恋というものをしたことはなく、今後もする事もなく自分には恐れ多いものだとさえ感じていた、それでもそう言った感情は突如現れる訳でありその相手というのもまた予想を遥かに超えた存在だと彼は思ったことだろう
パタパタと一風変わった小気味よい足音を立てるのは機械では無くヒトであった、医務室の自動扉が開くと同時に飛び込む彼女に目を丸くして何事かと思いきや彼女は彼らにとってはあまり縁のない紙媒体の雑誌を広げアンブロンに見せつけた
「ねぇみてよアンブロン!」
「なんだ、今ちょうど患者のカルテのまとめ中で」
「それよりこっちをみてよ、お願い、ねぇ」
自身を誘う声に悪い心地はせずに仕方なく彼は紙雑誌を手に取り何事かと見つめた、前ページがカラフルなもので女性向けと言われるそれは有機生命体向けの服や食品など様々なものが掲載されており時折付箋が貼られていた
彼女はこうして気になるものを付箋で張る癖があるようで時折雑誌を持ち歩いた形跡が船の中に残されている時があった
「これが…どうしたんだ?」
「もう、ちょっと抱っこして」
「あっあぁ」
未だにヒトを抱き上げることに慣れない、というよりも怖くて堪らないのだが彼女は何を想っているのか気にもせずにアンブロンの差し出した手の中に潜り込んでは二人で見られるように位置を整えて再度雑誌に目を通す
だがしかしアンブロンのオプティックには雑誌よりも彼女の横顔に夢中になっていた
細い綿棒以下とも感じるような指先が紙の上を走る、爪先はまた色を変えておりオレンジ色に彩られて彼女の指先を血色よく魅せるものだと感じたがアンブロンにはいえなかった
「ほらこれみてよ」
彼女の声に意識を戻しその美しい痛みも傷も知らない指先が案内するものを見つめれば女性向けなのか華やかなフォントで"いま流行りのカフェ特集"と掲載されておりその中のひとつを案内した
「次に着く惑星にあるらしいんだけど、アンブロンと一緒に行きたいの」
甘い彼女の言葉に彼が断れる訳もなくカメラを拡大して場所を見つめると確かに次に立ち寄る惑星の名前であった、観光地であり娯楽施設も多いため滞在期間も多めに取ると船長が言っていたことを思い出し彼女も浮かれて雑誌を取寄せて調べたのだろうと安易に想像がつき笑みが零れそうになる
前職に比べては遥かに仕事の忙しさはなりを潜めて反対に優秀な人材に挟まれたせいで殆ど必要とされないのではないかと感じるほどだった、彼女の星のように期待に輝いた瞳がアンブロンをみつめ期待したような瞳で見つめるため彼は「一緒に行こう」と返事をした
「明後日には着くみたいだからそれまでにホログラムの用意をしててね、トランスフォーマーは入れないお店だから必ずね」
それじゃあ。とただ誘いに来ただけの彼女の背中を呆れたように見つめて苦笑しつつ手に残された雑誌を覗きみれば付箋が落ちてしまう、どこに貼られたものだったかと思いつつ拾うついでにみえた足元に顔をあげればバイザー姿の同僚…もとい現在ロストライト号にて医療チーフをしているファーストエイドが見下ろしていた
何事かと思い仕事はちゃんと進んでいると言おうとすれば彼は先に「相変わらず彼女と仲がいいですよね」といった、別に普通だろうと愛想のいい彼女の笑顔を思い出し呟こうとするも内心自分だけが彼女の特別だと願うように「まぁ…な」と曖昧な返事をしてしまった
ホログラムという機能は搭載こそされていても利用するなど滅多になかったアンブロンにとっては不可思議に感じられた、精神面が反映された見た目になるとのことで人によっては女子供、はては赤ん坊にさえなる場合もあるので自身は一体どんな見た目になることやらと多少の不安がありつつも当日アンブロンのホロアバター姿を見た彼女は少々惚けた顔をしたものでやはりおかしいのだろうかと思いきや「素敵だよ」と嬉しそうにそういった
その言葉にこそばゆく感じたアンブロンはただ一言の感謝の言葉しか浮かばずにいれば彼女に手を取られ早速行こうと大きく足を伸ばす
