第五話


人理保障機関カルデアに所属するエクレール・アヴニールはニコラ・テスラの助手という肩書きを持つが、本来の彼女の役割は"記録係"である。
記録係は特異点やカルデア自体を記録するものがいるが、彼女の役割は主にサーヴァントの記録であった。人理のために協力する英霊達が何をしたかどんな存在なのかということを記録する役割であり、それは普通のスタッフにはできない事であり、本来はその役割は存在しなかった。
エクレールは事務員として当初カルデアにやって来ては仕事をしていた、魔術師達ばかりのその場所で一般職員のごとく働く彼女は何せ家柄は古いが何をしたという記録が無く、時計塔や優秀な魔術師たちは彼女の家系について「記録係」や「書庫番」と呼んだのは、彼女の家系アヴニールは常に記録をする家系だったからだ、しかしそれも重要視されないのは彼女の家があまりにも普通すぎるからだ。

魔術師としての知識は多少あるが、彼女はカルデアにおいては藤丸立香の次に一般人なのである。

魔術師としては凡庸以下、知識はあれど魔術回路もほとんどないに等しい、複雑な魔術の話については藤丸立香同様に砕いて話して理解する程度、怠惰な訳では無いがあまりにも普通の人間であるのは事実。それ故に当初カルデアで彼女に任せられる仕事というのも限られて、事務員としての仕事だけでは暇を持て余していた彼女にみんなは仕事だといって頼み事をした。主にサーヴァントに対する伝言や郵便係という役割だった。
無理もない、スタッフ一同、サーヴァントには極力接したくないというのが薄らとあるのだ。もちろん憧れや敬愛などはあるがそれも相手による。全員が全員接しやすいかと言われればそんなことも当然ないが、頼み事を全てマスター藤丸立香に頼むことも出来ず、彼が不在時にはスタッフが当然対応せざる得ず、どうするかとなった時に白羽の矢が刺さったのがエクレールだった。

当然彼女も断ったがじゃんけんで決めようという公平性を主張するスタッフたちは全力で挑んだ、そしてエクレールは負けた、一度や二度ではなく毎回だった。結果として手が空いていることが多く雑務が多い、そして必ずじゃんけんに負けるエクレールはそのうち諦めて「エクレール、ちょっとこの荷物を術のギルガメッシュ王に届けて」といわれれば素直に従うようになった。

そうして比較的スタッフの中でも顔を合わせるようになった彼女と会話するサーヴァントは増え、その結果ダ・ヴィンチからサーヴァントの記録係を提案されたのだ。
仕事内容は召喚された英霊たちの詳細なステータス管理や日々の行動記録、そして時には彼らの個人的な四方山話を「記録」という名目で聞き取ることにある。それはある意味、英霊たちの気分転換の一種でもあり、奇策な友人や隣人のような扱いであり、特段重要視される仕事では無いが記録については重視されているカルデアにおいて、もしサーヴァントのことを記録出来るのならば有難いことはないとしてその役割に就くこととなったのだった。

しかしながらそれを今からながら少々気に入らない男が一人、それは何を言おう、もちろんカルデアの雷電博士ことニコラ・テスラであった。
ある日から彼女を自分の"助手"と呼び、仕事をする際には自分の工房でと強制させ、カルデアのみならずこの世にあるならば魔術師が喉から手が出るほど欲してしまうような簡易召喚や魔力保存の出来るブレスレットを外せぬように装着させ、兎に角ニコラ・テスラは彼女への執着があると断言出来るほどに人類を愛する男でありながら、一人の女への愛という名の高出力の光を与え続けていた。

「そこでだエクレールくん、あんなピチピチスーツの交流しか頭のない男の元ではなく我がもとに来てくれないだろうか」
「うーん……でもテスラ博士がなんというか」
「あんな男の意見など聞かずとも言いさ、私から事後報告をしておこう、もちろんかんたんにとは言わない、君が来てくれた暁には今のような環境とは違い週休完全三日制、おやつとお昼寝付きも提案させてもらおう!」
「そ……それは悩みますね、うーんじゃあ」

