
「自認じゃない公認だ。君は私の助手だ、唯一の」
「博士も私の博士ですよ、私が隣にいたいと思うパートナーです」
ハッキリとそう告げられたテスラは少しだけ驚いてしまう。
互いに博士と助手と呼ぶのはほんの少しの気恥しさを隠れやぶにするには丁度いいからだったが、面と向かって特別だということは互いにあまりなかった。言葉にしなければ信じられないというエクレールのことは理解していても、滅多なことがないといえないテスラと、その言葉に対しての返事以外は自分では伝えてくれないエクレール。
不器用なところも互いによく似ていると感じつつも知らないふりをしていたのに、彼女は柔らかく笑うと自分のスカーフを直すために背中を丸くしたテスラに背伸びをした。
「……もう少し屈んで」
それでも唇に届かないというように恥ずかしそうな顔をして告げた彼女にテスラはスカーフから手を離すと片手で彼女の腰を抱きあげると、彼女の足が宙に浮かんでしまうが、テスラは彼女の唇に自分の唇を重ねた。
僅かに驚いた彼女だったが、テスラの情熱的なネオンブルーのような青い透き通る瞳と髪を眺めて、彼の肩に手を添えると二度目のキスを自ら行った。
「君を失いたくない」
懇願するような声だった。
エクレールは死したあとアヴニールの部屋で初代観測者オブセルに守られてそこにいた。
記憶が欠如していたところも見てもいいと言われて見せられた時、どれほど彼が自分を思い、必死に駆け回っていたのかを感じた時、死ぬよりもずっと胸が痛いと感じた。
カルデアにいる以上、サーヴァントとして活動するテスラが傷ついて帰ってくることを彼女は平気な顔をして見られなかった。カルデアのシステムとして問題ないと言われても、人と同じ見た目をした彼らが、特に自分が特別に感じる目の前の彼が傷付くことは、テスラがエクレールを思うのと同じほどに痛く感じるのだ。
「ニューヨークも、ブランクの館も、君を救えると分かっていたから恐怖などはなかった。だがあの大聖堂で君を失った時、私は生きている時にも感じたことの無い悲しみを抱いた」
それは家族や恋人を失うなどではなく、半身を失ったような痛みだった。
取り戻せない自分の半身にどうしていいのかも分からずに、立つことさえできずに呆然としてしまった。
生まれてこの方そんなことを経験したのは初めてに等しいのだというテスラの表情は嘘偽りなどはなく。心から最愛のパートナーを失った痛みを語るもので。エクレールはその痛みに共感しながら彼の腕の中に抱き締められた。
「君が私を覚えていないことよりも、君が私以外を愛することよりも、そんなことよりもずっと、この世界からあんな形でいなくなるということが私には受け入れられない事実だ」
だからどうかもう二度といなくならないでくれ。
痛切に告げるテスラの温もりを感じながら、彼女は左手に残されたブレスレットと指輪を見て苦笑いをした。
「いなくならないですよ。あの様子じゃ博士が私を探して世界を破壊する側になるかもしれないし」
「そんなことは……ならん……と思う」
「と思うなんだ。それに約束したでしょ?」
──最後の日には二人で旅行に行こう。
その言葉を思い出したテスラは目を丸くしたあと思い出しては嬉しそうに笑っては「そうだったな」と告げて彼女を包み込むように抱きしめると、彼女の左手から淡い光と、テスラが感じた糸がさらに強くなったように感じられ、互いに見るとそこには無くなったはずの二人を繋ぐ令呪と魔力パスが戻っていた。
エクレールが嬉しそうに笑顔を浮かべると、テスラはそれよりも先にさらに強く抱き締めて告げた。
「やはり君は私の未来(アヴニール)だ!!」
夜のセルチアの空に向かってテスラが吠えるように告げるとその声を聞いてそばに居た白鳩はついに飛び立った。二人の再会を祝うように、もうこの地で見守ることはないとして。
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