※夢主がシングルマザー設定


ラチェットはスパークを得た時から何万年と生きていた中でこんなにも全身のオイルが沸騰しそうな時はないと思った
目の前に立つ自分の膝上くらいまでの高さのない生き物を前に何度目かの咳払いをした

「それでどうしたのラチェット?」

彼に呼び出されたパートナーの女性は不思議な顔をしていた
平日の午前中ということもあり基地の中にはいつものように3人の子供たちはいない、それどころか他の仲間達もパトロールだなんだといって出ていってしまった
仕事前のアイリスが挨拶に来たのでラチェットは彼女を呼び付けて彼にとっての長い一生の中で1番の勇気を振り絞ってこういった

「アイリス好きだ、どうか私と一緒に人生を歩んで欲しい」

彼のその瞳はメラメラと燃え上がる青い炎のようだ、ところどころ身体のパーツが大きな音を立てているのを聞いて子供でもない彼女はその真剣さを感じ取り同じく真剣な顔をした

「ごめんなさい、あの子が大きくなるまではそういうことは考えていないの」

あの子
というのはアイリスの子供のことだ、この基地に来る子供たちとはまた別でアイリスの実子であり現在4歳である
ラチェットはそう言われてしまい固まった、自身の一世一代の告白は完全に砕け散った、勿論子供の存在を忘れていた訳では無いが子供が苦手な彼でも彼女の子供ならば・・・と考えていた、父親にはなれずともいい友人として接することが出来るかもしれないと
だがそんなことも許されないように一刀両断されてしまいラチェットはなにも言えずに固まってしまう

「でもとても嬉しい、ありがとうラチェット」

そんなに優しい顔を向けないでくれ。
彼はただスパークの底からそう願わずにはいられなかった、例えばその後彼女が気まずそうな顔をしたり互いに自然に距離が開いたりしたならばラチェットもまだ救われたのかもしれないのにアイリスは至って普通に接した
大人であるために送迎こそ頼まなくなったが自然に手伝いはするし話をしてくれた為に尚のことこの恋心を諦められずにいた
みんなが彼の想いを知っていた為に2人のことをそれ以上触れられずにいた

「こんにちはラチェット」
「あぁいらっしゃい」
「今日もまた修理品が多いね、直ぐに私も手伝うからね」

いつものアイリス専用の工具箱やらエプロンと溶接用マスク等を手に取ってテーブルに上がった
ラチェットでも手入れのしづらい細かなパーツの整備や修理を請け負う彼女の横顔がたまらなく好きで思わずその横顔に見惚れて手の動きが止まる、あんなに熱い目を自分に向けて貰えたらどれだけ幸せなことだろうか
例えば休みの日の他の子供たちと仲間のように遊びに行けたら、どうでもいい事で笑いあえるとしたらどこまで嬉しいことかと考えては彼女には振られたのだと自分に言い聞かせる

「ねぇラチェット、私手伝いに来るのやめようか?」
「どっどうしてだ」
「辛そうな顔してるから」
「そんなことない!」
「本当?」
「あぁ・・・だから私の傍で手伝ってくれないか」

難しい顔をする彼にそう問いかけては慌てたように返事がされてアイリスは思わず頬が緩んだ、口数こそ多くは無いがこの空間は心地よかった仕事終わりの子供を迎えに行くまでの間に寄ってはラチェットと時間を重ねることは短い愛瀬のようで年甲斐もなく浮かれていて先日ミコに「アイリスってラチェットのこと好きって隠す気ないよね」と言われてしまったほどであり、子供にそんなことを見抜かれ言われてしまうとはなんと情けなく恥ずかしいことかと思ったほどだ。

そうアイリスはラチェットが好きだった
それはもう異性としてしっかりと意識しており万が一自身が再婚できるとしたらラチェット以上の相手はいないと思った
だがしかし前夫と離婚した身としては子供を守らねばならず親から巣立つまでは自分もうつつは抜かせないと言い聞かせていたのだ
その為に彼にはそう伝えたのだが伝わっていないとはアイリスも思ってはいなかった

「た、たまには私が送ろうか」
「でも車で来ちゃったから」
「明日の朝迎えに行くからそれじゃあダメか」
「保育園送ってかなきゃだし」
「あっ、あぁそうだよな…クソッ」

もう1ヶ月以上彼女を送迎していなかったラチェットはまたもや勇気を出して声をかけたがいきなりの事で断られてしまい自分の気の聞かさな、断られた悔しさなど様々な気持ちに悪態を着いてしまう

「じゃあ・・・明後日休みだから朝迎えに来てほしいな」
「ああ必ず迎えに行こう!」

あまりの彼の落ち込みようを見てなのか、はたまたアイリスもラチェットに送迎されることを好んでかそういった
彼の喜びようは誰から見ても明白であり普段もりも修理の腕に拍車をかけた
それからスリープモードになってもいつもよりも短く目を覚ましてしまい、普段よりも何故か力が漲るように感じられたのは久方振りに彼女を乗せるからだろう。
走りなれた道を進み、来慣れた家の前に止まっていれば朝から慌ただしい彼女が子供を連れて自身の愛車に乗り込もうとしたがふとラチェットが来ていることに気付いては先に近付いた

