第六話


古いフィルム映画を見ているような夢を見た。
エクレール・アヴニールは昔からそうした夢を見るし、昔から絵本や冒険譚が好きだった、魔術師からは遠い優しく暖かい家庭に生まれた彼女は愛する両親や兄弟のもとで幸せにすくすくと成長した。
アヴニールは魔術師の家柄であること、そして魔術師という人間たちが基本的にどのような人間かを知っていた。だが彼女は魔術師ではなく普通の人間の生き方をした。時計塔への入学も紹介で通すこともできると言われたが好ましく思えずに断り、普通の学校を卒業し、就職をして、転職を検討する時、カルデアで事務員として来ないかと招待を受け、給料と休みから簡単に合意したのが今だった。

フィルム映像は白黒からさらに色褪せていく。
数多の映像が次々と切り替わっていく。

──時に誰かの船の上に乗っていたり。
──時に誰かの城の中にいたり。
──時に誰かの話を新聞で読んでいたり。

彼女はそれを薄らと自分ではない、アヴニールの名を継ぐ"観測者"だと気付いていた。だが気付いたからなんなのかと彼女は思いながら静かにその夢を見た。アヴニールはいつだって魔術師としての地位はとても低く、他者に冷たい目を向けられたり言葉を浴びせられてきたが彼女はそれに傷つくことはなかった、なにせそれをいうのは魔術師たちだが本人は自分を魔術師だと思っていないのだから。
それどころか下を見て安心するだなんて魔術師は本当にプライドが大切で大変な人達なのだと感じたし、社会に出て働いていると嫌な相手にでも頭を下げなければならないことは多いため尚のこと魔術師というプライドだけで生きてる人困った人たちなのだと思った。

観測者は普通の人間だ、物語を紡ぐ訳ではなく観測するだけの存在であり、フィルム映像を見ているとなんて間抜けで変で面白い人達なんだと少しだけおかしく感じられて、劇作家にでもみせたら上手くアレンジしてくれそうな程には飽きない。
彼女は昔から見る夢に対して両親に相談した時、アヴニールの子だから仕方がないと苦笑いをされた、だけど全て夢なのだと理解すれば怖くなかった。実際両親も誰も彼もアヴニールのことを隠すことはなかった、何故ならみんな自分たちが"観測者"の家の人間であるとわかっていても具体的にそれが何を意味するのか分からなかった。ただ偶然立ち寄った場所で何かを見つける旅好きな人間だと認識する程度。

──時に観測者は英雄たちの旅の船にいた、だが海に転落してあの英雄たちを慌てふためかせた。
──時に観測者は竜に食べられていた、意外と竜は寝心地がいいと思っていた頃、竜殺しの英雄がその竜を殺してしまい顔を合わせた。
──時に観測者はロンドンの街で新聞配達をして探偵の部屋に届けた、ちょうど薬をキメて壁にピストルで穴を開けていたが陽気に挨拶をした。
──時に観測者は円卓の騎士を見た、まるで光のようなその英雄たちに憧れを抱いて、その城で静かに記録を取っていた。

まるで喜劇のようであるとしたが、全てがそれではなかったのだ。
楽しく、悲しく、苦しく、愛おしく、様々な夢を味わう。
観測する中で出会った人の温もりも愛おしさも優しさも憎しみも妬みも僻みも、全てがそこに濃縮されていた。
パチパチもフィルムが変わっていき、そして最後には一番古いフィルムとなり、一人の男が少し古びた部屋の中で座っていた。見ているだけで紙とインクの匂いがしそうで、男の背後にはベビーベッドとタンスがあった。

『こんにちは"観測者" 僕は観測者であり、大魔道士オブセル・ウァートル・アヴニール。オブセルと呼んでくれたまえ、君たちにとっての初代観測者となる。僕は君たちに酷い運命を背負わせることとなる、それは観測者という名の記録を持つ者ということだ、何故それをそうするのか、それは今から語らせてもらおう」

突如現れた男は一人で記録を残すように話をした。
愛する妻と二人の子供を失ったこと。
そしてそれはとても悲しく辛いことだった、妻と子供が亡くなったのは運命でしかない、それを悲観するつもりも世界を恨むつもりもない。
しかし悲しいことがひとつあるとすれば、若くして亡くなった妻も子供もこの先誰も語ることはなくなること、誰も覚えていてくれなくなること、自分でさえもそうであることが辛いこと。

幼い頃に聞いていた英雄譚も、王の話も、いつの間にか物語は紡がれなくなり、人々の記憶の隅に追いやられて消えてしまう。それはとても悲しいことだった。だから記録をしたい、それはどんなものでもいい、メモ紙でも砂の上でもなんだっていい。
ただそこで"観測"を行い、そしてそこにあったんだという記憶だけを繋いでいきたい、人の記憶は曖昧であるのは当たり前のことだが、消えることだけは救われないから。

『これは僕のワガママであり、アヴニールに"なる"人々に対する究極の呪いだ。僕はこれを決行しても何が残る訳でもない、今これを見てる"観測者"は出世もしないし、すごい能力を貰える訳でもない、必要なら観測した記録を全て見ることはできるけど、焼ききれちゃうしね……兎に角これは究極のエゴなんだ、付き合わせてしまうことを先に謝るが断りたかったら断ってもいいよ、だけどまぁ僕と会ったということなら君はそれを受け入れるということなんだね、沢山の困難があるかもしれない、だがきっと大丈夫……』

僕の意思を継ぐ者たちだから、紡いできた人たちだから。
どうかよろしく、観測者、その世界が白紙になったとしても見届けてくれ、その運命を、愛ある人々の未来を。

「……あっ、寝ちゃってた?」

エクレールは目覚めた時、珍しくテスラの工房の中だった。
どうやら寝落ちしていたようであり、彼女は工房の中のソファに横になっており、上には見慣れた男のコートがかけられていたが、すぐ側で何かしらの研究をしている男の背中を見つめては起き上がった。

「起きたか、おはようエクレール、随分と波長が乱れてたようだが何か夢を見てたのか?」
「見てたと思うんですけどあんまり覚えてないですね、まぁよくあることです……ってなんでそんなこと分かるんですか?」
「助手の安眠管理も我が役目!当然、君のブレスレットの波長から検知したものをグラフと数値化して……ほらみろ、この通り記録しているんだ!」
「プライバシーの侵害ですよ」

全くもう…と呆れつつエクレールは寝起きの頭で工房内のコーヒーメーカーでコーヒーを淹れるとテスラのものもついでにと差し出した。夢の中のことを思い出しつつも左腕のラピスラズリのブレスレットを眺め、目の前の未来を突き進む男を見つめるとき、どこか懐かしさを感じたが彼女は深く考えることはやめた、というよりもテスラの声に思考をかき消されたのだ。
彼女は夢の中の人物も、彼女が自分が何者であるかなど気にする事はない、ただ観測者であろうと、目の前のものを見て与えられた仕事をこなすのが彼女だったから。

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