土方歳三






女は笑って男に梅の花の枝を渡して言った


『どうか、これを私と思って…総司ちゃんと、近藤さんと仲良く…』


綺麗な梅は咲き誇り男の顔を隠していた
別れの季節にしてはえらく寂しくもないものだった


「あぁわかってる、大丈夫だ…だから、帰ってこい俺達は待ってるからな---」



認めたくないような男の声に目を覚ました
どうやらまだぐだぐだ時空にいたらしい、今頃藤丸兄妹は何をしているのやらと心配になりつつも、自分を囲む新選組のような…ノッブのようななにか…はこちらを見て目を覚ました彼女に喜びのような声を上げていた


「ようやく目を覚ましましたね!!」

「ん?あ、総司おはよう…私寝てたんだ」

「え…あぁ……はい、まぁなんていうか」

えらく歯切り悪そうな沖田に今の空間は理解しているが、なぜ自分が寝込んでいたかあまり思い出せずにいれば襖が大きな音を立てて、壊れるのではないかと思うほどに開かれていた


「どうしてお前がいるんだ?おい沖田ァこいつはどういうことだ」


その男の顔を見て思い出した、あぁこの男に頭に強い衝撃を与えられていたのだったかと思い出しては、頭に巻かれた包帯に触れる


「おい、こっちを見ろ」

「何?」

「………ッチ」


苛立った面構えで男は大股に部屋を出ていった、訳が分からないと思いつつも沖田から渡された軽食に胃に入れて痛み止めを飲み込む
夢の内容を見て、あぁどうせあの男と関係のあるものかと思い出して溜息をつく、良くもまぁこの状態で生きていたものだ…と思い出して出てこなかった暗殺者を思い出した


「…翁様、貴方手を出さなかったのね」

「晩鐘はなっていない」

ただその一言だけが聞こえた、あぁ彼のいうことはそれだけだそれ以上の意味などもないのだから仕方が無い
何あともあれ起き上がった、着付けられた簡易型の着物に思わず目を丸め座っていた沖田を見れば恥ずかしそうに笑った


「すっすみません…服が汚れてたんで今はそれしかないようでして」

「ありがとう総司、寝ていたのに大変だったでしょう」

「いえ、ちびノッブたちに手伝ってもらえたので」


そういえば、沖田の隣に並ぶ数匹のちびノッブたちがキラキラと輝いた目を向けていたのをみて嬉笑が溢れてその小さな頭を撫でた
一時安静とのことで、カルデアとの通信もそれとなしに問題はなく通じていた、未だ新選組と織田は同盟関係にもなれない様子であり、戦争に持ち込むほどにもいかなかった。

皆がいなくなった屯所は静かで部屋から出た先に見えた庭に咲く大きな梅の花、夢で見たものよりも大きな木で活発に咲いていた
よくみれば、自分の着ている着物も小さな梅や桜が施されていて沖田が着ているようなものとは違う華やかな女性らしいお淑やかなモノであった



「……っ。」


何かの音に思わず驚きそちらを見ればやはり土方歳三は立っていた
まるで夢を見ているかのように驚いた顔をしたがすぐに認識したのかいつもと変わらぬ仏頂面に戻ってしまった

まだ朧気な夢を見たのは彼と接触を深くしていないからだろう、英霊ごとに見る夢は違う…沖田の時も薄ぼんやりとしていた、触れ合い知り合えば互いが分かるがそれをすれば互いに戻れなくなるばかりだ

だから極力サーヴァント達とは距離を置かなくてはならない、それでなくてもマスターとサーヴァントという関係だけでも互いの過去は夢で見てしまうのだから


「…帰っていたのね、ごめんなさい」

「…どうしてここにいる、お前はあの時に彼処で終えたはずだ」

「何のことかしら」

「……黙れ忘れていろ、それと部屋から出るな目障りだ」


そう強く言った男を見ることなく静かに部屋に戻った、あぁ過去の私は随分あの男に嫌われた御様子だと深いため息をついた。
何が気に食わないのか、何があったのかすぐにわかることも出来るがそれをすればまたあの男と同調してしまうだけだった、悲しそうな憎しむような目で見つめられて、その瞳の奥に涙を流した娘がいた気がしたから。