「おはようラチェット、あと20分ほど待っててね」

優しく車体を撫でられるだけでその箇所の熱が上がるような気がした「私は大丈夫だからゆっくりいってらっしゃい」と出来うる限り優しい声を出した、上擦っていなかっただろうかと彼が心配するのを他所にいってしまう
そうして改めて彼女が人間の"親"であるのだと実感してしまう、ラチェットには結婚というものが分からずまた離婚ということはもっと分からなかった、トランスフォーマーにもそういった文化はあるが別れるということはない
1度そうなった関係は絶対切ってはならないものだからだ
彼女の家を外から眺めつつ細かくカメラアイで部屋の隙間を覗くがそこはやはり母子2人の生活しか感じられなかった。

「久しぶりに乗ったなぁ」
「久しぶりの乗り心地はどうだ?変じゃないか?」
「全然平気、それより昨日洗車したでしょ」
「あっあぁ」
「私がしてあげたのに」
「そ、それは」

もういまアイリスに洗車されることさえ様々なことが頭に浮かんでラチェットは身体の中が弾けて爆発してしまいそうだ
アイリスは体をハンドルに預けるように崩してそっとダッシュボード部を撫でて呟いた

「この間の告白、すごく嬉しかったの」

人気のなくなった場所を走っていたとき何気なくアイリスはそういったがラチェットはあまりの動揺にビークルモードからトランスフォーマーして転がった、その手には優しくアイリスを抱きながらだが
ディセプティコンの攻撃でも食らったのかと驚くアイリスを他所に彼は声を荒らげた

「嬉しかった!?」

手のひらの上にいるアイリスはラチェットの張り上げた声に思わず驚く、普段自分には滅多に掛けられない声だからだ
目を丸くして小さく頷く彼女にラチェットは空いている片手を自身の口元にやってブツブツと呟いた、アイリスには何を言っているのかが分からずそれが地球の言語では無いのだと悟った

「けど私のことを振っただろ」
「振っては無いけど、あっでもそうなるのかしら」
「子供がいると」
「えぇ、あの子が大きくなるまでは」

ラチェットの言葉にアイリスはすんなりと頷いた、それはもう当然だと言わんばかりの彼女の言葉にじゃあ意味ないじゃないか。とまた肩をがくりと落とした
君は私をどうしたいんだよ。と小さく声が漏れてしまえばアイリスは落ち込むラチェットを覗き込んだ

「"あの子が大きくなるまで"ってことなの、意味わかる?」
「つまり私とは恋愛関係には行かないんだろう」

彼の顔はあまりにも悲しそうな虚しそうななんとも言えない顔をしていてアイリスは自身の伝え方が悪かったのだろうかと思った
そもそも目の前のこのトランスフォーマーはずっと頭のいい男で言葉の意味を理解していると思ったが自分が思うよりもずっと真っ直ぐに言葉を受け取っていたのかと気付いた

「今はそうだけど、大きくなったら私はあなたと一緒になりたいと思ってるんだけど」
「へ、え?」
「あと15.6年だから勿論長いけれどそれでもダメ?」

酷く困ったような彼女の顔が覗き込んだ、それだけでラチェットは愛おしさに溢れそうだったいっその事このまま拉致して自分だけのものにしてやりたいと黒い感情さえ表しそうになる時そう言われるのだから思わず固まった
アイリスは彼の大きな親指に頬擦りをして熱っぽい顔をしてみつめる

「それとも・・・オバサンになった私は嫌?」

馬鹿馬鹿しいトランスフォーマーからしたら15.6年なんてただの誤差でしか無かった、それを待てというのは正直ティータイムをしていたら過ぎていたと言ってもいいくらいだろうか
けれどあざとい程に愛らしくそう言ったアイリスはうーんとラチェットの手ひらの上で悩んだ、人間にとっての15.6年というのは大変長いものだからだろう

「君がどんな姿になろうと私は愛は変わらない、それよりその…本気にしてもいいのか」
「ええ、こんな女でもよろしければ」
「いやアイリスしかダメだ、私の長い人生でこんなに愛したいと願うのはアイリスだけだ」
「嬉しい、私もラチェットに残りの人生全てをあげたいの」

なんという熱い言葉だろうか、ラチェットはスパークが熱くなっていくのがわかる
そしてその掌の恋人にキスをしようとすれば勢いよく唇に手が当てられる

「あの子が大人になるまでは健全でお願い!」

その言葉にラチェットは少しだけ後悔した、まさかキスのひとつもダメとは。と
代わりにと頬に柔らかな唇があてられる感覚を感じて彼女を見つめれば優しく笑っていう

「今はここまでね」

あぁ何年先でも待てると思いながらもラチェットがアイリスの子供に認識され、ラチェットが「お父さん」と呼ばれるまであともう少しなことを彼はまだ知らない

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