アルジュナ


※生前話
※アルジュナ側の話
※相変わらずマハーバーラタはまだ読めていない(少しの知識とwikiのみ)



















盲目の王ドリタラーシュトラの元に2人目娘が生まれた
百人の王子を持つドリタラーシュトラからしてみれば、女は喜ばしいものだった
もちろん王権の意味もなく、王位を継ぐことも何も出来ず戦にも出るわけにはいかないが、それでも女が生まれたことに彼は喜び娘に澪と名をつけた
澪はガーンダーリーが女神の手によって授かった子であった

人々に愛される心と美しさを持った澪は太陽が天高く登った朝に産まれ、その時彼女の周りには百の王子、姉であるドゥフシャラーは勿論、そしてパーンダヴァの五兄弟たちに見守られいた
生まれ出てきた時彼女の耳には飾りが付けられそれは誰も外すことは出来ず、女神からの祝福の証だと心して喜んだ

そしてドリタラーシュトラはアルジュナを呼んだ
他でもない誰よりも飛び抜けた才をもつ一人を、産まれたばかりの彼女を抱かせて彼にいった


「この娘はいつしかお前の心となろう」

と、まるで分かりきったかのように
アルジュナはその小さな赤ん坊を見つめてその叔父の言葉を深く心に刻んだ




「澪…何をしているんですか」

「ひゃあ!」

少女が一年一年と歳を食う度に美しく彼女は成長を遂げた
だが誰もが娘を愛したゆえに、誰も彼女に世界を教えることもなかった、たった1人だけでいつも同じ国を見渡せそうなほどの絶景の部屋の中で大きな窓から見下ろす世界はまるで一つの絵のように感じたのだろうか
彼女の部屋に来るのは世話係か、アルジュナくらいだ、ほかの王子でさえ彼女の元には許可なしには簡単に入れなかった
好奇心が旺盛になっていけば彼女は下に行こうとする、その時もそうだ
アルジュナの来る前に外に出ようとしていた彼女は窓を開けていたが驚き声を上げた


「また、ですか」

「だって、お父様もお母様さえ外には行かぬよう言うのよ、アルジュナだって連れて言ってはくれないじゃない」

「外には出ているじゃないですか」

「それは、お兄様とかアルジュナとでしょう?私は一人で外の世界を見て回りたいのよ」


そういって膨れる彼女に毎度困惑したように彼は眉を下に下げる
彼女の全てを叶えてやりたいのにそれだけはしたくないと思えるのは汚い自分の欲望のせいだと彼は理解していた


「いつか、王からの許可が出た時なら」


そう言って知らぬふりをする、細い髪に触れる度美しい白い肌に触れる度、それだけで欲望は渦巻く
醜く落ちたその感情は広がるシミのように



「いたっ」

「澪?」

「…切っちゃったみたいごめんなさいアルジュナ」


手に持っていた書物により清らかな美しい肌に赤い雫が浮き出ていた
唾液を飲み込む音が広がった気がした、思わず彼女を見つめて傷の手当をと考えていたはずだった、白いその指を口に含み舌が雫を舐めとった、甘い甘美な果実の様にそれは広がった、恐ろしい程に体に熱が籠る
ダメだと、分かっているはずの気持ちが鎖から放たれそうになった時だった


「アル………ジュナ?」


酷く驚いたような娘の顔
美しいその頬を…そう思っていたが頬を強く叩いた、驚いた澪の声も聞こえずに


「すみません…少し疲れていたようで、もう戻ります」


そういって、行ってしまった彼に驚いた澪は置き去りのままでいた
彼の行動に驚いたが嫌悪がなかったのは彼が安心できる異性であるからだろう


自身の熱を覚ますためといえ、想い人に彼女を選んだとはとアルジュナは吐き出した欲に嫌悪した
醜く、酷い人間に見えて自分が仕方なかった、彼女も、いつも触れる肌さえ直ぐに思い出せたのは側に居たからだろう
悲しい程に自己嫌悪に浸りながらも思いは消せず、脳裏に縛り付けられたように笑う無邪気な優しい笑顔