「ねぇ総司、貴方…私とそっくりな女性を知らない?」


敢えて彼女にそれを聞いた、夕食を取ることになり土方の元にではなく澪と取ることになった沖田は驚いた様子だった
残念ながら彼女の契約者は藤丸弟くんである故に夢はあまり見ないでいたのだ、だがそれでも彼女に触れれば少しでも朧気な霧のかかった記憶が現れる


「…そ、それは」

「その女性のせいで土方は、怒ってるのでしょ?」


それは自分自身だからと澪はいう
カルデア内での澪の立場も、サーヴァントたちにとっての彼女もみんなよく理解した
だから、誰もが彼女に想いを募らせた事だろう
柊澪という存在としてでなく、過去の誰かの姿として

沖田の顔を見ればその通りだと言うような顔だった、そんなことは分かっていても言い難いことなのだろう、それほど彼にとって大切な女だったのならば起きたが知らないはずもない


「……土方さんには、1人だけ昔から心底愛した人が居たんです…綺麗な人でした」


沖田は苦しそうにその手に拳を作ったのを見て、あぁ彼女もその人が大切だったのだと感じながらも黙って耳を傾けた。


まだ新選組ができるずっと昔、道場でみんなで汗水垂らしていた時、その娘は道場にいつもお昼の差し入れをしてくれる近くの宿屋の娘だった
綺麗で笑顔の可愛らしい人だったと誰もが皆口を揃えた

だが彼女は病に晒され、村の医者に末期の癌だと告げられた、けれど村の医者じゃ助からず、京に一流の医者がいると誰かの言葉に信じた両親はなけなしの金全てを娘に渡して癌の治療費に当てさせようとした

だが娘は助からないと分かっていたため、その金を受け取れず、そして彼女は土方歳三という男に惚れた故に死ぬ迄隣でなくてもいいから見ていたい…と願ったのだそうだ
娘はゆっくり弱っていく中で彼女の父は土方歳三に会いに行き言った


『娘を愛すると言うなら、京に連れていってくれ…医者に見せてくれ…それが無理なら』

泣きながら土方の足にすがりついた彼女の父に彼は何を感じたことだろうか、愛する人は病気で死ぬ
そして離れ離れになる、少しの可能性があるならば皆娘に生きてほしいと願った


「勿論、私もそうでした」


土方歳三という男は娘に会い、言った
病を治し、そしてまた皆で花を見て飯を食おうと、だが娘は悲しそうに笑い言いました


『私はもう自分が死ぬのが分かるの、だから京に行って死ぬなら、あなたの側で死にたい』


娘の言葉に土方は何も言えずに、娘を抱きしめることしかできなかった。
それから一ヶ月ほどしてからの事だ、彼女は京に行くことを決めたそして言った


『私が生きていたら迎えに来て、そしてどうか…これを私と思って』


「梅の、花の枝を渡したのね」

「はい…その後、彼女は京に行く前に悪化し…最後は彼女は願いました『あなたの手で死にたい』と、そして土方さんはその人を自らの手で初めて人を切り殺したのです」


まるで悲劇の脚本のようだった
シェイクスピアが喜びそうなものだと感じながらその話を聞いて外に咲く梅を見た


「…あんな風な大きな木の下で…土方さんは血濡れになって彼女を抱いていました」


そういった語り部のように話してくれた彼女は泣きそうな顔をしていた、その感情がわからないわけがなかった
沖田総司は彼女を姉のように慕っていたのだから、そしてそれ以来土方は少しだけ変わったのだろう