初めて味わう距離や温もりに違和感というよりもまるで夢心地だった、惑星自体はトランスフォーマーも歓迎ではあるものの大抵の店はちいさく入れるようなものではなかった、元より規格外のサイズをしている上に戦争ばかりしていた彼らサイバートロニアン及びトランスフォーマーが禁止の場所は少なからずあるがアンブロンの生活においてホロアバターを用いてまで足を運ぶ必要のある場所に行くことは無かったのだ
ふと自身の見た目を気にしてみつめたショーウィンドウの中にある商品が彼女に似合うと思っては自分らしくないと思い顔を勢いよく背ければ丁度彼女と視線が交わる
「あそこだと思うから、ほら、行くよ」
少し先を歩いていた彼女がアンブロンの手を強くとった、普段どれだけ触れられてもちいさいと感じていたはずの手はホロアバターのアンブロンの手よりも小さい筈が力強く大きく感じられた
揺れる彼女の髪を見つめながらされるがままの彼は後を歩き出す、メルヘンなドアを開けた彼女はこれまたファンシーな服装の店員に人数を告げて席に座る
周りは人間ではないにしろ明らかに女性体ばかりでアンブロンは自身の不釣り合いな身なりに今すぐ店を出ていきたい気持ちになるも向かいの席の彼女は嬉しそうに口角を柔らかく上げて、眼が合えばさらに優しく微笑んまれれば小恥ずかしく感じられ視線を逸らしメニュー表に視線を移すも彼女は気にもせずに注文を進める
「ココアと…あ、ホットチョコレートを食後に」
何も言っていないと思わず向かいをみれば去りゆく店員の背中をみつめた彼女がアンブロンの目を見た
「どっちがいいか、選んでいいよ」
コーヒーや紅茶がある中でどうしてそんな選択なんだと言いたくなる気持ちがありつつも結局何も言えずに彼女の声に相槌を打ちながら窓を見つめる
20代の女性と30代の男性が窓ガラスに反射している、ライトブラウンの髪色の上部分は黒くまるで染具が落ちたようだったがそれは自身の機体に似ていると思っていれば彼女の視線が窓ガラスに移されて二人はガラス越しに目を合わせた
「素敵だよアンブロン」
「…ありがとう、君も素敵だ」
「でしょう?今日の為に下ろしたんだよ」
何を…と聞く前にそうだ人間の言葉で下ろすというのは新しいものを使う時にも利用するんだったと思い出す
向かい改めてみて、彼女の足先から頭の先まで何が新しくなったのかとみる、服は毎日違うのだから見覚えのないものばかりだが凡そその中の一つなのだろうと感じて観察するもそれは大きな山によって遮られてしまう
大きなトロフィーのようなパフェグラス、溢れんばかりのアイスクリームと生クリームとフルーツに挙句の果てに花火がチリチリと火花を散らしており目を丸くする
「これは…なんていうかえらくすごいものが来たな」
「喜んでくれるかと思ったのに」
「喜びよりもみんなびっくりするだろ」
現に店にいた客はそれが通るとみんな視線を一度はやった、彼女より高い身長であるため座高もあるはずだが彼女の顔はそのスイーツの山の奥に隠れてしまう、白いアイスクリームや生クリームはまるでかつての自身の勤めていたデルファイのあった惑星メッサテインを彷彿とさせるもので懐かしさを何処と無く感じる
完全に事切れた手持ち花火を彼女が抜き取ってグラスの足元に置いた
「ほら食べて、あなたのために来たんだから」
じゃなきゃあ私が食べちゃうよ。と言いながら細長いパフェ用のスプーンで山を抉る彼女に困惑を隠しきれずにアンブロンも手を進める
トランスフォーマーの姿では味わうことの出来ないものに感動を覚えつつその山を切り崩していく度に彼女の顔がゆっくりとみえることに楽しさを見出して手口を進める、半分にも行かぬうちに彼女は「もうお腹いっぱい、あと食べて」というものだから呆れてしまうものの元より少食気味の彼女には到底難しいものだったと思いパフェグラスを自身のそばに寄せてアンブロンは咀嚼する
コーンフレークに白玉にゼリーや大きなフルーツ、進めば進むだけ変わるその姿はまるで普段の彼女のようだと思って向かいを見れば彼女は唇に色をつけ直していた
