彼を例えるなら紳士だろうか、はたまた自分を溶かす毒や溶岩だろうか、それとも…
目の前にいる数mに及ぶ大きな金属の恋人、正義の味方サイバトロン戦士のマイスターをみてアイリスは密かに思っていた
家出少女の自分を保護し静かに味方になって傍に居てくれた彼に恋をしないわけがないのだと、例え互いに異なる種族だとしても、根本の魂は混じり合う
案外マイスターは彼女の気持ちに同情や情けなどではなく素直に異性として同じ気持ちだと応じてくれた、その為2人はなんの障害もなく仲睦まじい異種族という変わり種の恋人になったのである


・・・


「どうかな」
「うん、とっても美味しい」

また一段と美味しくなったと思いながら素直に目の前のマグカップの中で湯気を立てる茶色の液体-甘く加工されたカカオの香り-を見つめた
初めて彼と出会ったのは冬にさしかかろうとした寒い夜の時だった
息が白くなる夜の日、彼女は戻る家もなくニューヨークの街の隅でネオンに光る看板やアベック達を鋭く睨みつけていた、そして静かに目の前に現れたポルシェのドアに好奇心から手を触れた時、高級車の割には簡単にそのドアは開いて彼女を誘う、永らく外にいた彼女の体は少しだけ温もりを取り戻し胸をほっとで下ろした時"ソレ"は声をかけた

「こんな夜更けに可愛いお嬢さんが一人とはどうしたんだい」

思わず彼女は飛び起きて後部座席をみつめるが誰もいない、助手席もダッシュボードも足元も当然居なくて彼女は怯えながらもしやエンジンか後ろの荷台かと思えばポルシェは彼女を抱えたまま形を変えてバイザー姿のロボットになった

「今晩はお嬢さん、あぁ驚かないでおくれ…と言うよりも驚きたいのは私なんだがね」

こんなかわいい車泥棒に襲われるとは と彼は付け足してバイザーをしているというのにウィンクをしたようにみえたのは何故なのだろうか
呆然とその金属の腕の中で立ち尽くすまだ幼さを残すアイリスは開いた口が塞がらず彼を静かに見上げた、機能停止してしまった彼女にまさかここまで驚かれるとはとマイスターは内心焦りを覚えた。人間はあまりに驚きすぎると心臓が止まってしまうことを知っていたからである、もういっそラチェットを読んでやらねばならないか?と不安を感じるほど

「あー、そのすまない、大丈夫かな?」

マイスターはなんとか人間のように態とらしい咳払いをして目の前で何度か手を振ればようやく意識を取り戻したらしい彼女はマイスターを足先まで眺めて最近噂のトランスフォーマーかとゆっくり理解した

それ以来二人は友人になった、行くところの無い彼女をサイバトロンが保護という名目で住まわせ、一体と一人はルームシェアをはじめた
そうして簡単に距離を近づけた二人が異なる種族ながらも互いを思い会うのはやはり簡単かつ自然なことである、いつの時代どんな種族でも時間を過ごせば情が湧くのは一般的なことだろう
マイスターはアイリスにそれはもう好意的に接したし恋人のいた経験のない彼女からしてみても彼の言動はとても優しく甘くまるで壊れ物を扱うようなお姫様を扱うような甘く優しい砂糖菓子のようなものだった
また彼はサイバトロンの副官というポジションであり多忙な筈だが決してアイリスを蔑ろにはしない、出来うる限りプライベートの時間やそれ以外でも注げる時間を積極的に彼女に使った、この二十二時の二人きりの禁断のティーパーティなんてのは特にだろう

「ほらアイリス口元が汚れているよ」

彼の耳に心地よく響く声を聞いて彼女が顔を上げればマイスターは子供を見るように笑ってその大きな金属の指で彼女の口元を拭った、そしてそのココアが付着した指を自身の口元に持って行ってはペロリと灰色の金属の舌で舐めてしまうのだ

「美味しい?」
「私には少し甘いくらいだね・・・多分」

超ロボット生命体の彼が人間のものを口に運ぶのはあまり良くないと軍医であるラチェットがいっていたがあの程度ならば問題がないのだろう、多分 と彼が付け足すのは人間と彼らでは味覚が異なるからである、きっと彼が美味しいと判断したのは総合的なもので実際は成分分析などがその複雑な機体の内部でされていることだろう、それに彼の回答に関しては確かにアイリスがエネルゴンを食べても美味しいとは思わないのだから同じような答えになることだ、それでも彼は否定の言葉は述べずに彼女に付き合った

二人しか居ない部屋の中で一時間ほど話をしながらティータイムを終えるように彼女は最後の一口を飲み干して口元を拭った、ペーパータオルには薄い茶色が付着してそれさえ勿体ないと思うほどである。
マグカップを手に持って部屋についている人間用のシンクに置いてくれたマイスターは明日はもっと美味しく出来たらいいなという、これ以上美味しいだなんてどう作るのだろうかと彼女は思っていればマイスターは「どうしたらいい?」と愉しそうに質問をした
うーん・・・うーん、と唸る彼女が小さな頭で浮かべた答えはひとつである、それはよく言うことだろう

「愛情を入れるとか?」
「おや、入れ忘れてたかな」
「あぁそうじゃないのごめんなさい」

彼の小さな微笑みに悪い事をしたと彼女は顔を顰めた、けれどマイスターはそんなわけが無いことを理解しているため彼女の頭を撫でながら顔を近づけて彼女の耳元で誘う様に囁いた

「それとも足りなかったかな」

彼のバイザー越しの整ったアイスブルーのカメラアイが彼女の視界に入った時その唇に金属が押し当てられた
自身が先程まで飲んでいたせいか、はたまた彼が舐めとったせいなのかココアの味が小さく口内にふわりと広がる、アイリスはマイスターのボンネットを小さく叩いた、それを合図に彼は小さく笑って彼女を抱えた。どうやら甘いものはココアだけでは足りなかったのかと考えて

「明日はね、もっと熱くて甘いココアが飲みたい」
「あぁもちろん、うんと甘くてうんと熱くて火傷するくらいにね」
「火傷したらちゃんと治してね」
「・・・こうやって?」

もうばか とまた彼女は恥ずかしそうにマイスターの唇を手で押しのけた、ティータイムが終われば後はディナータイムと洒落こもうなんてマイスターは柔らかなベッドに彼女を下ろした明日もまたココアを入れてあげると約束をしてその小さな身体に熱を順番に落としてゆく




相互サイト:ハッピーエンドがわからない様(暁光さん)へ捧ぐ

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