第七話


「研究の一環……ですか?まぁ構いませんけど」

それは珍しくテスラからエクレールに向けて一つ付き合って欲しいということだった。以前より彼女のブレスレット越しに感じる睡眠の周波数に気になる点があり、テスラが彼女に夢を見ているのかと問いかけると曖昧な返事ばかりが返ってくることだった。
それ自体は気にはならなかったものの、先日のダ・ヴィンチやエルメロイ二世と彼が話した際に「エクレール・アヴニールはアヴニール家の継承者ではないのか」という疑念だった。魔力はほとんど無く、魔術刻印も持たない、しかし家はとても古くから存在するが研究をするわけでも自分たちの魔術を育てることもない、ある種の異端なのである。

そして度々、記録係として彼女がサーヴァントと接する時、一部の者たちは彼女を懐かしむように接することや、誰かを重ねたような態度を示すことがさらに疑問を重ねた。
カルデアの彼らが懸念している点は、アヴニールは何者か、そして彼女自身に危険性は無いのかということだ、本来は気にしなくてもいいといえるがエルメロイ二世は「もし彼女が"観測者"であれば、どこまで観測している、どこまでの記録を持つんだ」と口にしたのだ。アヴニールの能力は知らないことが多すぎるということだった。

そうした話し合いの末、ゴルドルフ所長、ダ・ヴィンチ、エルメロイ二世、藤丸立香、マシュを代表に多くの者が集まり、エクレールは不安そうな顔をした。

「これ本当に意味があるんでしょうか、マーリンさんとかに見てもらえば簡単では?」
「それは既に話しているが君の夢に干渉できなかったそうだ、実に興味深いことだろう。もちろん寝ている姿が気になるという点は配慮してあるため安心するといい、なに、危険があればすぐに夢から覚ますから安心したまえ」
「うーん、そんなに大したことないはずなんですけど、まぁ皆さんが気になるなら仕方ありませんね、その代わりしばらく予算書について無理は言わないでくださいね」

彼女は呆れながらもシュミレータールームに招かれては、まるでテスラの実験の講演会の道具にされるような気持ちがありつつも、今回ばかりはどこか空気が違うことを理解し、そこまで気になるのかと思いつつも言われるがままに診察台のあるカーテンで仕切りの着いた場所に寝かされ、テスラの指示のもと、ダ・ヴィンチやシオンが手伝いをして彼女の体や頭に様々な機器を取り付ける。

本来夢への介入については花の魔術師マーリンや、藤丸立香の夢に現れるエドモン・ダンテスなどの得意分野であるが、彼らが一度試みてみた際にそれが英霊や冠位を持つはずのものでさえ拒絶された、曰く何者かがそこにいるのだとされており、魔女であるメディアやその師匠であるはずのキルケーに関しても彼女に魔術や呪いはないが、もっと歪な何かがあるように感じるとさえ断定されたが検査をしても何もみつからず、今日に至ったのである。

不安そうな彼女に大丈夫だと念押しするテスラもまた、科学者としてパートナーとして興味深く感じており、その場から離れて藤丸立香やマシュたちと同じ場所に並んでは「では始めてくれ」と合図すると同時にシミュレータールームの灯りが落ちて、数分後深い眠りに落ちたと同時にまるで映画のように映像が流れ始める。

古く懐かしいフィルム映像のようであり、初めはカラーフィルムで赤子が生まれたところからスタートした。それが時代を戻すようにモノクロに変わったりとしていく中、明らかに彼女がいない時代の映像がいくつも流れた。
特異点を何度も巡った藤丸立香は「これって…」となにかに気づいたように呟いたり、周囲の英霊が自分の時代や、自分がいることについて話を始めることにザワついた、まるで普通の人間の人生のフィルム映像を眺めるようで平凡なものだった。もしこれがアヴニールの"観測者"であるのならば、彼らが想定するよりもずっと普通の人間であり、同じ一般人でありながら死線をくぐり抜けて戦士になろうとしている少年、藤丸立香よりもずっとマヌケで愚かで優しい者たちが次々と浮かび、シェイクスピアは「なんと素晴らしい人間劇!」とペンを走らせた。

フィルムの映像はまるで映画を見ている感覚で、時に笑い、時に驚き、時に泣けて、時に熱くなり、様々な人の人生を見届ける観測者たちがいた。観測者たちはみな何かしらを理由に命を終えては次に繋がる。
夜中の海に甲板から転落死した者も、階段から落ちて死んだ者も、裏切りで殺された者も、老衰で幸せに亡くなった者も、それは多種多様であるがとても軽く流れていく。そして上映時間が一時間以上経過する時、なんてことない過去の記録だけかと思う時、ENDという文字が流れ終わってしまい、結局何も分からないのかと肩透かしを食らうが「いやまだのようだな」とエルメロイ二世が呟くと、真っ黒だった画面にノイズが走り、古びた映像のようなものが流れる。

