ジークフリート







現在市内の駅から徒歩15分程の小さくもまぁまぁ綺麗なアパート1室
そこが私の部屋だ、ものはほとんど無くて、ベッドと三段ボックスくらい、あとは適当に
どうしてここまでモノがないのだと言われても、それは一ヶ月半前に遡る

「ただいまぁ」

その頃も変わらず今の職場でOLをしてて、残業をして上司のご機嫌取りをして帰ってきた日だ
広くもない1DKの二人の寝室兼自室となる部屋にはそれはもう淫らに乱れた男女がいて、女なんて男の上に跨ってよだれ垂らして腰振ってるの見りゃあシバキ回したくなるわけ
今年で26歳、いい歳にもなったわけでして今の彼とも五年の付き合いそりゃあもう…結婚する気もあったわけだが


「どういうこと!?私が仕事行ってる間にそれも女と…ベッドで?」

「まっまてってな?これはその、間違いだ」

「間違いもクソもあんたのちんぽはそいつに入ってたんでしょ、有り得ないしずっとそいつと浮気してたわけ」

もう言葉の品のなさなんてどうだっていい、それよりも女はこれまた苛立つ女だった


「あれ?これがいってた彼女さんですか先輩は私の方がいいみたいですよ」

語尾に(笑)なんて付けてきて、性格の悪い顔で笑いやがって、思わず女を一発平手「きゃあっ」なんて甘い声出してんじゃねぇよ
ついでに男はもちろんグーパン、鳩尾に1発ともう一発顔面に、女にはベッドに落ちてある男の欲の溜まった避妊具を綺麗な顔に投げつけてやった
それから荷物を持ってすぐさま逃げてやった



「…はぁ、こうなるなんてなぁ」

毎朝起きるたびになんとなく思えた、恋人を大切にしていたし、マンネリだってなかった
でもやっぱり自分ではダメなんだとそう思えれば心は痛む。
結婚を考えていた、そう親にもしっかり言っていたのに、結局は未遂で一人がお似合いなのかと思いながら遅出のためにTシャツにパンツという格好でだらしなくベランダに出てタバコを吸う
空は今日も快晴で、雲も少ない別れたあの日もそうだった、あれから連絡も言い訳もなく可愛いあの先輩と呼んだ後輩と乳繰りあっているのだろう。結局未練の塊だと思えた


「あーぁ、ダメだなぁ私」

そう言っていれば、ガラガラ…と窓の開く音がした
あいにくお隣との壁は鉄格子で、お互いのベランダも顔も何もかも見える
今更下着を見られようが気にすることもなく、相手をみて少しだけ驚く
有り得ないほどの美丈夫だったのだ、整った顔に体もTシャツ越しに分かるほどに鍛えていて、長いグレーのフワフワのクセの強い髪が似合っていて
でもその大きな両手には似合わないサボテンが一つあった

「おはようございます」

「…おはようございます」

実のところお隣さんとは初めて会ったのだ、挨拶なんて面倒だしする時間もないほど忙しかったのだ
大家さんにはよくしてもらっているが、それ以外あまりこのアパートで住人に会うことは無かった
確かにこの市は外人が多いとはいうが、まさか真隣まで外人とは思いもよらない…それもこんなに美形


「その、俺が言うのは悪いのかもしれない…」

「はい?」

「…下着だと冷えると思うから、履いた方がいい」

「…え…あ…履いてきます」


声までいい上に流暢な日本語
目が飛び出すかと思ったなんて思いながらまたスウェットを履いて、何故かベランダに出れば陽の当たる場所にと思ってか自分の方にサボテンを置いて霧吹きをかけている男がいた


「サボテン育てるの好きなんですか?」

「あぁサボテンは花が咲きにくいから…それが咲くのを見たくて」

「素敵ですねサボテン、滅多に枯れませんし」

「…そうだな、それに貴方のように可愛い花が咲く」


まるで息をするようにそういった彼も見かけによらずそういう感じなのかと思った、しゃがみこんでいた男が立ち上がればほぼ真上を見上げる状態で首が痛くなる。
そっと鉄格子の隙間から手が伸びては小さく彼は微笑んだ


「俺はジークフリート…あなたの名前は?」

「…えっと、澪です」

「これからよろしく頼む」


そこからジークフリートとの出会いは始まった、見た目の割に謙虚で静かでお人好し
まさかの職場の近くのカフェでバイトをしているらしく、近頃はランチはずっとそこだった
だがしかしそのカフェは元彼のバイト先でもあり、とはいえ奴は夜だった故に被ることも会うこともなかった


「こんにちは、ジークフリート」

「あぁ、今日もミルクティとエビとアボカドのサンドイッチか?」

「うん、それで」

ジークフリートは優しい人だった、紳士的で、気配りがうまいがどこか寂しそうな雰囲気を持つ人だ
少しずつ惹かれている気持ちは痛いほどわかった、番号を呼ばれ取りに行けばトレーの上にはサンドイッチとミルクティの他に新作のケーキが乗ってあり、レジを見れば小さく彼は微笑んだ
帰ったらお礼言わなきゃ。などと思いながら彼にメールを一応送る、勤務中だが見たらしく目を細めて澪をみた
手を振ってみれば小さく手を振る姿は愛らしいものだった


