それはもうミラージュからしてみれば雷に打たれたようだった

ほんの数m先で話をしている大親友の隣にいる女性に彼は釘付けになっていた、細い手足と笑う度に周りに花が咲くような彼女、時刻はPM22:00男女が愛瀬をするにはいい時刻であることはミラージュとて理解していた、そう思うとスパークがざわついたがこんな事は初めてだ
それじゃあと短い挨拶を交わして別れを告げた二人の会話をその日ミラージュは聞いていなかった、普段ノアが誰かと話しをする時大抵悪気もなく聞き耳を立てるというのにただその女性に時を忘れて夢中になっていたのだ

「おいミラージュ?帰ろう」

自分の中に乗り込んできた彼の言葉も耳には入らず、ただ去ろうとする彼女の背中だけが残された
あぁもうどうしたもんだかとノアが再度ミラージュと声を荒らげて呼ぼうとした時まるで弾かれたように車内はクラブのように壮大な音を奏でた

「なぁ今の誰だよ、まさか彼女?だとしても紹介してくれよ、あんな子はじめてだなんかこうスパークがギュッて締め付けられて俺もう可笑しくなりそうでさ、知り合い?どこ住んでんの?てか何してんの」

矢継ぎ早にそうまくし立てられた彼は思わず目を丸くした、オートボットの中でもミラージュは特に人間の文化やら人間そのものに好意的だ、若さゆえに好奇心が強いためだろう
そんな彼のパートナーを務める人間のノアからしてみれば今回の彼の盛り上がりようは異常なものであり、まさかそんなに気に入るだなんてとため息が出そうだった
もういいから早く帰ろう。なんていっても聞き耳を持たない相棒にはぁとため息を吐いて観念した、幼馴染だと説明すれば彼は少し黙ってしまうのでその言葉の意味を調べているのだとわかった、そして何をあろうことか異星人はさも普通に言葉を述べる

「じゃあ彼女と交配したりとかはしてねぇの?」

する訳ないだろうが!とノアが声を張り上げた時窓を数回ノックされる、正直彼がこの車に乗っていて職質をされた回数は1.2度では無いので面倒くさそうに顔を向ければそこには屈強で嫌味な白人警官ではなく先程まで話をしていた噂の彼女だった
窓を開けて声をかけようとしたがそうはいかなかった、何故ならこの地球であまり聞くことの無い機械音を奏でてその車は変形したのだから、そして運転席に乗っていた大切な親友を放り投げて跪いた

「今晩はお嬢さん、俺はミラージュきみの名前は?」

なんてことをするんだ、オプティマスになんていうんだ、というかなんだよそのキザな話し方
なんてもう叫んでやりたかった、当の声をかけられた本人はと言えば目を丸くしてミラージュの顔を覗いたあと小さく微笑んだ、それだけで今の彼はオールスパークの元にまでいけそうだと感じる

「私はアイリス、ノアの幼馴染なの宜しくロボットさん」
「あぁ出来ることなら名前で呼んで欲しいところなんだが、君に呼ばれるなら"ロボット"でも嬉しいな」
「あぁそうだよね、人間は大抵動く機械を見ると"ロボット"って呼んじゃうから、ごめんなさいミラージュ」

呑気に会話をする2人をみて勘弁してくれと思った
だってどうみたってミラージュは彼女に恋をしていたから


「おい!ミラージュどこ行くんだお前は俺の相棒だろ」
「悪いなノア、俺は友達より恋人を取るタイプなんだ」

頭が痛くなるとはこの事だ、朝早くにエンジン音がして嫌な予感がして窓を開ければどこかに行こうとするミラージュに声を張り上げた
昨日「明日の予定は?」なんて珍しく聞いてくるからなんだと思っていたがどうやら彼自身に用事があったから聞いてきたのだと今更気付いた
走り出したその後ろ姿はいかにも浮かれている、蛇行運転で警察にしょっぴかれるがいいさと思いながら病院にいく手段を考えるのだった

まるで人の真似事のように街の中を走りながら彼は窓ガラスに反射する自分を見てどこか変じゃないか?と心配をした
時刻はAM10:32待ち合わせまで時間の余裕があった、とあるアパートの前で停車して今すぐ変形して窓を叩いてやりたい衝動を押えつつも我慢した、どうせこの後たっぷり時間があるんだからと言い聞かせて

「あらミラージュもう来てたの?もうちょっと待っててね!」
「ゆっくりでいい、楽しみにしてる」

熱心に視線を送り続けたせいかふと3階の窓が開いて想い人が顔を覗かせ挨拶をした、メイクをしている途中なのだろうか新鮮さを感じつつもどんな姿の彼女も可愛いだなんて彼はもう地球人の彼女に夢中になった
それから20分後、いつもよりめかしこんだ彼女がジャケットとカバンを片手に急ぎ足で降りてくるのを「あぁゆっくりでいいんだぜプリンセス」といいながら助手席を開けてやれば素直に彼女は乗らずに運転席に回られてしまう