暖色のフィルムは懐かしく優しい色味であり、そこには一人の男がロッキングチェアに腰掛けて揺れており、その後ろにはベビーベッドと本棚があり、男は映像に映るとわざとらしく視線を向けて「お?上映会は終わったかな?」と声を出した。
そして立ち上がるとカメラがあるように、相手はその夢を見ていたカルデア一行に対し人懐っこい笑みを浮かべては挨拶をした。

「初めまして、人理保障機関カルデアの皆さん、僕の名前はオブセル・ウァートル・アヴニール、オブセルとでも呼んでくれて構わないよ。年齢は数え年の四十七歳、既婚者で妻と子供は他界済み、何処にでもよくいる大魔道士であり、アヴニールの初代です、ちなみに僕は十五世紀出身だ、よろしく」

律儀に挨拶をしてきた男は歳の割には若く見えるのは思っているよりも気さくな話し方のせいなのだろう、シミュレータールームが途端にざわめき始める中、アヴニールについては比較的詳しいエルメロイ二世が代表をして質問をすることとなった。

「初めまして、ミスター・アヴニール、我々が今日接触した理由はあなたのこと、そしてあなたの血を継ぐ、あちらのエクレール・アヴニールについて知りたいからだ。あなた方は古い魔術家系だが記録があまりにもない、それに十五世紀だといったが、記録上もっと古い家のはずだ、どういうことなんですか」
「どうもロード、時計塔の先生。あなたは魔術師の割に普通の性格をしてそうだね、いいことだ……さて、諸君らが気になる点を簡単に解説しようか」

男はパチンと手を叩いてカルデアを見つめてはアヴニールの話をした。

オブセル・ウァートル・アヴニールはその時代でも随一の魔術師……ではなく魔道士と呼ばれた、それは不可能を可能にする魔法使いに近い者であり、その時代の最高の存在だったからだ。王宮仕えの魔道士であり、彼は予知や予言を主とする存在であり、ルーンや古代魔術などに長けた存在でもあった。
彼は妻と幼い子を亡くし、自分の仕えた王も国も失われた、悲しみに暮れる中で人々の記憶から次第に過去が無くなるのを懸念し、それを忘れぬようにするために"観測者"を用意することにした。

「観測者は何をする訳でもない、ただそこにいて世界の分岐を確認するだけ、別に作家じゃないから本も書かない、必要なのは健康的な体のみ、五感で感じてそれを記憶に残して次に移動させる」
「ミスター・アヴニール、記憶の全てなんて渡せば普通は人は耐えきれないだろう、一人分ならまだしもあなたのいた時代からなんて」
「当然だ。だからこの子……エクレールは今の"観測者"だけど、記憶の継承はされてるよ、だがそれを開くかどうかは本人次第だし、基本的には不要の産物として開けないように制御させてもらっているよ、大切なのはそれを思い出すことではなく、記録をしていくことだから、ちなみに彼女は僕と血は繋がってはない」

その言葉に全員がどういうことだと小首を傾げるがオブセルは「だって僕は妻と子供一筋、再婚も子作りもしてないよ!」と慌てたように声に出したが、だからこそ理解できなかった。
普通の魔術師の家系はその魔術刻印を継ぐために基本的には血縁を求められる、あまりにも不出来な後継者である場合、同意の元で名家同士の子供のやり取りなどもあるが、眠っていたエクレールにはそうしたものは感じられない。

「魔術師はいつも血とか家柄を見る…でも考えてみてくれ、そんなものは"観測者"には不要だ、アヴニールはただその時あったことが"あった"という事実だけを大切にしているからね」

だからこそ無力であるといい、普通の人間であればいい、その感性こそが穢れなき記録を作るものであったから。
実際に二代目アヴニールは彼の弟子だった。師匠であるオブセルの意思を継ぎそれを守ると約束したことにより、二代目からアヴニールに純血はなくなった。

「アヴニールの歴史は古代メソポタミアの頃…いやそれより前からある、それは間違いないよ、そうさせてもらったからね、だからほら術の王様とかもエクレールと話をしてるし、詳しく知ってたみたいなのに話さなかったんだね」

困った王様だと苦笑いするオブセルに術のギルガメッシュは「雑種のくだらん人生について話すわけなかろう」と呆れたように返事をしたが、彼自身も興味深そうに耳を傾けていたことからアヴニールがどういったものかを深く知らないようであることは伺えた。

「そして気になってる時代についてだが、観測者なんて言うんだから、僕が始めた今から観測するだなんて、そんなの正しくないだろう?僕が今まで生きてこられたのは先祖がいたからだ、だから僕は自分の全てを注いで、彼らを"観測者"に仕立てあげた、まぁアヴニールの人間ってのはみんな断りきれない性格なのか、みんな同意してくれて観測者に喜んでなってくださった」
「そ、それはつまり……始まりから?」

