燕青
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案外人は冷静なもので、レイシフトで空から落とされることに対しても、まぁなんとかなるだろうと思えた
彼女自身が魔術師であり、女神の力を渡された、ある意味デミサーヴァントだからか、とはいえ戦闘能力に身体能力はマシュにさえ及ばないだろう
見慣れたような夜景が見える、亜種特異点新宿、人理を修復した場所に足を踏み入れることは少なくない、サーヴァントの能力を上げるためにはそれ相応のものが必要となる、そしてこの場所でしかそれは入手出来ないものだった
「…とはいえ、そろそろやばいわね」
カルデア内でのこの特殊な令呪、1日に一角回復というのは実際の聖杯戦争であればなんと助かることなのだろうかと思えてもしまう
そんな簡易型令呪を使ってしまうか?と思った矢先だった、あと数メートル数秒でビルに衝突すると思った途端に体は空気抵抗もなく軽くなった
「はやく呼ばなきゃねぇ」
「…珍しいのね、あなたが来るだなんて」
「生憎いつものリーダーはちびっこマスターたちのおつかいさ」
黒く艶やかな髪が新宿の夜の空に消えそうだと思えた、長く美しい髪に白い肌派手な程に目を飽きさせぬ刺青を大きく彫った一人の男
このカルデアの澪が率いるメンバーの中では新参者でもある方だ、とはいえ彼此半年近くはもういるものだ
新宿で出会い、その後の召喚に応じた彼、本性を知り、本音を知りながらも未だに慣れない男でもあった
「さてっと…カルデアと先に連絡取らなきゃそれと燕青、今回は歯車の採取だから貴方出番はないわよ?」
今回の選抜メンバーはいつも通りの主力キャスターたちだ、ニトクリスにマーリンに孔明、更に手伝いとして頼光とギルガメッシュの予定だった、余った枠に燕青を入れていた訳では無いが、来てしまったものを返しても申し訳ないかと、ため息を吐きながら足を進める
カルデアとの連絡をしようと、連絡のための魔術式を地面に描いていくが手を止められる
「俺様は要らない?」
「そういうわけじゃないわよ、ただどうあってもキャスターで行く方が効率がいいし、早く終わるからよ…敵が毎回素材を持ってる訳でもないんだし」
「ふぅん……素材何がいるの?」
「取り敢えず今日は歯車を30個ほどかしら?」
それでなくてもサーヴァントが増える度に育成のための素材はいくらあっても足りないのだ
「おっけぇ、じゃあそこで待ってな」
「え?ちょっと燕青どこ行くのあなた」
止める前に消えてしまった彼にため息をこぼした、アサシンの中でも未だに彼の性格は分からなかった
生前といえばいいのか、彼の物語は読んでおりどんな存在でどんな人生を歩んだのかは理解してもその内部までは誰にも理解できるわけもない
兎も角棒立ちしても仕方がないとカルデアとの通信をつなげる
《 やぁ澪、そっちはどうだい?そろそろ全員そっちに行かせるかい? 》
「それよりも大変なことになったわ」
テレビ通話のようにぼんやりとした青い画面に映し出される美女という名の天才、ダヴィンチにため息をこぼした
何かあった?なんて珍しく困り果てる澪をみた
「燕青が来て、そのままどこかに行っちゃったのよ」
《 あの君のところのアサシンか 》
「えぇ、一応翁様たちとパスは繋いでいるから最悪呼ぶから申し訳ないけど今日のメンバーには、一旦なしという趣旨を伝えていてほしいの」
「相変わらずはやいこって」
大きな物音が後ろで鳴り響く、カラカラコロコロと鉄の音がして声のした方を見れば、ふぅ…と疲れきった顔をして地面に今しがた取ってきたであろう素材が地面に広がる
「あぁ言ってたやつは全部で34個あるし、あとほかの素材もほら、俺のことコレでもそばに置かないって?」
まるで彼の顔は褒めて欲しい子供や犬のようだった、こんな性格だったかと疑問に思いつつダヴィンチに話をして素材をカルデアに送る作業に入る
「じゃあ早く終わったし今からかえ「デートしてくるから、じゃ」
そういって書いてあった術式を壊すように消してしまう、物は無くなっており
文句も言えずに目の前の男を見た
今にもおもちゃを投げてほしそうな瞳でみる彼に呆れてしまう、1度こめかみに手をやって考えたあとに仕方ないかと言葉を漏らす
「あなたの目的は?」
「んー、二人になりたい」
「この街で?」
「あぁここじゃなきゃダメなんだ」
出会いもそういえばそんな感じか、なんて思えた二人を守るために連れさらわれ、変な変装をしたり、おかしなものに巻き込まれてばかりだった
容赦なく雀蜂達を目の前で殺す狂ったような姿も全て今の彼からは想像すらできないもので、本当の彼は結局誰でどこにいるのかさえ思えてしまう
「昔主に捨てられてずぅっとひとりだった」
夜の街のビルの屋上を歩く、彼の腕の中で抱かれながら街を見下ろして話に耳を半分傾けた
英霊と呼ばれる者には絶対に自身が刻まれる、逃げようとしても死のうとしてもそれは消えない記録と記憶で、誰にも知られなかったこの宇宙という原理、世界という原理さえ破壊するたった一人の恋を知った女神の力で
一生消えぬ呪いを背終わらせた
「俺を変えてくれたんだ、けどそれはあんたじゃないし、あの子はあの時死んだ」
「…なら私に言わなくていいでしょう」
「あんたはえらく嫌うんだなぁ」
「私じゃない私を、自分だと認識させられる、そうすると段々私という存在が消えてしまう気がして恐ろしいわ」
彼の腕の中でそう呟いた、この新宿の街の中で一番高いビルの屋上の淵で抱きしめられながらそういった
ナーサリーライムのような誰かのためならば幸せなのかとも思えてしまう、そして目の前の男が自分と同じような境遇だと知っていた
類は友を呼ぶ、似たもの同士、様々な言葉が並んでいく
「あんたはあんただ、今の世界に生きているし死んだらもう何も残らないよ」
「そうかしら?私の主は寂しがりだから…また私をきっとどこかで作るわ」
「…そんなもんかねぇ、なら俺を呼んでくれよ、俺と一緒に死んでみよう」
「……え」
突然の言葉に目を丸くすれば、その抱きしめていた腕が離される、重力に従いながらまた地面に落ちる感覚を感じながら目を開く
泣きそうな子供の顔をした彼が手を伸ばしてビルに落ちる中をそっと抱きしめた、優しいガラス細工を触るようなほどの力で
「やっぱだぁめ」
「はぁ、なにそれ」
「んー?今の澪は今しかいないから、だから俺とずぅっと生きような」
優しくそう抱きしめられて頭を撫でられる、溶かされそうなほどに甘く優しい彼の声と熱、首に腕を回して抱きつきながら耳元で小さく声を出した
「まるでプロポーズね」
「そりゃあいい、死が二人を分かつまでだ…暗殺者(アサシン)を選んだんだ覚悟してくれよ?マスター」
背中に回される力が強くなる、甘く優しい彼の匂いが胸いっぱいに吸い込まされる、あぁこのまま二人で一緒にいてもいいかも、なんて思えてしまうほどには彼に壊されていく。
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