地下の図書館にて熱心にエジソンからのスカウトを受けていたちょうどその時、雷霆が訪れるや否や、彼女の肩が抱き寄せられては大きな声が雷の如く轟いた。

「貴様ァ!この凡骨獅子め、生前から私の邪魔をするには留まらず我が助手まで奪い去ろうというその姿、許し難いことだぞ!」
「なにおう!貴様こそエクレールくんを強制的に助手にして雇っているではないか!独占禁止法違反だぞ、恥を知るのは貴様だこのすっとんきょうがー!!」

まるで子供の喧嘩のごとく毎度彼らが喧嘩してしまう姿を呆れたように眺めつつ、初めの方こそ彼女も仲裁を務めていたが近頃では慣れすぎてしまったこともあり、静かに二人の暑苦しい電流戦争から抜け出しては図書館の隅に座って手に持っている自分のタブレットを開いては「トーマス・エジソンとニコラ・テスラ、第三一三回電流戦争開幕」とだけ記載をして欠伸をしつつ、タブレットに文字を走らせていれば隣の椅子が引かれて誰かが腰掛けた。

「おや記録係殿、今日も雷霆博士とご一緒の上執筆活動ですかな?いやはや貴方の作品はいつ読んでも数多の作品があり面白いものですから」
「シェイクスピア先生、別に執筆なんて大層なものじゃないですよ、先生こそ締切に追われて大変では?」
「いやぁ痛いところを疲れますな!全くカルデアでは常におわれるばかり、まぁ私だけではありませんがね」

気さくに話をしてきたシェイクスピアに彼女は苦い顔をしつつタブレットに打つ文字を止めることはない、記録係とはいえど大したものを書く訳では無いが、図書館に来ると雰囲気も相まって筆が進むため、よく仕事をこなしていたものの作家陣には時折声をかけられることがあり、エクレールはテスラたちから開放されたかと思えば直ぐにシェイクスピアに絡まれ、そこから作家やら資料を取りに来た画家やらに挟まれ始めており、テスラがエジソンと互いの襟首を掴みながらいがみ合うのを止めたのはちょうどやってきたマスターの藤丸立香とマシュだった。

呆れたような少年少女に二人は大人らしく互いを掴み合うのはやめて咳払いを一つと身だしなみを整えながら、そういえば彼女はと視線を向ける頃には既にエクレールは英霊たちに囲まれては雑談をしていた。
雑談──とはいうがサーヴァントの記録係である彼女にとっては仕事の一つであり、彼ら彼女らの話を聞いては楽しそうに相槌を打ったり、メモをとったりとしており、マスターの藤丸立香は「あれエクレールさん」と嬉しそうに声を上げた。

「博士の助手になったって聞きましたけど、相変わらず記録係の仕事が忙しそうですね」
「そうなのだよマスター、彼女は私の助手でありながらあの調子だ、君からもどうにかいってくれないだろうか、それでなくてもこの凡骨ライオンの如くスカウトをしようとする輩までいるのだ」
「どうにかする…っていってもエクレールさんってみんなと仲良しだから難しいですよ、この間も円卓のみんなとかアルゴノーツのみんなに囲まれたりとかしてましたし、ねぇマシュ?」
「はい、エクレールさんはなんていうかとっても話しやすいですし、なんていうかついつい話し始めると色々聞いてもらいたくなっちゃいます」

それに関してニコラ・テスラは難しい顔をしてしまうのは理解出来なくないからだ。初めこそ彼女を認識していなかったものの、彼女を隣に置くようになり理解したことはまず彼女が人当たりがいいということだ。
サーヴァント相手に怯えたりすることもあるが、仕事となれば必ずこなしてくれる、距離感を誤ることがなく、話をすればちゃんと全てを聞いてくれる、その上内容についてもしっかりと受け止めようと努力し次回までには勉強してはその結果を伝え来る、つまりは話し相手にとって心地よい相手であるのだ。

