全くもってどうしてこの船の乗組員はみんなただ船に乗っているだけだというのにこんなに怪我が多いんだとアイリスは頭を抱えそうになるほど毎日飽きもせず誰かしらはリペアルームにやってきた

ラチェットに頼むほどではない…というより彼の小言を聞きたくないのが本音だろう、連日続く訪問は彼女を暇にさせない程で呆れも通り越しそうなものであった
そう言えば今日の検診は、と思い出しクルーの情報が乗ったデータパッドに目を向けていれば突如腕に付けていた通信機がけたたましく鳴り響いた

「はい、どうしたの?」
『頼む、今すぐ来てくれ君じゃなきゃもう時期この船が崩壊する』

パーセプターの言葉にアイリスは驚きを隠せなかった、普段冷静な彼が如何にも慌てた様子の声色であったため相当な緊急事態だと察するが小さな有機生命体であるアイリスなど大抵役には立たないというのにその彼女の力を借りるとなれまぁまぁな面倒事が起きたとみてまず間違いは無いだろう
小さなため息をついて開いていた健診データを閉じ彼女は電子キックボードで出来うる限り早く呼び出されたこの船の危険な一室であるパーセプターの研究室にやってきた

「それでパーセプターどうしっ…え?」
「来たかアイリス」

彼女はまず自分が正気かどうかを疑った、試しに腕を抓るが痛みは当然あった為、夢では無いのかと確信する
そして見上げた先には自身の恋人であるメガトロンが立っているがその奥には彼によく似た人物が二人立って彼女を見下ろした

「メガトロンどうしたの、これはどういうこと?」
「説明はあいつに聞いてくれ、俺も頭が痛くなりそうだ」
「ブレインストーム?また貴方なの、今度は何をしてくださったのかしら」
「おいおい怖い顔をしないでくれ、別にほらメガトロンが反物質を操れるようになったろ?だからそれについての研究で…ってまぁ本人の了承もとって…」
「先生達からも言われてたでしょう?彼の身体をあまり弄らないでとそんな事しては彼の精神的にも肉体的にも負担になるんだし」
「まぁ怒らないでくれ、その結果が今なんだ、詳細説明を俺がしてもいいがそんなに怒ってるならパーセプターに頼もうか?」
「結構、要りません」

兎に角メガトロン自体に問題は無いかと彼女はキックボードを変形させ浮上させ彼らの目線を合わせるが、それ以上に奥の二人が険しい目付きでみつめるものだからアイリスも恐る恐る彼を見つめた
明らかに彼に似ている、体格や機体に少しばかり違いはあるがどうみても彼だった、雰囲気もそうだが何度か映像や写真で見たことがあったが全くそれと同じだったからだ

「おい人間がいるとは聞いておらんぞ」
「説明する必要が無いからだ」
「それよりもオレ達はどうなってるんだ、というよりも先程の説明も納得がいかん」

危害を加える可能性があるとメガトロンは思ったのかアイリスを自身の腕の中に抱いて近付いた二人にそれぞれ何度目かの話をした
最初に話しかけた彼は今と同じくらいの顔立ちで見た目はもう少しシンプルなものであった、それこそ戦争終結間近のディセプティコンが勝利した時に近いような見た目で赤いオプティックは普段よりもはるかに鋭く手の中のアイリスを睨みつけていた
もう一人の彼は他の二人と比べて随分と若いように見えた、今とは随分と異なり機体には警告テープのようなものが貼られており戦いとは異なる細かな傷が所々見えており彼女をを見るなり不思議そうな表情を浮かべた

「まぁ…簡単に言うと研究に付き合った結果過去の二人が現れちゃったってこと?」
「理解が早くて助かる、自然に元に戻るだろうが念の為に色々検査をしたくてね、その間の管理を君とメガトロンの二人でして欲しいんだ、勿論出来うる限りこちらも手は尽くすが何せ時間がかかるだろう」
「まぁ若い彼ならいけそうだけど、破壊大帝の彼ってなると…うーん」

時間を置いて改めて細かな説明を聞いたアイリスは目の前の科学者たちの説明に頭を痛めつつも了承するほかなかった
若い彼はまだ落ち着いているためよかったが全盛期の彼は当然そうはいかず今にも暴れだしそうだったが先手で機能制御装置を緊急で作りあげて即座に付けたので暴れる事はないだろうということだ

「わかった、取り敢えず検査の間だけでも私が監視します、他の人だとみんなダメなんでしょ?」

オートボットの中には未だメガトロンを許せぬ者は多数いることは理解していた、また同じく彼を恐れる者も、アイリスは彼を恐れることも憎むこともない害のない存在であるため相手取るには充分なものだろう
数時間だけかもしれないがよろしくと彼らに伝えては実際今からどうしたものかと考えていればふと差し伸べられた手のひらに自然と乗りこんだ
相変わらず紳士的で多少今回の件について申し訳なさそうな顔をしている恋人に彼女は思わず苦笑いを浮かべた