それを乱し狂わせたら美しいと思えないか?と誰かが囁く気がした
愚者であるのは自身であるかと彼は棚のものを床に投げ落として我に返る、いつしか狂いそうで怖くてたまらなず、その夜を過ごした





「ねぇ!アルジュナみて!私凄いでしょう?」

「ええ、素晴らしい騎乗の心得があったのですね」

「ふふ、この子は優しいんだもの、ね?」

満天の青空といえようその日、王ドリタラーシュトラの命で選ばれたアルジュナは澪に馬の乗り方を教えていた、小さめの馬にしろと言ったのに聞かず
どの馬より気性が荒く、アルジュナ達でもいうことを聞くか聞かないかと言うほどの馬を選んだ彼女は瞬時に乗りこなした、彼女に似合わぬ巨体の馬は嬉しそうに鳴いていた


「ねぇ、アルジュナ私泉に行ってみたいわ!さっき馬小屋の御方が『少し東にある泉は大変美しい、よく太陽の光が当たり煌めいている』といっていらしたの」

「それは、許可がなされて…」


「構わない、王には私からいっておこうアルジュナ、何かあれば彼女を頼むぞ」


澪の言葉に何があるかわからないと思い踏みとどまり言おうとしたはずが、ユディシュティラが現れ優しくいった
兄弟である彼らはアルジュナを澪のそばにおいた、それは言わずともアルジュナと澪は結ばれるべき者だと信じていたからだった、無邪気で美しい娘澪、誰もが一目置く素晴らしい英雄アルジュナ
そんな2人を人々は望むのは当たり前であるのかもしれなかった

アルジュナは考えたあと、夕刻には戻るように告げた
戻らなかった場合はすぐに探してくれと伝えた
その言葉に頷いたユディシュティラにアルジュナは澪を連れて馬を走らせた





東の森の奥だった
そこだけ太陽の光を浴び美しく輝いていた
澪からみればそこは自然の宝箱のように輝きに満ちた場所に見えた、外の世界に直接触れることが少なかったゆえだろう


「澪?!」

「ほら、アルジュナもきてよお父様も誰もいないのよ!怒られたりしないわ」


そういった彼女は履物を投げ置いて
王族の娘であるというのにまるで村娘達のように水の中にはいった
衣類が濡れるというのに彼女は気にもせずに、太陽の光当てられ光る黄金の装飾品たちに水を浴びる澪の姿に目を奪われる、ふと気づいた彼女は笑いながらいう


「ほら、来てちょうだい貴方の息抜きに来たのだから」

「ですが」

「アルジュナ、ちょっと」

「はいっっ!?」


近づいてきて手を振って呼んだ彼女に気にもせず、近づいた途端だった泉の中に落とされる
衣類が濡れて張り付く、気持ちの悪さに文句を流石に言いたくなったが彼女は楽しそうな幼子のように笑っていた


「ふふふふ、やった!大成功ね」

「全くあなたは、はぁ」


その様な顔で文句を言えぬとアルジュナは思わず声に出そうになった、それから数時間もその場にいたが雲行きが怪しくなっていった
流石に夕刻の前以前に天候を気にしてアルジュナと澪は馬を走らせていたが大雨が降り始めた、帰るためにもまだ道は半分以上があった
通り雨だと思い近くで雨宿りをさせてもらったというのに、一向に止まぬ雨


「こりゃあ、明日の朝までですなぁ」

「私たちは帰りたいのですが」

「この雨じゃ危ないですよ、あんたら服も濡れたまま…今日は泊まっていきなさい」

「ですが」

「アルジュナ、私からお父様たちにはいうから…今は病に掛からぬよう暖をとらなきゃ、貴方寒さで震えてるじゃない」


約束事を守るアルジュナであったからこそ、そのような事は許されなかった、というよりも澪を何より心配していたが、反対だった
アルジュナの唇は薄い紫が混じり寒さに小さく指先が震えていた、澪の手が重なり握られようやくそこが冷えていたのを理解して
彼女を見つめれば柔らかく笑いそれ以上言えぬままとなった


