はじめてその存在を目にした時自分たち種族と比べて遥かに弱く小さく淘汰される生き物だと思えた

「いらっしゃいデッドエンド、ちょっとまっててね」
「別に急いでないからゆっくりでいい」

騒がしい店内で唯一空いているカウンターの隅の席に腰をかけた彼に声を掛けたのはこの星唯一の地球人であるアイリスであった、親友チータスを亡くし戻る場所もなくなった結果現在では平和になったサイバトロン星で住んでいるのだがデッドエンドはそんな彼女に悩まされる日々を送っていた
パーセプターがカウンターにエンジェックスを置く度に彼女はそれを慣れた手つきで配膳ロボ達に乗せては送り出していき、自身もまたほかのテーブルに次々と彼らの酒を提供しつつ接客をしていた

「注文は」
「まだいい」
「アイリスはまだ暫く掛かりそうだ」

目の前にやってきたパーセプターの言葉に後ろを振り向けば早速元ディセプティコンのガラの悪い連中に絡まれた彼女がいて思わずデッドエンドは小さく排気を漏らして席を立ち上がる

「おいアイリス、俺の注文は」
「あぁごめんなさい・・・2人もごめんね、お仕事中だから」

また後でという彼女のお人好しさには苛立ちさえ覚える、小さな体でいくらホバーボードがあるとはいえ移動は大変であるのを知っているデッドエンドはボードごと彼女を抱いてカウンターに戻り軽く宙に放り投げた、くるくると軽い回転をしつつも彼女は慣れたようにそのまま1本のボトルとそれ専用になっていたグラスを手に取って注いだ

「はい、お待たせしました」

そういうアイリスにようやくかとデッドエンドはエンジェックスを口に含んだ向かい側に立つ彼女は楽しそうに見つめるものだから 暇なのかと呟いてしまう

「ううん、今日も来てくれて嬉しいなって」
「別に時間が合うだけだ、生憎ボトルを入れてる店はここしかないしな」
「最近はほら街も復興が進んだからバーも増えたみたいだしお客さん減らないように頑張らなきゃ」
「よくいうもんだ」

歴史あるここバー・マカダムが潰れることなどこの星が亡くなるよりもない事だろうと思わず鼻で笑ってしまう
確かに彼女の言うとおり街にはバーなどと言った店も増えたがやはり帰る場所はここだと言わんばかりにこの店は店主が変わっても盛り上がりを見せていた、おまけに人間のアイリスも案外この店の常連客に愛されていて直ぐにちょっかいをかけられるほどでパーセプターに「アイリス専用の黒服として働くのはどうだね」と言われてしまい思わずシラケた顔をみせてしまうほどだ
みんな彼女を愛玩動物を見るようにかわいがっているのは知っているがデッドエンドはそれに対して案外面白くないと感じていた

言葉にこそ出さない上に素直じゃない彼は自分の気持ちに素直にはなれないものの確実に彼女に惚れているのは分かっていた
それこそ周りでさえ理解しているのにアイリス本人だけがデッドエンドの好意に気付いていない、ある日ホットロッドがいった「アイリスはオールスパークと一体になったせいでそういうのに鈍感なんだろ」と全くもってその通りだと言いたくなるほどデッドエンドの好意を察することの出来ないアイリスにとって今の彼は気のいい友人の1人だ

「デッドエンドが来てくれるとカウンター担当に変えてもらえるから嬉しいな」
「仕事が楽になるからだろ」
「バレた?それもあるけどこうやって話しながら店内見渡せるのって結構楽しいんだよ」
「オーダー表は溜まってるけどな」
「う・・・うるさいなぁ、仕方ないでしょ私がこっちに入るとどうしてかこっちの注文が増えるんだもの」

みんな分かってて頼んでるんだろうとは言いたくなるが敢えて言わずに空になったグラスを彼女に寄せた、空いてる間に入れてくれと理解しているアイリスは他の客のオーダーを睨みつけて次々とサイバートロニアンサイズのカクテルを用意していき隣のパーセプターに回していく
1グループの纏まったオーダーを終えて一息ついた彼女が小さな体でグラスに何とかエンジェックスを注いでデッドエンドに差し出した、人間では味の確認も出来ないと言うのに中々に彼女の作るサイバーカクテルはうまいものだった

「なにか飲まないのか」
「少し落ち着いたしじゃあ」

そう言って彼女はカウンター下に行って少しして戻ったと思えば手には小さなボトルが数本あった、パーセプターに頼んで人間のカクテルも作れるようにとリキュールを頼んでいた彼女はまるで化学実験を楽しむようにそれらを混ぜたり振ったりしていくのを眺めるだけで飽きないほどデッドエンドは彼女に夢中だ

「完成しました、アプリコットフィズ」
「アプリコットフィズ?」
「あんずを使ったお酒なの、この間新しいリキュール注文してたのが届いたから飲んでみる?」
「その位なら中に入っても問題ないがエラー発生した時の言い訳が面倒だ」

彼女のいった聞き覚えのないカクテルの名前を検索しては想像はあまり出来ないが成程と何となく理解をした、誘いを断りつつ彼女にグラスを向ければ小さなグラスを両手で持って彼女は小さく音を鳴らした
どれだけ店が賑わってもどれだけ他の客たちが彼女を求めてもこのカウンター席の一角だけは独占出来るという事実はデッドエンドを優越感に浸らせる、彼女がグラスに口付ける姿も髪をかきあげる仕草も唇についた水滴を軽く指で拭う姿も他の者はあまり見られないのだ