実際テスラが気にいる点もそこであり、彼が難しい話をする時、理解は出来ていないものの必死に努力をする姿を真横で見ていた。彼の工房の彼女のデスクの上には何冊も本が置かれてあり、その傍にはノートとペンも置かれてしっかりとメモを撮ったり分からないことがあればテスラに素直に問いかける、それは優秀な弟子のようにも感じられ、カルデアにいる時計塔の講師でもあるエルメロイ二世も彼女の評価は人として悪くはなかった(もちろん魔術師としての腕は除く)

しかしながら、ニコラ・テスラにとって彼女は不思議な存在だとも思えた。人理保障機関カルデア──ここには一般人などは例外ではないと入れない。魔術師としての知識も家柄もそれなりにはある者ではなければならないが彼女は時計塔出身でもない上に家柄も不明瞭な点が多い。
あまりにも凡庸な彼女が何故ここにいるのか、そして何故あのように人を惹き付けられるのかとテスラはまた別の日に神霊たちと話をする彼女に疑問を抱きつつ、珍しく呼び出しを受けてはダ・ヴィンチの工房に足を運んではカルデアの電力供給についての話をしていた時、彼女の話を持ち出された、それは助手としての彼女はどうなのかという問いかけだが、彼は在り来りな返事をする中、カルデアをよく知るダ・ヴィンチに対して「そういえば彼女はなぜここにいるんだ」と純粋なる疑問を問いかけた。

麗しい少女の姿をした英霊ダ・ヴィンチはそれこそカルデアの古参サーヴァントの一人であり、このカルデアの叡智の結晶でもあり、現代魔術師のことやスタッフのこともよく知っていたはずだが、そのダ・ヴィンチでさえ少しだけ難しい顔をしながら「うーん、特殊な家柄だってのは知ってるけど、謎が多い家系だよね」と零したことに意外性を感じる頃、工房のドアが開きめずらしくエルメロイ二世と共にやってきたのはエクレール本人であり、彼女はダ・ヴィンチに届け物だといつものようにいって荷物を置いた。
エルメロイ二世はただ彼女の付き添いで雑談ついでに魔術講義をしてやっていたようであり、暇を持て余しているのは明白である頃、テスラの疑問についてダ・ヴィンチがエクレールに問いかけた。

興味を抱いたのはテスラ、ダ・ヴィンチのみならず、現代魔術師であり時計塔講師でロードの名を冠するエルメロイ二世でさえも「そういえば私もアヴニール家については詳しく知らんな」というものだから彼女は難しい顔をして招かれるがままテスラの隣に腰掛けた。

「いやなに、君の博士が気になるって言うからそういえば私も知らないなと思ってね、どうやらエルメロイ二世も知らないようだし、君の家は一体どういう家系なのかなって」
「私の家ですか?そんな大したものじゃありませんよ」
「だが君やアヴニール家は長い歴史を持っているし、かつては聖杯戦争にも参加したりイレギュラーな召喚にも立ち会ったことがあると話は聞いているがどういうことなんだ」
「ダ・ヴィンチくんもエルメロイ二世も知らないとなれば興味深いな、ぜひ君のパートナーとして教えてくれたまえ」

嫌に期待されたような視線と声にエクレールはすっかり困り果てていた、如何せん彼女自体もあまり詳しくは無い上に、あまり現実味のない話も多いのだ。そもそよ彼女の家系も魔術師と呼ぶにはあまりもお粗末な家系で、特別な魔力や魔術に刻印なども持ち得ない存在である。

「そもそも我が家は"観測者"の家系ですから、魔術関連はさっぱりなんですよね」

アヴニール家はいつどこから生まれたのかも分からない魔術家系だった。
しかしどんな時もその家の人間はあらゆる事象を"観測"していた。
時にそれは石版で、時にそれは小さなメモ紙で、時にそれは言葉で、彼女たちは代々紡がれてきており、未来に向けてあらゆる出来事に触れて届け続けたのだった。そこには実在の王も神も、伝承でさえも観測するとされている。