小さな部屋の中、ヴァイシャの身分である人々の家に寝泊まりをするのは初めてだとアルジュナも、また澪も少しだけ興味深生活を見てしまう


「あなた方は、クシャトリヤでしょう」

「えぇ、ドリタラーシュトラが父である澪です、こちらはパーンドゥが父、アルジュナであります」

「澪、そういうのは」

「なんと!!!あのっ、おぉどうされましょう…まさかこのような見苦しい馬小屋のような家にあげるとは」


そういった老婆は慌てるが澪もアルジュナも何も気にはしなかった
人それぞれの生活を見ることは大切であるからだ、それこそ身分は関係がなくなるほどに
慌ただしい老婆を見ながら与えられた食事を口につけ、暖かな衣類に身を包み2人は止まぬ雨を見た



「もうすぐ、ドルタラ様の娘様…ドラウパディーの婿選びでしょう?」

「…なぜそれを」

「兄上様達が噂していたから、私の兄弟達も複数名参加するから」

「えぇ、それが?」


突然切り出されたその話にアルジュナはその話の結末の予想もできずに澪の話を聞き続けた
そして、彼女は恐る恐るいった


「もし、ドラウパディーがね奥様になられたとしてもよ」


目の前に座る澪はアルジュナの手を握り恥ずかしそうにいった


「それでも、私とは真の友でいてね?」

「えぇ、当たり前でしょう」


すぐそう答えたアルジュナに彼女は心底胸を撫で下ろした、彼女の世界は父と母以上に傍にいるアルジュナだけだったからだ
雨の音に駆られてゆっくりと眠る澪をみた、今の状況下実際パーンダヴァ五兄弟の肩は狭いばかりだ、それでなくても百王子の愛する妹(姉)である彼女はアルジュナにベッタリと離れず、オマケに武術の才も優れた5人、誰もが尊敬するがそれゆえ醜い感情は出る

だと言うのに、澪とこうして約束事を破っている今どうしたものかと
眠る彼女の顔は穏やかで心を落ち着ける香のようだった、愛おしいと思えば思うほど彼女に対して苦しみが溢れた

それはあの日あの時の武術会のせいであったか、カルナ…昔出会い一目見た時からきっとこの男とはぶつかり合うことはわかっていた
そんな男に彼女は無自覚の恋をしていた、苦しくてたまらなかった、なぜあの男かと、なぜ愛憎の混ざり続けたあの男なのかと




「かる……な」


求めるように動くその手も、奏でる歌のように美しい声も、祝福をするにはあまりにも…酷だった
指先が薄らと髪を撫でるどのような夢を見ていようと今この空間がこの時間だけは確かなのだと証明した
早朝太陽が登る前に出た2人は戻ったが、誰も二人を咎めることはなかった。





それから数日後、澪にとっては予想通りの婿取りの結果だった
彼らの話ではドラウパディーは五人共通の妻となったと話した、彼らの母であるクンティーにとっては、まさかこのようなこととは思わなかっただろう
無事に五人の妻となったドラウパディーと親しくなることは澪にはなかった、ゆっくりと邪悪な雰囲気を帯びゆくパーンダヴァ五兄弟と、100人の王子達
そんな時に賭博であった、ユディシュティラは賭け事に負けた結果、13年間外で生活をすることになったと


「お父様、許してください!そんな…ひどいです」

「澪…愛しい娘よ、これは王子達とお前の叔父、シャクニの招いた結果…そして奴らは負けたのだ」

「ならば、私も…」

「ならん、理解せよ我が娘」


その大きな手は泣き続ける娘を慰めるだけであった
追放日の前だったアルジュナはドリタラーシュトラに頼み澪と顔を合わせることを望んだ
それを最後の望みだと聞き、アルジュナに澪をあわせた



「私も行く」

「ダメなんです」

「……どうしてなのよ、あんな賭け事」


泣き続けていた彼女の目は赤く充血していた、アルジュナにとってそれだけで心は痛みに悲鳴をあげる
髪を撫でいつものように慰めようとしたが、その手を跳ね除けられ、驚く前に彼女に手を取られいわれる


