【最終話】


「あっという間でしたね」

カルデア──ニコラ・テスラの工房にて、そう呟いた彼女にテスラはいつものように自身の発明に没頭していた手を止めることはなく「なにがだ」と返事をすると、彼女は僅かに眉間に皺を寄せつつジットリとした重たい目をしてテスラに向けて近くのライオンの顔をしたクッションを投げてみると、広い背中にポスッと音を立てて床に落ちてしまう。

「セルチアの件ですよ!また色々やらかしてくれたせいで私の仕事がすごい量なんですよ!!」
「ッ………仕方ないだろう、レイシフトには問題が付き物だ」
「だからって……うぅ〜〜ッ!」

かの少年も報告書については頭を悩ませているが、この記録係もまた報告書には常に悩まされている様子であり。記憶がなかった時期から自分が死亡した際、そして死亡中から呼び戻されるまでを報告書に書いてくれと頼まれたゆえに彼女は戻ってきてからようやく落ち着いた一週間後の今、テスラの工房でストレスを溜め込んでいたがテスラは同情のしようも無かった。

何せ彼女の報告書とは別でサーヴァントたちの記録についても新たに更新することとなっているからだ。本来記録係はいるが、エクレールやその他数名は"サーヴァント"の記録係でもあるため、通常の記録係や藤丸立香の報告書とは別でサーヴァントが何をしたか、どのような結び付きがあるかなどについても書くのが彼女の仕事であり。
今回は総力戦かのように最後には何十人も呼ぶこととなったが故にエクレールの仕事は普段よりもさらに増えている状態でもあり、書いても終わらない報告書について、眉間に皺を寄せて砂糖をたっぷり入れたコーヒーを飲みながら頬をふくらませていたものの、テスラは作業の手を一度休めつつ彼女を見つめた。

「そういえば死亡時に初代観測者のところにいたとか」
「ええオブセルさんのところにいましたよ、相変わらずな様子でしたよ」
「以前ニューヨークの際にも記憶の奥で会ってたと言っていたな」
「はい、でも今回は迎えに来てくれたんですよね」

迎えに……?とテスラが小首を傾げるとエクレールは死亡当初は見覚えのない洞窟か暗い山のような場所にいたと思えばエレシュキガルが現れて追い出されたという。その後仕方なく歩いていると霧に包まれてテスカトリポカと顔を合わせてしまい、彼に戦士としてよくやってると言われキャンプファイヤーで休んでいたところにオブセルが来たあと、彼の家に招かれたのだという。

「『このまま博士も来ないようなら二人で閻魔亭に三百年くらい泊まりに行くかい?』なんていうから、確かにそれもいいかも〜って思ってた時にお呼び出しされたんですよ」
「我が助手よ、今の話は報告書に書いた方がいい、いや書いておけ」

ここに来てからまともな休暇なんて無かったし、あっても毎回何かしら問題が起きて台無しだから……と唇を尖らせて呟く彼女が死後の世界でのんびりとしていた事に複雑だとテスラは思いつつ身体ごと向き直ると、エクレールはすっかりと椅子に背を預けて座っていた。
──とはいえ、その椅子もテスラの工房内にいつの間にか置かれるようになったもので、彼女専用のデスクチェアはテスラ自らが監修作成したハイスペックデスクチェアである。

一見シンプルな近未来的デザインの浮遊型デスクチェアに思われるが、左側の肘置きについた操作パネルでは椅子の高さや背もたれ等の調整はもちろん、電磁波による低周波マッサージから映画鑑賞まで可能なハイクラスのマッサージチェアと言われており。
現カルデアの所長やスタッフ一同から欲しいと言われるほどの優れものであるがテスラは「我が助手専用だ」と頑なとした言葉で個人的に報酬を提示されても拒絶する程だった。

「もうちょっとゆっくりしたかったなぁ」

あっ!クッション返してください。とエクレールは思い出したように言うため、テスラは仕方なく自分に投げつけられたクッションを手に取ると間抜けな、どこかの誰かに似たライオンの顔をしたクッションをみつめては「趣味が悪い」とつぶやくと彼女はかわいいじゃないですか。と返事を返すがこの問答はおおよそ三十九回は行っているため控えることにして。
クッションを彼女の元へ返してやると、彼はデスクに軽く腰掛けてエクレールを見下ろした。

彼女は死など嘘のような姿のまま仕事をしており。
今日も左手にはラピスラズリのブレスレットとテスラとの繋がりを知らせるような稲妻のような形をした令呪がある。
ラピスラズリの指輪に関して、彼女は気恥しさもあるためか普段はあまりつけないことが多いものの、大切に自室で保管していることをテスラも知っており。定期的にメンテナンスとして見てやることも多いが、大切にされているのはよく分かっていた。