ダ・ヴィンチは震えた声で問いかけるとオブセルはにこりと笑った「もちろんだ、観測者は過去・現在の全てをみて記録するのが仕事」だと答えるが、それは簡単なものではない。
魔術を超越している、もしそれが正しく作動するのであれば、今現在観測者となっているはずのエクレール・アヴニールは……

「歩くアカシックレコードってわけ……?」

震える声で呟いたのはエレナ・ブラヴァツキーだった。
アカシックレコード──それはスピリチュアル概念の一種であり、宇宙の誕生から現在、そして未来に至るまでのすべての出来事、思考、感情が記録されているとされる。
しかしそれは通常の人間が請け負うにはあまりにも卓越した能力であり、それが事実ならば封印指定になるはずであるが、オブセルは「まぁ簡単に言えばそうだけど、未来を覗くことはないよ、あくまでも今の時間の記録が観測者の仕事だ」と言ったあとできなくは無いけど…と彼は語るが、それを聞くニコラ・テスラは薄いカーテンの奥で眠る助手を静かに眺めた。

「非人道的なことをしてる自覚はあるし、お陰様で僕は全てを無くしたし、アヴニールも観測以外は何も出来ない。ただそこにいるというのが重要なんだ」
「ミスター・オブセル、いまの話を聞いて疑問なのだが、血が途絶えたり、反対にこれまでアヴニールが捕まったりなどはしなかったのか?」
「当然あったよ、"観測者の目"はその全てを見ることができる、"観測者の耳"はその全てを聞くことができる、そして"観測者の脳"はそこに全てが記憶される、そしてそれらを手にすることもできる」
「それはどのようにしてなのだ…」

ニコラ・テスラは科学者としてそんな万物の書物のようなものや、神の域に達するものを手にしたいと願うものは多いと理解した、実際彼もそれが人類のためになるのであればそれを有効活用する可能性もあるだろう。

しかし画面はオブセルから切り替わるなり、逃げ惑う一人の女がいた、馬の足音に人の怒声、アヴニールを探せ!捕まえろ!という言葉の数々、そして網で捕らえられ、薄暗い地下に連れられた一般人であるはずの観測者は見るも無惨な拷問を受けた、一人、二人、三人、様々な観測者が同じように様々な方法で嬲り殺される。
それには藤丸立香やマシュの目を何人かで覆い隠し、オブセルを非難したかったが、彼は決して嫌がらせで見せている訳ではなく事実を見せているに過ぎなかった。

「アヴニールの観測者の力を手に入れるには生きたまま臓器を摘出することだった。それ故に一時期は"狩り"が流行った。しかし正しくない観測者にその力が渡れば未来は閉ざされるため、僕は観測者を自らの手で殺した、今じゃアヴニールという名は何の役にも立たないモノとして扱われてる、その方が安全だから」

だが本来の性質を知る者もいるのは確実だとオブセルは言い切ると全員があの記録係が如何に危険な存在であるのかを感じざるを得なかった。
オブセルは自分のエゴだと理解していたが、人類の未来を守りたいし紡ぎたいと願い、そしてそれをなそうとしているカルデアに深い尊敬と敬意を表した。紳士的で優しい大魔道士は最後にテスラをみつめた。

「貴方のことは観測者が観測せずとも沢山記録されてあるし、それは揺らぐことはないだろう、だが本来の性質である今の君を記録する者はいないだろう。だからあの子は君の隣にいるし、君も隣にいる、観測者を観測するなんて面白いが一つだけアドバイスしておくよ」
「なにかね、我が助手の祖よ」
「エクレールは最近彼氏と別れたばっかりだし年上好きだ!あと強引な男に弱いぞ!是非頑張ってくれたまえ!」

ではカルデア諸君の未来に栄光あれ、ちなみに次回からは応答しないので注意したまえ。という気の抜けた言葉を残して消えてしまうと部屋が明るくなり、全員の視線が痛いほどにテスラに突き刺さった、まるで優しく応援するような生暖かい目だったが、テスラが赤くなり黙ると、ポンっと優しく彼の肩に手を置いたのはエジソンだった。

「よかったなぁ家公認ではないか、ププーッ、バレバレとは情けない!スマートさが足りんのだよ貴様は!」
「っ、き、さ、まぁ!!」

シュミレータールームに大きな雷鳴が轟く時、ようやく目覚めたエクレールは「起きて早々何してるんですか!」と声を上げつつ、一体なんの夢を見ていたのかも分からぬまま慌てて博士の仲裁に入ったものの、数時間後彼女は自分の素性を聞かされては「記憶がいいってことなら数学の赤点をとったのはなんでなんだろ」と予想外の言葉をいうことに、やはりアヴニールという存在は一癖も二癖もあるのだとカルデアの面々は感じつつも、彼女を密かに重要人物として扱うことにするのだったとさ。

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