「俺が運転するのに」
「けどミラージュに触ってたいんだもん」
「それじゃあこっちじゃなきゃ」

そういわれて喜ばない男はいないと嬉しそうな声色でドアを開けてやれば嬉しそうに入ってくる、自分の中に広がるツンとしたクールな香水の香りはまた新しい匂いだが今日のパンツスタイルには似合っていると思いいわれた場所まで足を進める
その間も二人の会話は止まることがない、決して気を使ってる訳ではなくただ楽しくて仕方がないからだろう

ようやくついたデパートの前で彼女は降りてしまい待機させられる、店の前にはチワワがリードを電柱に繋がれて待たされているが今の彼も同じ気分であろう
いつ帰ってくるか分からない飼い主を心待ちにしているのだ、けれどチワワと彼は違う、ミラージュからすればこれは立派なデートだったというのに彼女はひとりきりになってしまうのだからカメラモードを温感センサーに切り替えてみればそれらしい彼女の姿が見える、どうやらコスメコーナーで夢中で何かを買っているのをみて少しばかりザワついたスパークが落ち着く、単純な自分や余裕のない自分は消し去ってクールな男になれよと言い聞かせるがどうも惚れた女の前ではそんなことは何も身にならない

「ミラージュ、ミラージュ?」
「あれもう終わったのか帰りが早いなベイビー」
「ええ予約してたもの取りに行ってただけだものダーリン」
「ちなみにそれ何」
「知りたい?」
「すごく」

にこりと笑う彼女は期待に胸を膨らませるミラージュに優しく微笑んで「あとでね」と告げた、もしかすると自分へのプレゼントか?なんて思いながらも恒例のドライブデートが始まる
ノアの時と違いスピードを出しても彼女は怯えない、過激な運転も楽しむほどに車には慣れていて人気の無い道もよく知っていたために2人はめっきり時間も忘れて走り回り時折休憩でドライブスルーで買い物をしてまた静かな2人きりの場所でお茶会を開くのだ

ゆっくりと太陽が沈み空が暗くなればミラージュはとある空き地に行く、そこは昔からアイリスがよく来る秘密基地なのだという
工場の空き地は誰も来ることはなくいつも静かで古びたソファとテレビが置かれている、アイリスは置いていたレコーダーに借りてきたビデオを差し込んだ、今日はいったいどんな物語なのだろうかと釘付けになる
物語のクライマックスシーンにて男女が甘い言葉を囁き口付ける、情熱的で彼らには無い愛情表現だった、視線を逸らした先のアイリスは画面に夢中になっていたはずが視線に気付いたのか見上げた

「なぁにミラージュ、映画に飽きちゃった?」
「いやそんなことないけど」
「そっか」

君にキスがしたいとは到底いえるわけもなく黙ってまたその小さなブラウン管に彼は集中した、自分と彼女を重ねるように
エンドロールが完全に切れるまで話をしてはならない為終わるまでいつだってドキドキする、2人で見終えたあと感想を言い合うこの時間も好きでたまらなかった

「そういえば今日買ったもの見せて上げようか」
「あっそうだ、何買ったんだ見せてくれよ」
「ジャジャーン新作のリップ」

楽しそうに小さな彼女の手のひらの中に収まる箱を見せられてもミラージュには何かわからなかった、慌ててwww.で検索をしてこれらが人間の塗装品だということは理解したがそんなに喜ぶものなのかと不思議にも感じた
そういえば彼女はいつも赤やピンクの唇なのに今日はなにも付けていないなと思い出す、少し高そうな黒い箱から取りだした小さなリップケースを取り出してミラージュに手渡す

「塗って?」
「俺が?はみ出るかも」
「いいよ、ミラージュに塗って欲しいの」

好きな相手にそこまで言われて断れる訳もなく彼は緩むフェイスパーツをどうにか引き締めて彼女の小さな顔に手を添えて指よりも小さな口紅を引いていく
彩られた唇を見て思わず彼は驚いてしまう、まるで自分のボディカラーのような美しい青を纏った彼女の唇にミラージュは声も出ずみつめる

「あれ?喜んでくれないんだ、あなたのカラーだなっておもって買ったのに」
「まじ?」
「まじ」

頭を抱えるミラージュにアイリスはどうしたの?と問いかければその金属の顔が上がって彼女を愛おしげに見つめた

「すげぇ嬉しくて」

どんな生命体とて愛する人が愛情を溢れんばかりに伝える行為を喜ばないことは無いだろう
ミラージュの情けない緩みきった顔にアイリスはとても嬉しそうな顔をして彼の顔に近付いて小さく呟いた

「キスしなくていいの?」

そのために買ったといいたげに彼女の意地悪そうな恥ずかしそうな顔が彼のオプティックいっぱいに広がった、身体の節々が喜ぶような音を立てているのが嫌でもわかってしまう
それでもミラージュは戦士ではなくただひとりの男として優しい顔をしてその唇に返事をするのだった、まるで先程まで見ていた映画のように、ノアの帰宅を催促する連絡さえブロックして。

-

- 50 -

←前 次→
top