彼女がカルデアに帰還後も詳しい検査の末に数日は療養をと念を押され、ようやく元に戻ったかと思ったが、テスラの工房の隣を自室にされている彼女は毎日テスラと顔を合わせており、食事やその他の時間でもいつものように癖付いて彼の工房内で当たり前に過ごしている様子で、他の人たちも彼女のことを大袈裟にはしなかった。

それでも聖杯をその身に宿し、ブランクという男に狙われ、シスター・ペトロヴィッチの陰謀から殺され、そして最後にはテスラの選択で蘇った。
その事についてテスラも少しだけ思うことがあり、休みたかったという彼女をみつめると、彼は静かに問いかけた。

工房内ではテスラコイルの稼働する音や、その他にもカルデアへの電力供給のためのシステムや、彼の発明品が音や火花を小さく立てている。空気清浄機の稼働音や、オゾンの香りがしており。普段とは何も変わらないものだった。

「君はもっと休んでいたかったか?」

その問いかけに彼女がテスラを見ると、彼は普段の尊大な態度ではなく、どこか思い詰めたような顔をしていた。
エクレールは普通の人間だ、何も優秀なところはない。
学生時代の通知簿はいつも中くらい、基本的にABCであれば常にBの人間で、魔術師としてならC以下、一般人のようなもので特別な存在ではない。
ニコラ・テスラに気に入られて彼の助手にされたとしても、科学などてんで分からない彼女は彼がしていることについて何も出来るわけはなく。どうして自分なのか未だにわからない。

それでも普通の人間として、そしてアヴニールという観測者として、人を見ることには長けていたのかもしれない。
いま目の前の彼が本当は不安でたまらないことは理解できた。
セルチアで再会した日の夜、二人はカルデアのみんなが休む教会とは別の宿に泊まり時間を過ごした。二人は恋人とは言わないがほとんどその関係に近いものだと自他共に認めていた。

ニューヨークで生きるために必要だからと体を重ねた時、互いの人生を見てしまった時に溢れたもの以上に、セルチアでの再会の夜はとても愛おしく、悲しく、恋しく、感情が抑えきれないものであった。

『……博士?』
『しばらくこのままでいさせてくれ』

部屋にたどり着いた時、強く抱きしめられたエクレールはテスラがどれほど自分を思ってくれているのかを感じた。死後の世界でオブセルの部屋で見ていたテスラの姿以上に感じる本物の感情はとても熱いものだった。

だから彼女は目の前の青い瞳の意味を知っている。
椅子にゆったりと座っていた彼女は少しだけ背中を伸ばして座り直すと、自分の左斜め前でデスクに軽く腰を据えてるテスラのコートの裾を掴んだ。

「そりゃあ休みたいですよ」

カルデアは仕事が忙しいし、常にトラブルばかり。
危険なことは沢山ある上、問題のサーヴァントも多いし、最近はビーストでさえ来るようになって信じられないのに、そんな人達の記録係として担当しなきゃならないのは命がいくつあっても足りないように感じる。

「それに私には困った人がいるでしょ?トラブルは起こすし、エジソンさんとすぐ喧嘩するし、発明だ!ってなったらそっちにいくし、勝手に人の魔術回路弄ってありえない方法でマスター契約しちゃうし」

それにそれに…と彼女が指折り数えるようにいうのを聞くだけでテスラは少しだけ耳が痛くて苦笑いをするが、それが決して彼女が嫌だから言っているわけではないと知っている。
彼女の本心はテスラはよく知っており。その言葉が彼をむず痒く、くすぐってくるのをよく知っていた。
なんとも言えない気持ちでいると、彼女はテスラの目を見つめて小さないたずらをする子供みたいに無邪気な顔をして小さく微笑んだ。

「でもね、休むなら博士とがいいって思うな。博士の隣で沢山働くから休みが欲しいなって思うのに、オブセルさんと三百年も休んだりしたらきっと暇を持て余しちゃいます」
「……だが閻魔亭はいい湯だ」
「博士がいる間は博士の助手って言ったのは博士じゃないですか」

そういって左手のブレスレットをわざと見せつける彼女にテスラは初めて渡した際に、そのブレスレットはテスラの魔力を感知しないと外せない仕様にしており。その理由は彼女が自分の助手だからという理由だった。
つまりテスラは彼女を物理的にそれで縛っているのだ。
改めてそれを言われてしまうと少しだけ気恥ずかしく、首の裏が僅かに熱くなる気がして、視線を逸らしてみるとエクレールはクスッと笑った。