気付けばアンブロンの手にしていたパフェスプーンがかつん…と音を立て、グラスの中が空になったことを伝える
「無くなったみたいだな」
「すごい、本当に完食しちゃった…身体大丈夫なの?」
「ホログラムだから実際のボディには影響されないはずだ」
「食べたものはどこに行くの?」
「このボディ自体に排泄や消化機能は無いから自動的にエネルギー変換にされると思うが」
「それなら普段からホログラムで食べまくったらあなた達飢えないんじゃないの?」
「サイズが違いすぎるだろう、エネルギー問題がそんなに簡単に解決するなら誰も困らない」
なんだぁ…と化学も医療もさっぱりな彼女は残念な顔を浮かべるのをアンブロンは苦笑して答える
空になったグラスを下げに来たスタッフが手に奇妙な機械を持っており説明を始める、完食したグループに記念で一枚写真を撮るのだといいアンブロンが悩むうちにアイリスは笑顔でそれを頼めば隣にやってきて腕を取られる、やわらかな人の身体が寄せられるのは普段からあるというのに普段と違う距離感や感じ方に思わず驚いていればシャッターは切られてしまう
「彼氏さん照れてそっぽ向いちゃってますよ」とヒラヒラとした衣類を身に纏う店員が笑って一枚の写真を手渡して奥に戻っていってしまう
彼女は受け取った写真を見つめては嬉しそうに微笑むものだからそれだけ喜ぶのならもう少しちゃんとすれば良かったと僅かな後悔を感じる
「そんなに嬉しいものなのか」
「うん、だってこの姿のあなたとは初めてだし普段も中々撮れないでしょ」
そんな感想にますます悪いと思っていても彼女はこれがアンブロンらしくていいと呟いた、一枚しかない写真が正直なところ惜しくてたまらない
口にこそ出さないが自分もその写真が手に出来れば肌身離さず持ち歩くからだ
ふと現れた店員が湯気の立つドリンクを二人の間に置いていき愛想もなく去っていき彼女は片方を持ち去っていく、残されたのは白いハート型の菓子が浮かぶ茶色の液体…正式名称はホットチョコレートであった
一体全体これはなんだと思いつつ彼女をみればニコリと笑みを向けるだけで仕方なく口に運べばまた先程食べたものとは異なる甘みが広がる
「好きでしょ?甘いの」
「あぁしかしこんなにずっと甘いものばっかり」
「好きな物食べてるアンブロンが見たかったしさ」
彼女はココアの中にミルクを注いでティースプーンで掻き混ぜる、続きの言葉を待ちつつホットチョコレートをホログラムの胃の中に流し込んでいき見つめる
「好きな人とこういうとこ来るのが夢だったから」
思わず動揺して軽く液体が手に持っていたカップから溢れ流し込む途中だった液体が器官に入り思わず咳をすれば彼女はクスクスと笑みを浮かべるがアンブロンのホロアバターは動揺からか歪な音を立てた
「まっ、またいつでも来たらいいだろう」
なけなしの反論を彼はしてみるも彼女は恥じらいなど何も無く
「じゃあ次は恋人として来てくれる?」
もう参ったと彼が思う時にはホロアバターは随分と歪んでいた為必死に窓ガラスをみつめた、そこに映るは人の姿をした仮の自分で、出来ることなら本来の姿でと言いたい気持ちは言葉に出来ずに飲み込まれ彼女の言葉に返事も出来ずいれば足元に刺激を感じれば薄オレンジのパンプスが当てられる
「その為に今日は靴を下ろしたんだけど感想は?」
「…ホロアバターは無しじゃデートはダメか」
もう観念するしかないとアンブロンはそういえば彼女の顔は晴れやかに変わりティーカップに嬉しそうに口をつけた、言葉は帰ってこなかったがどうやらいいのだと察してアンブロンは自身もたまには医療者向けの雑誌ではなく娯楽雑誌を買って読まねばならないなと感じつつ恋人になってほしい彼女を見つめて好きだと言葉にはまだ出さないようにティーカップに口付ける
どうせ言うならばもっとロマンティックな方がいいだろうと彼なりの乙女心を考えながら慣れぬホロアバターの身体をまた揺らすのだった
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