「我が家は本家のみで、観測者に選ばれた代表者が契約の末に記憶を引き継ぐそうですよ、詳しくは分かりませんがそうして色んな記録を残すのがわが家のやり方でそれ以上以下もないんです。カルデアに来たのはまぁ…たまたまですけどね」
「随分曖昧だが記憶を引き継ぐだと?」
「はい、これまでこの地上や世界で起きたことを引き継ぐんだそうです、っていっても記憶力がそこまでの人間しかいないので、実際どうなんですかね?今の"観測者"は多分うちのおじいちゃんだと思うんですけど、ボケがきてるから"あの時のひよこ豆のペーストが本当にうまくてなぁ"とかしかいわないんです」

記憶の混濁ってやつですかね。というがエルメロイ二世とダ・ヴィンチは非常に難しい顔をしており、テスラはそれを聞いては「では私のことも観測していたということか!素晴らしいではないか!」と彼女の肩を掴んで振り回していたが、テスラはふと動きを止めて真剣な顔をした。

「いやしかしだ、その話だと常に分岐点が起きた時アヴニールがいるはすだが、私の近くでアヴニールという名を聞いたことは無いぞ!どういうことだ!もしや助手よ、貴様仕事を放棄していたのか」
「振り回さないでくださいよ!博士は十九世紀なんだから私はそもそも生きてません!私はピチピチの二十一世紀レディなんです!」

うわーと声を荒らげ合うがエクレールはテスラの腕に手を置いて止めるとこほんと一つ咳払いをした上でしっかりと説明をした。

「そもそもですね、我が家が記録するのは過去の話が薄れたりしないようにってだけなんです、昔は記録が曖昧ですからね、でも博士ってば沢山資料があるじゃないですか、新聞も写真も映像もメモ紙一枚さえ、そんな相手ってのは直接観測しなくてもいいってのがうちのルールのひとつなんですよ……多分」
「つまり職務放棄をしたということだな、全く度し難い。まぁいま助手である君が私を観測すればいい!そして君が私の新たな本でも書けばいいだろう、タイトルはそうだな"稲妻の未来によるニコラ・テスラ観測史"などどうだ?完璧だな!よし今から私のインタビューをして書きたまえエクレールよ」
「え……嫌ですよ、記録係の仕事だって忙しいのに博士専用の記録係になるじゃないですか」
「善は急げだ!さぁいこう助手!私たちの未来はまた一段とエレクトリックに光り輝くぞ!」

そういってテスラは彼女を片手で抱き上げると自分の工房へと話も聞かずに戻っていってしまい、彼女の情けない声が廊下に小さくこだました。
残されたダ・ヴィンチは隣のエルメロイ二世を見つめたが、彼は非常に険しい顔をしては悩ましそうに考えていた。無理もないだろう、彼女の話によればアヴニールの正式な当主となる存在はこの地球ができた時から観測をしていたとすれば、いやそれだけには留まらない、英雄の話なども理解しているということからアヴニールという家系はその理から抜けて観測している可能性さえある、無限の存在かもしれないからだ。
しかしながら本人が分からないのであれば仕方ないかと一度は納得しようとした時、ダ・ヴィンチが一つの懸念点を呟いた。

「ねぇ継承方法は分からないけど、もしよくある前の人間が何かあった場合、次の候補にってことはさ、彼女もしかして……世界を観測する力を……」
「考えさせないでくれ、あの顔と態度と揺らぎない魔力からして、ないと思いたいものだ……いや、ない方がいい」

この世全てを理解する観測者──もしそんな存在がいるのならば魔術師のみならず、様々な存在がそれを得ようと思ってしまう可能性があるから。そんなことになれば聖杯戦争に次ぐ戦争が起きる可能性もあり、彼女は人として扱われなくなる。そしてかつてアヴニールという観測者がいたからこそ、誰もがみな無意識に話をしてしまうのだろう。
あの雷電博士のように、彼女に未来と希望をみせるために。
真実は何も分からない、だが今はそれでいいと知識人たちは目を閉じることにした、彼女の未来も観測も今は一人の英霊に奪われてしまっているから、その先の記録係しての仕事については彼女次第ということにして。

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