第八話


エクレールは自身の出自やアヴニールがどういう役割かを聞いてもなお様子は変わらなかった。それこそがオブセルのいう"普通"なのかもしれなかったが、周りは少々彼女の見る目を変えようとしたものの本人が「私は何も知らないカルデアの記録係なんです」と断言したことにカルデアのみんなはそれで行こうと納得した。オブセルが願ったのは忘れないための記録であるのだから彼女もまたその職務を全うするだけが仕事であり、今はカルデアの職員としてのエクレール・アヴニールとして人類史を守るための一人として彼女は今日もカルデアにいることになった。

あれから数日、変わったことといえばテスラが妙に落ち着きがないことであった。研究や実験に打ち込む姿はいつもと変わらないものの、何処かソワソワしてほんの少し思考停止したようになったり、それこそエクレールがコーヒーを淹れて差し出すと彼は受け取りつつも彼女の顔をじっくりと見てはなにか物言いたげな、悩むような顔をするためエクレールはなにかあったのだろうかと小首を傾げた。

流石にそれが数日続くとなるとエクレールもテスラになにか不調でもあるのかと考える。以前の初代観測者オブセルの話を聞き、今更ながら彼女の自身に思うところでもあるのか、それこそ助手には相応しくないと思うようになったのだろうかと考えつつ、彼女は時折視線を向けてくるテスラに振り向くと逸らされたことに意を決して椅子から立ち上がり、研究を進めているテスラの背後に立つと彼を呼んだ。

「なんだね、我が助手よ」
「大したことじゃないですけど、先日から様子が変過ぎません?なにか私にあるのでしたら直接聞いたらいいじゃありませんか」

いつもなら強引に声を荒らげるように伺ってくるのにどうしてなのだと彼女は少しだけ不服そうに眉間に皺を寄せて、テスラに表情だけでムカついている。と言いたげな顔をして見せた、なにせこの男が普段からしてくる行動とは全く違う、小さな火花をずっとぱちぱちと鳴らしているだけでいつものような高出力で扱ってこないことには疑問しか湧かないのは当然のことだった。

「……なの、か」
「はい?」

ようやく彼の唇が動いたと思った時、その声は聞き取りづらく、彼女は聞き返した時、テスラは彼女がひっくり返るのではないのかと思うほどに声を大きく上げて問いかけた。

「恋人と別れたのは本当なのかミス・エクレール!」
「声でっっか……どこから聞いたんですかそれ、私ここではその話した覚えありませんよ?酔った時に誰かに話したのかな……あぁまぁいいか、ええ別れましたよ、遠距離恋愛になってほとんど自然消滅という形で」
「自然……消滅……別れた証拠がないじゃないか」
「証拠って言われても向こうから連絡先をブロックされたし、私ももういいかなってなったんですから恋心がない以上は終わりでしょ」

案外冷静に語るエクレールにテスラは顎に手を添えて「ふむ…」と何かを吟味するように考える。恋人とは別れたと言うが確固たる証拠はない、しかしながら彼女の理論上は、連絡先も繋がらず、物理的な距離もある、さらに恋心はない。という三点から来る終わりがあるようで、テスラは一分ほど検討の末に納得をしたあと、少しだけソワソワとして次の質問に移行した。
その声はどこか期待したような少し浮ついた声でもあるがエクレールは彼についてはよくわからずに見つめ返す。

「君の好みが年上であると聞いた、さらに多少強引な男がいいと、あとはそうだな……君がスタッフたちと話しているの様子から整った顔立ちが好ましいとか」
「本当どこからそれを聞いてきたんですか?」
「なに少しばかり啓示が降りてきただけだ、とはいえファウストを暗唱していた時とは違うが」

その言葉に彼女はますます分からないと言いたげだが、何故かテスラの目は非常にキラキラと輝いて今にも電気を放電させるのでは無いかと言うほどだった。彼女は彼の言葉に対して素直に答えることが一番得策であること、また隠していてもつまらないことだと思い「その通りですね、多少年上だったり、リードしてくれる方が嬉しいです、顔もそりゃあ…かっこいい方がいいですよ?」と恥ずかしそうに話をするが、自分が平凡であるゆえに目の前の天才にそんな夢見がちなことをいえば笑われてしまうかもと少しだけ懸念しつつも返事をしたが、テスラは突如テーブルを強く叩いた。それはまるでなにか新しい発明のひらめきを得たかのようで、彼女は一体全体何事なのかとますます分からずにいればテスラは彼女の横に並ぶと優しく肩を抱き寄せた。
オゾンの香りと清潔なシャンプーの香りと少し混じったカフェインの匂い、それはいつだってテスラからする香りだが彼女は突然何事なんだと思わず驚くがテスラは彼女を見下ろしては、それはそれは嬉しそうに笑みを浮かべた。