「あれ?ジークフリートもあがり?」

「今日は来る予定だった人が休みだったんだそれで代わりに呼ばれてな」

「そうなんだ、災難だね」

「仕方がない」

決して彼は人を貶すような言葉を言わない、聞いたこともない
1度クレーマーなお客に当たった彼を見た時流石に助け舟を出そうとしたが彼はそれを聞きただ頭を下げていた
申し訳なさそうに彼のその姿にはもう責めることも出来なくなったのか走るように出ていった客

「あんなの店長にいえばいいのに」

自分ならばすぐにそんなトラブル解決させるためにも呼ぶが。などといったがジークフリートは困った顔をしていた

「きっと彼だって何かがあってぶつけたんだ、それを受け止めてやる人間もきっと必要なんだろう」

そう言われた時、彼は根っからの善人なのだと理解した
自分には決してない包容力、理解力、他人への思い
彼の良さは知れば知るほど好きになり、ダメな部分が消えてしまう、カフェのバイトと花屋のバイトをしているために少しばかり多忙でもあるが毎朝ベランダで顔を合わせてサボテンの花を待つのが楽しみだった
つぼみが近頃出来始めあともうすぐすれば咲くのが目に見えた


「ジークフリートは、恋人作らないの?」

「俺には、そういった人は」

「私なら絶対好きになるのになぁ」

ビール片手にほろ酔い状態だった、そういえば目を丸くして彼は器用に持っていたお箸を落として顔を赤くした
それがまた可愛らしいと思えて「冗談だよ」なんて嘘をついた、本心だとしてもきっと彼は善意で付き合うのだろうと思えたからだ

ある日のランチ、いつも通り仕事を切り上げてカフェに入る

「いらっしゃい…」

いつかこうなるんだと分かっていた、元彼がレジにたっていた、苛立ちが募り出すがとにかく大人として我慢をした
ミルクティとサンドイッチを頼んで知らぬふりをして会計を終わらせ席についた、この日に限ってジークフリートは見当たらず余計に居心地が悪くなった
店員のエプロンが見えて顔をあげれば、金髪の似合いもしないピアスをした元彼、今の彼女の趣味なのか迷惑なほどダサいネックレスをつけている

「俺あん時のこと謝りたくてさ」

「いいから置いてどっかいってくんない?」

「アイツとはそりゃああんなことなったけど、でもお前が仕事とかで」

「それもういいって言ってるじゃん」

「俺ばっか悪いみたいにいうけど、じゃあお前どうなんだよ」


冷静に頭の中で何かがキレる音がした、勢いよく立ち上がり相手の持っているトレーの上にあるミルクティを顔面にかけてサンドイッチを投げつける


「じゃあお前は後輩とセックスして悪くなかったのかよ!」

涙が溢れて店の客は全員二人を見た
これ以上いても注目の的で痛いだけだと走り出した


「澪!!」

その時やっぱり彼は優しくて、わざわざキッチンにいたのか急いで出てきて、あんな最低な男より先に名前を呼んでくれた
3cmのヒールとはいえ走ると足が痛んで、結局家まで帰ってきていた、カバンを店に忘れたのを思い出してもう明日でいいやと1人ため息をついた
暗い部屋で外の明かりが嫌に入ってきて、チャイムがなった、今は誰であれ声を聞きたくないと思ってベッドに逃げ込んだ
それから一時間後か、ゴソゴソと外で聞こえてこんな日に限って強盗かと思い苛立たしそうにみれば、丁度隣のベランダから外伝いにやってきたジークフリートがいた

「ちょっとちょっと!なにしてんの?」

ここは三階だ落ちたら怪我どころか最悪死ぬぞ、そう思い急いで開けてベランダに入ってきたジークフリートに声をかければ彼はまずカバンを渡した

「すまない、これを届けたかったんだ」

「…これだけのためにそんなのしなくていいのに」

全く変わった人だと思いながらも嫌だとは思えなかった、彼の大きな指がそっと後ろを指したものだから、みてみればサボテンには一つだけ小さな花が咲いていた


「ようやく咲いたから澪に伝えたかった」

「…かわいいね」

「あぁ、澪」

「なぁ…んっ」

振り返ればそっと優しい手が頬を包んで唇を重ねられる、ゆっくりと開いた隙間に彼の生温い舌が入り絡み合う、ゆっくりとその巨体に抑えられるように鉄格子に背中を預けて、離れた彼の手をいつの間にか重ねた


「俺なら君を悲しませない、だから俺と幸せになって欲しい」

いつも自分の意見はあまり言わない彼がそう言った、真剣なその瞳で
また涙が溢れていくのを彼は慌てて拭い始めるのをみてまるで親のようだった
だんだんと笑いがこみ上げてきて笑えば今度は困惑したような顔をする


「澪を咲かせてみせるから、どうか俺のそばでいてほしい、泣かずにずっと俺がそばにいる」

まるで子供を抱きしめるように熱い胸板が安心して彼の背中に腕を伸ばして抱きしめる
散々泣いて元彼の愚痴をいう時にはもうお互いに同じ部屋で朝を明かしていた
瞼が泣き疲れて重たくなる中、キッチンで彼の背中がみえた


「なにしてるの?」

「エビとアボカドのサンドイッチを作ってるんだ」

「…もうお店行けないね」

「あぁ俺もだ」

?っと思わずおもえば、ジークフリートは小さく振り向いて子供のように笑った


「俺もあいつを殴ってしまったんだ」


そういった彼の広い背中に飛びついた
サボテンの花はまたより一層大きく咲いていた。







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