「飲んでいいが酔わせていいとはいってなかったんだがね」
「たかだか2杯飲んでただけだ」
「ふむ・・・アイリスはあまり酒に強くないらしい、今日はもういいから上がりなさい」
「・・・ンン、でも片付け」
「大丈夫だから、デッドエンド悪いが送ってやってもらえるか」

パーセプターはデッドエンドの想いを当然知っていた、それ故に彼にアイリスを委ねる事を悪いとは思ってはいない
デッドエンドは戦争時はディセプティコンであったがその中でも頭が切れるタイプで無闇矢鱈と先頭を行うような野蛮なタイプでは無い、どちらかといえば策略を練り以下にして勝つかを求めるような戦略家とも言える
そんな彼がアイリスのことを憎からず思っているのをみていて彼女を傷つける真似はしないと安易に予想がついた、そんなマスターの考えを知ってか知らずか排気をつきつつも満更でも無い顔をした彼は「ほらいくぞ」と手を差し出した、彼女はよたよたしい足取りで彼の手の中に座り込めば短い挨拶と共に出ていってしまうのだった


「もうすぐ着くぞ」

店からすぐ近くに住んでいるとはいえ人間の足であればとてつもなく長い足取りになる場所にデッドエンドは徒歩で向かってやった
手の中のアイリスも夜風にあたり少しばかり酔いはマシになっているようだがデッドエンドの手の中で眠たげに顔を擦り寄せていた、こちらの気も知らずに彼が顰め面で歩いて見えてきた彼女の家にこの熱がもうすぐ離れるのが少しばかり恋しいとも思える

「ねぇデッドエンド、人間のカクテルにはね意味があるって知ってる?」

アルコールに酔わされた彼女がいつもよりも艶めかしいような表情と声で言い出した、人間の文化などに精通しているわけではないデッドエンドはいや とつぶやくように言った
それ以上の言葉が出てこない彼女に何が言いたいんだとおもって足を止めて見下ろしていれば百面相のように顔色を変えてあーやらうーやらと唸り始めるのでいよいよ今日の酒は相当強かったのかと心配してしまう

「大丈夫か?」
「私が頼んだアップルフィズにも言葉があるの!」

そんな心配を他所に話を続ける彼女、てっきり言葉の意味を教えてくれるのかと思えばそれはまだ伝えてくれないようでさらに顔を林檎のように染め始めるもので要領が得ないなと呆れて彼は検索をした

"振り向いてください"

彼がそのカクテルの意味を知ったと同時にアイリスは同じ言葉を口にした、真っ赤な顔で消え入りそうな声で
それがどんな意味なのかとデッドエンドは聞かなくても理解してしまいそうだったが勘違いしてはならないと自分に言い聞かせた、確証が持てるまでは決して浮かれてはならないと

「それはどういう意味だ?俺はお前のことをみてるだろ」

今も店でも 嫌という程捉えてる筈だといえばアイリスは顔を俯かせて手の中で困ったような態度を見せるがデッドエンドは自身の勘違いでなければ9割以上こちらが思ってる通りだろうと予想出来た、イヤでも上がる口角をどうにか押さえつけていれば手のひらで突然立ち上がったアイリスは軽くバランスを崩すものだから思わず驚いてデッドエンドは彼女の背中に手を回そうとした

「こ、こういう意味だけど」

それまでの意地悪をしていたデッドエンドはおもわずフリーズしてしまう、自分の唇に残された柔らかな感触と感じるアルコールや柔らかなシャンプーの匂い
これ以上赤くなると人体として大丈夫なのか?と聞きたくなるほど耳も首も顔も赤くしたアイリスが問いかけた


今日もまた騒がしいバー・マカダムでアイリスは忙しなく働いていた、デッドエンドはいつも通りの席に座りながら喧騒の中静かにグラスの中身をゆっくりと飲み干していく
ちょうど空になった頃戻ってきた彼女がオーダーを作っていく中でついでにとデッドエンドのグラスにエンジェックスを注いだ、デッドエンドはアイリスに「落ち着いたらなにか飲んだらどうだ」と提案すれば感謝の言葉が返される
配膳ロボ達にカクテルを乗せて見送ったあとようやく落ち着いた彼女は小さく息を吐いたあとカウンターの下に潜り込んで1本の白いボトルを取り出した、コルクを器用に外して彼女はグラスに軽く注いで「乾杯」と短く告げて互いのグラスを重ねた

「それで?今晩はそういうことか」

楽しそうにそういったデッドエンドにアイリスは何も答えずに顔を少しばかり逸らした、彼女は話さなくても酒は随分と素直だった
白いボトルに書かれた"シェリー"という名前、さらには彼女が忙しなく働いてる時にパーセプターから明日は定休日だといわれたことなどを合わせると期待しないわけが無い
カウンターに手を置いてみればアイリスは顔こそ向けないがデッドエンドの指先に軽く触れた、その手の熱は今すぐ溶けそうなほど熱くて思わず笑ってしまうのだった、かわいい人よと


-

- 65 -

←前 次→
top