「すまないなお前の手を煩わせて」
「いいの、それより貴方こそ身体は本当に大丈夫?」
「あぁそれより若い頃の俺はまだ構わんが全盛期のあいつにはくれぐれも」
「なんだペットを飼っているのか?それも趣味があまりいいようには感じんぞ」
「いっ…もう少し優しくしてもらえませんか?」
「ほぉ?ペットの癖に飼い主に逆らうとは面白いな」

この頃のメガトロンは確か人類を支配する前とはいえ自分たちサイバートロニアン以外を見下していたことをアイリスも知っている、そもそも彼は元より有機生命体をよく思っては無いことは初めて出会った頃に理解していた
久方ぶりに見る下等生物を見下した態度の彼に懐かしさを感じつつ今にも手を出さんとばかりに苛立ちを分からぬように出している恋人のメガトロンに慌ててアイリスは声を上げた

「とっとりあえずええとそっちの二人はパーセプター達に一旦みてもらって、貴方は私と少しお話でもしますか?」
「そうだな、少しばかりわしとお前の興味が湧いた、よし行くぞ」
「おい、貴様っ」
「平気だから、また何かあったら連絡して!」

上機嫌な全盛期の彼の手に抱かれて部屋を出ていく間際声を張り上げた恋人にそう伝える、見上げた彼は自分の知る存在と異なる雰囲気をしていると感じつつ自室の案内をした
兎も角若いメガトロンと恋人のメガトロンが検査を受けている間はどうにか彼を繋ぎ止めねばならなかった、アイリスの自室はメガトロンと同室でそれなりに広い部屋で人間の家具とトランスフォーマーの家具が歪に存在する部屋になっている、まるで定位置だと言わんばかりにメガトロンはよく腰かける椅子に座った
そして彼はアイリスを手のひらに乗せてはその体をじっくりみつめた

「全くわしが飼ったペットと言えど趣味が些か悪いな」
「生憎ペットではありませんので」
「ほう?ならばどんな関係だ」
「…恋人です、CEまでは結んでいない関係です、それよりあなたもメガトロンですが被るとあれですし"メガトロン様"とでもお呼びしましょうか?」
「あぁ構わん」

破壊大帝はえらく動揺した、未来の自分がまさかこんな下等ななんの力もなければ知性すら感じない生き物を自分の隣に置くとは考えられかったからだ
なにか特別な要素は目の前の彼女に何も感じず、人間の寿命を考えれば自分がいくら歳を重ねていてもきっとこの生き物の方が先に死ぬことはわかっていた、だからこそ不思議だった

「どうしてこの船に乗っている」
「看護師だからです、ラチェット先生の手伝いとして来たんです」
「わしとはここで知り合ったのか」
「そうですよ、今の貴女にはきっと理解出来ないでしょうがあの頃の未来のあなたはとても繊細で苦しそうで、まるで死を待ち望んでいるようでした」
「同情したのか」
「それが恋心に変わる場合だってありますよ」

淡々と説明すれば彼は思ったよりも素直に話を聞いてくれていた彼に対し案外話がわかるのかと思った矢先強引に人形のように掴まれ赤いオプティックは睨みつけるように彼女を見つめた

「こんな貧相な生き物を…か」

貧相とは失礼なと思いつつ彼に逆らって何が起こるか分からないと思いながら黙っていれば彼は確かめるように体に触れる、金属とは異なる水分と脂肪で出来たブヨブヨの人間の体は彼の興味の対象になったらしい
だがしかしそんなスキンシップも10分以上続けばアイリスとて少なからず疲れが出てきてしまう

「もうよくないですか」
「ならん」
「面白くないでしょうに」
「関係ない、にしても不思議なものだな」
「なにが」

嫌な予感がした、相変わらず握られたまま彼の視線に合わせられて新鮮さを感じていたが今では捕食される気分であったからだろう
彼はアイリスをじっくりみたあとにオプティックの光を強めて笑った

「わしの物にしたくなる」

そういった時の彼の目と来たらなんという情熱的なことなのか、何度も感じたことのあるものだ、情欲を混じえたような興奮したら肉食獣のような眼差し
思わず息を飲み顔を俯かせていれば影が自分に伸びていくのを感じてガバリと顔を上げれば自分の知るメガトロンとは異なる彼の顔が思っているよりも近くに来ており彼女は呆気を取られていたがまるで二人の間を割るように自動扉が音を立てて開いた

「ろくな事にならんとは思ったぞ」
「ええとメガトロン様のの番のようですよ」
「ふむ、つまらんなまた次にしてやろう」
「ほざくな、早く済ませるぞ貴様らなどとっとと帰る方がいいだろう」