「ごめんね、総司話をしてもらって」

「いえ!澪さんのためであれば…それに、土方さんは…待っていたいんです」

「私を?」

「はい!沖田さんには分かります!だってずっと連れ添ってきた家族なのですから」


満開の桜のように笑った彼女の柔らかな髪を撫でてそっと笑みが漏れた

月の光がやけに強く、寝静まった夜に梅の花を見つめた
忠実、忍耐、約束を守る、梅の花には様々な花言葉がある中でもそういった耐え待つことを意味する言葉が大きく現れている、日本の花らしい小さくも美しさを咲かせるそれに彼は何を思ったか
生前の土方歳三という人間は梅の花を好いたとどこかの本で読んだことを思い出し、それが今ならよくわかった


「いつまで、黙って見ているの?」

「気づいてやがったか」

見向きもせず何となしに声を掛ければ出てきた彼は昼間とは違う肌蹴た着物姿であった


「今更帰ってきたのか」

「そうかもしれないわね、貴方を止めるために」

新選組を無くしてもまだ追い求める亡霊のような男に呼び出された故にぐだぐだな時空に来たのか
はたまた、別の理由か分かりもしない、隣に珍しくたった男は荒々しい気配もなかった、見つめる瞳の奥は悲しみと寂しさと狂気を孕んでいるようにみえる


「俺はお前に伝えることなかったが」

「…なにを」

「例え、もしお前がアイツでなかろうがアイツだろうが構わねぇさ、ただ一言言わなきゃならねぇ…」


その言葉を聞いてはいけない気がした、その言葉を聞けばまるで呪いのようにこの男とこの世界に生きるかもしれない
深く知り合えば過去の自分に戻る可能性さえあるのだ、男はいくらこの女を見たとしてもその面影に深く縋り付いていた
言葉から逃れるように足を部屋に向けるその前に、腕を取られ深く背後から力強く抱かれた、当たる黒い髪に触れる体温に脳の奥で警告される


「悪かった」


愛していたのに、救えなかった己を彼は少なからず憎んだのか
悲しそうに彼は少年のようにいった、指先が震えているその手を指でなぞった手を掴まれ絡めとられる
どうせなら突き放し続けたらよかったのに、この男は鬼になりきれないのかと、小さく思えた


「私はあの子だけど違うわ」


「知るか…お前はアイツだ、今も昔も変わらねぇ梅の花の女だ」

日本のサーヴァントはあまり自己を見てくれないヤツが多い、と思うのは偏見かもしれない
だが今この男の目の前にいる自分自身は柊澪ではない、残念だが彼が生前愛していた人だった
愛されたい訳では無いが、サーヴァントである彼らがそう認識して接する度に自分が消えてしまいそうで怖かった、自分は母でも子でも妻でもましてや友でも何にもなれないのに
自分自身の存在意義を失いそうになるのはなぜなのか、泣きたくなるほど苦しくなっていく


「私は、私よ……梅の花の娘じゃない、貴方が愛したアノ娘は貴方自身が殺したのでしょう」

「殺してなんかいねぇさ、あいつはあそこで生きていた」


土方の指さしたそれは、大きな屯所の庭の真ん中にある梅の木だ
まるで彼からいえばあの木自体が彼女なのだろう、美しい花を咲かせて美しい色をつけて散っては咲いてを繰り返す


「だがもう、いい、帰ってきたんだお前は俺達の…新選組になった俺達のところに…沖田と俺と…三人でまた昔みたいにいりゃあいい…例えお前が自分を自分でねぇんだといったってな」


まるでそれは呪いではないか
彼から見える澪は彼女でない、なのに愛をそれでも注ぐのはきっともう夢を追い求め狂い果てた故なのかもしれない
反論も言葉も出ずにそっと梅の花を見た、地面に落ちた花は踏まれて土に埋もれていく姿を見て、あぁきっと自分はそれと同じ姿なのだろう…と、ゆっくり男の温もりを受け続けた






- 12 -
←前 次→