「博士が私の博士─サーヴァント─でいてくれるなら、その間は助手としての勤めは果たしたいです」
「私のわがままに付き合うと?」
「自覚あったんです?でも今更でしょ?そう思うなら博士が労わってくださいよ」

休みとか、旅行とか、コーヒーを淹れるとか、色々あるでしょ?と椅子に座った彼女に上目遣いに言われてるとテスラは少しだけ言葉に詰まってしまう。
彼は自分のエゴで彼女を蘇らせたと理解していた。
あの死は運命ではないと彼は言ったが、人の死に運命などはないもので、ある日突然雷に打たれて死ぬことだってあるのに、あの死を彼は受け入れなかった。偶然生き返らせることができるということを知って行ったが、もしあれが神の示した運命であれば。テスラは彼女のその運命をねじ曲げたこととなり、神話の物語であれば罰を受けてもおかしくないはずのことだろう。

けれどエクレールはそれを全て受け入れて、テスラの行いを許す以上に、もっと彼の隣にいると宣言するのだ。

欲しいと思って全てを手に入れられるわけではないことを彼はよく理解している。
それこそ生前の彼が手に入れられたものはほんの僅かでしかない。
その中で彼女は面と向かって答えてくれることに彼はなんと答えていいのか、こういう時に限って上手く声が出なかったが、エクレールは椅子から立ち上がってテスラを見上げた。

一九〇センチはあるテスラからすると女性は大抵小さいが、エクレールも当然例外ではなく、胸元あたりの彼女が彼をにっこりと見つめるものだからテスラは困惑する間に背伸びをされる。

「何度いえば分かってくれるんですか、物理的な距離があるんですよ私たち」

三十センチ以上の……。といわれるとテスラは「わかってる」と照れ隠しにぶっきらぼうに答えつつ、唇を重ねたとき、彼女の胸元に手を添えたかと思えば、唇が短く離れると同時に彼の手も離れて。
エクレールは何事かと胸元を見るとブローチがひとつ飾られていた。

それはシルバーの円形の月桂樹の中に留まったような白鳩がブルーサファイアを包んでいるようなデザインのブローチだった。

「セルチアで見かけた際に君に贈ろうと思った」
「買ったんですか?」
「いや資金がなかったのでその店の店主と私の発明品を交換させてもらった」
「ブローチと?!」

あのニコラ・テスラの新たな発明品をこのブローチと?とエクレールが驚くのも無理はない。この天才が作ったものであれば特許レベルであり、下手すれば世界規模のものかもしれないというのに。と驚くがテスラは適当な材料で作ったようなものだというがそんなことじゃない。と思いつつもブローチを眺める。

「相変わらず真珠とか丸いのじゃないんですね」
「あれらは私の好みに合わん、好きなのか?」
「嫌いじゃありませんよ、綺麗なものならなんでも好き、博士ってセンスいいですよね」

これもすごく綺麗。と胸元に飾られたブローチをもう一度見つめる彼女にテスラはどこか満足気に誇らしく見つめたあと、俯く彼女の頬に手を添えて背を丸くすると唇を重ねた。
両手でしっかりと掴んで、離さないように唇を合わせて目を開くと、エクレールも反応するように目を見て、テスラの背中に手を回したあと、唇が離れると同時に彼の胸に顔を埋めた。

「ブローチも嬉しいですけど、やっぱり休みが欲しいです。二人で……今度こそちゃんと過ごしたいです」

セルチアの海も綺麗なのに見れなかったし。という彼女にテスラは胸が熱くなるのを感じながら抱きしめて言葉を返そうとする時、工房のドアが開くと、そこには少年・藤丸立香とマシュ、そして背後には天才ダ・ヴィンチ女史と今日も相変わらずな(テスラいわく)凡骨エジソンがおり。
彼らは二人をみると途端に口元に手を添えて、照れたようなニヤけたような顔をするため、テスラはエクレールを腕に強く抱いては彼らに向けて声を上げた。

「シミュレーターでもなんでもいいから私と彼女に一週間ほど休暇をくれ!!そこで私たちはしばらく互いの電流と電圧を再チェックしてくる!!」

そういって声をあげるとダ・ヴィンチは「うーん、検討はするけど難しいかも?」と答え、エジソンは「お前たちはもう少し電圧ロスしたほうが良いのではないか?」と笑い、若い少年少女たちは二人を見ては微笑ましそうに笑った。
エクレールはテスラの声を聞きながら、その姿を他人に見られていることに顔をあげることもできずにテスラの背中に回した腕に力を入れながら「……バカ博士」と言いつつも本心は告げなかった。

───それは互いに繋がるものでずっと理解していたから。
───その先も二人の未来は続いて往く。
───まるで捲っても終わらない本のように。

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