言い合うのは自身の恋人と大帝であるが後から入ってきた若い頃の彼は少しばかり困ったような顔をしていた
「くれぐれも変なことをするなよ」と釘を刺され部屋に残された彼は鉱夫時代のメガトロンであり、アイリスは不思議なものだった、彼は六百万年以上前の姿で一度トレイルカッター達が持っていた映像データでしか見たことの無いものだった
若々しく、だがしかし何処と無く彼を彷彿とさせる雰囲気を持ちながらも若さゆえの青臭さもあった、落ち着きなくアイリスを見下ろす彼からしてみれば有機生命体はとてつもなく不思議な生き物なのだろう

「はじめましてアイリスといいます、あなたの事はメガトロン"さん"とでもお呼びしましょうか」
「あぁ」
「そんなに緊張しなくても取って食べやしませんよ」
「そうだな、いやこんなに小さな生き物をみるのは初めてでな」
「ふふ、可愛い人ですね案外人間は頑丈ですよ、触ってみます?」

昔話を聞いた時彼はずっと鉱山で働き続けていたといった、階級制度が根強いサイバートロンでは死ぬまでそうなる他ないという彼からしてみれば他種族というのは摩訶不思議な存在でもあったのだろう
まるで人間でいえば図鑑にいる生物を初めて見るような感覚かもしれない
戸惑う若い彼が伸ばした掌に慣れた様子で座れば恐る恐るその手は浮上していく、そして互いの視線が同じ高さになる時彼の目は何処と無く普段のメガトロンと比べ柔らかいものに見えた

「触れても?」
「うん、優しくね」

ゆっくり彼の手がアイリスに触れる、肩を、髪を、腰を、撫でてはその不思議な柔らかさに夢中になる、アイリスは答えるようにメガトロンの手に甘えるように擦り寄った、優しく暖かな彼の指先に思わず頬をスり寄せてしまうほどに心地よいものだった、普段の恋人の彼とはまた違う触れられ方なのにどちらも優しく慈しむように感じられ安心感を覚えたからだろう

「メガトロン…さん、あの」
「いい香りがする、人間とやらはみんなそうなのか」
「どうだろ、貴方たちと違って人間は可能であれば基本は毎日お風呂・・・洗浄するから」
「綺麗好きな種族だな、毎日洗浄なんて身分の高い議員共にしかできないものだ」
「それなら私がしてあげようか?」

突如顔を寄せられ髪を嗅がれたと思えば彼にそんなことを言われてしまいアイリスは彼らの生活の苦しさを必然的に感じさせられた
メガトロンの言葉に対して無邪気にそう誘えば彼は少し驚いた顔をしつつも直ぐに小さくはにかんで肯定した、恋人の彼は極力スキンシップをしないようにはしていたが若い彼はどうやらそれなりに甘えるのが好ましいらしくアイリスに触れることを喜んだ
ふと彼の顔が離れたと思えばじっくりとアイリスを見下ろしていた、その見た事のある欲に塗れた彼の顔に胸が締め付けられ自然と目を閉じた二人の影が重なろうとした時壊されそうな音を立ててドアが開いた

「何をしてるこの愚か者めが」
「ッチ…タイミングがいいな」
「お前までワシのアイリスを狙うとはな」
「貴様のものでもない」

入ってくるなり三人の言い合いが始まり若いメガトロンの腕の中にいたアイリスは奪われるように恋人の手の中に取り返された、まるで二人のアイセンサーに入れないように彼は恋人を隠すように手の中に閉じ込めるがそれがまた自分である二人の逆鱗に触れる

「そいつはオレのものだ」
「若造が妄言を吐くでないワシのものだ」
「貴様らこそいい加減にしろ、こいつは俺が手に入れた女だぞ」

全くもってアイリスはどう反応すればいいのか分からなかった、普段メガトロンから真っ直ぐな言葉を受けることは少ないがこうまで同じ人物にひたむきに奪い合われる。まるで漫画のヒロインのような展開に少なからず悪い気はしなかったが少しだけ深呼吸をして彼の手から身体を出した

「すみませんが私の恋人はメグスだけです」

例え二人が同じ時空で全く同じ人物だとしても彼女にとっての最愛は彼だけだ、自分を選び自分を愛しこの船で旅するオートボットのエンブレムを掲げる男
彼らはその言葉に目を丸くさせるが彼女を手に抱く本人だけは唯一誇らしげな顔をしてアイリスをみるなりその唇に口付けを落とした

「それでこそ俺の女だ」

その姿に若い二人が噛み付くように吠えたが今のメガトロンには聞こえない、ただ腕の中で縮まるその女しか彼の視界に入らないほど機嫌が良かった。

それから彼らが消えたのは約数十時間後、その時間まで散々三人にもみくちゃにされたアイリスはベッドの上に横たわり強い疲労感にため息をこぼした
ふと自分の髪を撫でるその指に気付いて顔を上げれば騒がしいものの一日機嫌の良かった恋人が彼女をみつめていた

「あれだけのことがあったんだ今日はまだ寝させられんぞ」

彼のその目は本人なのだから当然だがあの二人に似ていると思いつつ疲れた体はまだまだ休むことを許されないのかとおもいながら彼の愛を受け入れるように彼の胸元の赤いエンブレムを指で撫でるのだった。

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