「年上で……リードをする……そして美しい顔……つまり私ではないか!!全く君という助手何故早く言わない!私こそが君の完璧なる交流電流の相手、私たちはやはり磁石のような、月と太陽のような、付かず離れず二つで一つではないか!」
「は?」
「初めからそういえばよかったのだ、まぁ凡庸である君が不安になることは仕方がないが私はそれさえ受け入れる寛大な男だ、私には好みというものはないが、真珠のイヤリングと桃だけはやめてくれ、熱が出てしまうからな、それから……」

突然肩を抱いたテスラが彼女に自分の好みや趣向の話を始めることに困惑した。テスラが女性らしい女性を好きなのは理解しているし、真珠や桃についても彼の過去のインタビュー記事や本などから理解していたが、それに留まらず事細かに話し始める彼が少しずつ抱きしめる力を強めて、彼女に向き合うようにして胸に抱き込むようにすると、ますますエクレールは何事かと理解の範疇を超える困惑を感じた。ニコラ・テスラという男については理解できないことが多いがますます分からないとなるとき、彼の指先が優しく顎先に触れて上向きに持ち上げられる。

ニコラ・テスラは美しい顔をしている。
その光のような美しい碧眼も、ほんの少し歳を重ねたと感じる年上の雰囲気も、ブルネットと青の美しいコントラストを持った髪も、自分を包み込むような大きな身体も、それはもう完璧だった。

テスラが優しく彼女に微笑んでみせるとき、エクレールは「いやでも博士は好みじゃありませんよ?」とまるで電力停止させるような言葉を吐いた。
その一言でテスラは突然理解ができずに「は?」と間抜けな声を出したが、腕の中の助手は彼に抱き締められながらも優しく胸を押して困ったような顔をした。

「確かに年上は好きですけど五つくらいが範疇です。英霊だから実年齢は置いておいても今の博士って三十代後半、四十代くらいですよね?ちょっと年上すぎる…っていうか、あと顔は確かに綺麗ですけど、私もう少しワイルドな感じが好きです、博士って美形じゃないですか」
「な、な……」
「あとリードと強引は違いますし、博士の場合は強引過ぎるしどちらかといえば"ワガママ"ですよね?正直いつも大変なんですよ?」

何を思ってそういうこと言ってくれてるか分かりませんけど

「博士は私の好みとはちょっとズレてるかと」
「ズレ……てる?」
「はい」

その途端テスラの中でまるで絶対に間違いではないと思っていた数式が間違っていたかのような感覚を味わった。まさに想定とは違う挙動を見せた発明品に対する絶望だと思い固まる頃、そのテスラの絶望をさらに嘲笑う声が聞こえた。
それはマスター藤丸立香とマシュ、そしてその背後には巨躯の獅子頭をしたアメリカ合衆国代表であるエジソンであった。
三人はちょうどテスラに用事があり来てみたものの、まさかその部屋の中で抱き締め合う二人に驚いたものの、先程の会話を聞いてしまい、いま目の前でテスラがこっぴどく振られたような姿に少年少女は申し訳なさそうな顔をしつつも、その反対に生涯のライバルであり日頃から電流戦争を繰り広げるエジソンは「ブァーハッハッハッ!」と部屋の中が響くような声を上げて見せた。

「残念だねぇテスラくん、あんなにもお家公認(笑)だったさ、好みの話を聞いて自分だと理論付けまでしたのに、全く違うではないか、ブプーッ本当に哀れだな、流石は生前ハトしか愛せなかった男」
「……おっと、電流が滑った」
「ぐっ、言い負かされたと思うと手を出すのは天才らしくないぞ!」
「言い負かされてはいない、私の愛を愚弄するような言い方だったから少し電気を流したまでよ、全く直流思考(単細胞)はいかんなぁ」

エジソンの言葉にテスラは思わず手のひらから地面に流した電流をエジソンに流せば彼らはいつもの如く掴み合いをするため、マシュが慌てて止めに入るもののエクレールは呆れたように相手にしなくていいからといいながら少年少女に要件を聞きつつテスラに伝えておくと返事をしつつ二人にくだらない大人(英霊)の喧嘩を見せて悪いというように彼女のお菓子ストッカーの中から個包装のお菓子を手渡しては未だに掴みあってる二人を眺めては独り言のように少年少女に伝えた。

「ねぇ二人とも、好みのタイプと好きになる人は違うってよく覚えてるといいよ」
「はは……わかりました」
「は、はい」

理想と現実とは違うのにと彼女は思いつつも少しだけ耳の先が熱くなるのを感じながら、それを誤魔化すように自分もお菓子を口に含んだ、それはとても甘くて少しだけ胸焼けしてしまいそうにも感じたが、視線の先の自分の博士に呆れつつも食べ終えると電流戦争(物理)を行う彼らに声を上げて止めることになるのはもう何度目かのことだった。

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