「っ、待っているから…私の、私の友はあなたしかいないんだから」


その言葉だけを生きる糧にした
愛する女性を作り、子を為しても、心を捧げた者だけは忘れぬためにとアルジュナは願い生きていたはずだった

遠くの話だった、ドリタラーシュトラの娘澪は大英雄カルナの結婚をしたと
もう時期追放時は終わる、そうすればまたあの愛する娘に会えると思えた、だが心の底からそのカルナとの結婚を祝えなかった、花嫁として笑う彼女は美しかったことだろう
毎夜夢で見る彼女は美しく清らかな聖女であった、手を伸ばしても届かないような、そんな美しさである


13年の追放を終えてからだ
彼女を目にしたのは、王国返還を求めに行った時だったドゥルーヨーダナの話の前に彼女は1人昔と同じように、外を見つめていた
長く伸びた髪に、歳を重ねるごとに妖艶さを兼ね備えた彼女を誰もが目を奪われることだろう


「…澪」

「アルジュナ?…アルジュナね!おかえりなさい」


変わっていないその声に懐かしい笑顔、幼い子供のように飛びついた彼女をだきしめ、背中を撫でた
柔らかな匂いと髪の柔らかさに心地よさを感じ、彼女と額に口付けを落とした


「お兄様に…あいに、いくの?」

「えぇ、王国の返還を」


その日来た理由を述べれば彼女はあまりいい顔をしなかったのは、その時はわからなかった
アルジュナにとって、それ以上に彼女だけが大切だったからだともいえようことか
彼女の指先には美しい赤い指輪がはめられていた


「あの男と結婚を?」

「うん、カルナは素敵な人よ、そうだ今度3人で……アルジュナ?」

「すみません、そろそろ行ってきます」

「…わかった、じゃあね」


あの男の話をする度に紅潮する頬、蕩けたような瞳、全てが女に変わる彼女をみたくないような、カルナの為だけに笑い幸せを語るのだけはどうも好めないでいた

だからこそだろうか、腹の底からあの男を殺してもいいのではと願うのは、戦意喪失をしていた時小さくクリシュナは背後から語りかけた


「彼女のために、戦えばいい」


手段など選ばずにお前の正しいと思う道に、矢を討てばいい

そういった奴の声がどれだけ危険なものか
17日目のあの日、カルナの首が落ちた
総司令である彼が死ぬことにより、勝利はまたパーンダヴァ側に回っていった

戦争の勝利を着実に手に入れたその先で、彼女は泣いていた
あの男の遺体を抱きしめて、名を呼んで涙を流した、誰もが愛する人を亡くしたと分かっていた
戦場終えたその場で、彼女は転んで足を怪我をして返事のない者の声を呼んだ
ようやく見つけたその男の胸で彼女は泣いていた






「髪の毛を切りたいなぁ」

「…長いのには飽きたんですか」

「それもあるけど、新しい道を進むためにスタートしたいから」



そう言って笑う彼女が身に纏う花嫁の服は輝いていた
カルナをなくし、あの大きな戦争を終え国はまとまりを成した
その先でアルジュナは彼女に求婚をした、悩んだ挙句答えは肯定の意を受けた
カルナを忘れない時は彼女にはなかったことだろう、アルジュナを憎んだことはなかったことだ
ただ自分の力のなさに後悔し悔やみ嘆いたことか



「…だからね、アルジュナ…貴方は悪くないのよ」


寝台の上でアルジュナに跨った澪はいった
胸に突き刺さる重たい矢はあの日カルナを殺したものだった
恨みではない、愛ゆえのことだ、澪は優しく微笑んだ


「貴方も、カルナも…私は愛しているのよ…それこそ、私あなたが……初めて好きになれた人だったから…だからね、おやすみなさい私の…愛おしい…王子様…好きよ、愛してるの…ずっと…貴方も…カルナも…3人で一緒に楽園に行きましょ…ね?」


「……あぁ……澪……」


外は大雨が降っていた
鳴り止まぬ雨は2人を隠すようにずっと降り続けた
澪は冷たい彼の唇を奪いながら、そっと祈りを捧げその生涯に終止符を打つのだった。

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