ジキル・ハイド
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カルデアの中には様々な部屋がある、勿論それはやってきたマスターや職員の為であり今現在サーヴァントたちが使うなど誰も想像がつかなかった事だろう
職員はまだ良しとして、魔術師たちからすればサーヴァントはただの駒で犬で奴隷で道具だ、それらに娯楽などを与えても意味が無いのだ
「あなたしか居ないのね」
世界中の書物が揃えられたこの図書館のように広い部屋の中、天井の上までピッチリと整えられた本達の数はゆうに1億冊をも超えていることだろうか
それほどこのカルデアでの図書室は広く大きなものである、とはいえ別世界のカルデアが存在したわけで他はどうなのかはわからない
残されし若い二人のマスターは時折調べ物に来たりもした、だが基本的にこの部屋は決まったものしかいない
作家陣のアンデルセンにシェイクスピア、小さな愛らしいジャックにサンタリリィにナーサリー、決まったものが欲しい時に望むこの部屋はいつも静かだ
「あぁこんにちはミス・澪」
優しい声が聞こえ、頭上で本を探していたのか巨大な脚立に腰掛けて器用に本を読むアサシン・ジキルに会釈した
「君がここに来るのは珍しいね」
「そうかしら?まぁ…ここに来る人は限られているものね」
「確かに…」
苦笑いする彼に澪も同様の顔をした、なぜならこの図書室の中は案外細かいルールで出来ており、少しでも本の位置を間違えるだけでもアンデルセンは嫌な顔をした
ある意味もう彼のテリトリーであり部屋な気もするほどだ、数冊の分厚い図鑑のような本を手に持っておりてきたジキルはテーブルの上に置いたのを澪はみた
「あなたがこんなものを読むだなんて」
「意外かな?少し知りたくなって」
ジキルとハイド
そう書かれた本たちが何冊も大量にまとめあげられていた分厚い本
自分自身のことを今更見るだなんて…と思いつつも確かに自分の知らない書かれたものは気にもなるか。と冷静に考える
「君は?」
「少し調べ物を」
「ならこんなに多いんだ、僕が色々知ってるしどんなやつだい?」
「魔術関係で使い魔との契約とかについての…あっ簡単なタイプがいいわ、あの二人に教える分だから」
「あぁミス・立花とミスタ・藤丸か」
理解したのか笑った彼の背中をついてまわる、時折怖くて仕方が無い
彼の中にはもう一人いる、それがどれだけ危険なものか澪は教えられていた、そして嫌だと言うほど見てしまった
ある日のロンドンだった、初めてそれを見たのは
二人きりの任務にジキルを選んだのはアサシンの中でもイギリスをよく知るのが彼だからだ
まだ手を組んだばかりだったためか暴走をしハイドになった彼は目の前で人間を虐殺した、恐ろしく嘔吐した澪を楽しそうに見つめたハイドを止めたのはジキルでもなくいつも通りの自身のサーヴァントだった
死を見ることは慣れているつもりだった、だがハイドは特殊だ
恐ろしい程に気味の悪い生き物に思えた
「…ジキ」
「何びびってんだ?また俺に殺されたいか?」
図書室の奥、止まったジキルの背中にぶつかった澪は目の前のハイドに声も出なかった
自身のサーヴァントなのに何故制御も出来ないのかと聞きたくなる
何処までも恐ろしいと感じる男の表面を愛した故に逃げれなかった
何処に潜めていたのかナイフが澪の頬を撫でれば赤い血がそっと流れる
「なぁ澪?」
「やめなさい」
「そんなに震えて、お前だって楽しんでたろ?」
「やめて」
「人間の腸ってあったけぇんだ」
その言葉に澪は口を抑えた、消えないのだ血の匂いも腸の柔らかさも温もりも
冷や汗と気持ち悪さが体を締める
ハイドの手が伸びて澪を抱きしめる、まるで優しい親のように、それでも立てられた爪は身体を刺激させる
「ジキルっ…お願い、やめて」
「ほんとお前は酷いなぁ……っ」
いつも生きることが精一杯なのだ人間は、だからこそ澪は生き延びたくてジキルを望む
首を絞められ本棚に激しくぶつかり本が落ちた
息もできずに意識が薄れそうになる、助けてという声も出ないが突然力が緩み目を丸くして泣きそうな顔の彼がいた
「僕は…また」
君を殺そうとしたんだ
何も言えずに泣きそうな彼を見つめる、心の奥底でハイドではなくジキルさえも澪にその欲を持っていた
殺してみたいという醜い残酷な欲だ
「ごめんよミス・澪」
「いいえ…いいの、ごめんなさいジキル、私また今度でいいわ」
逃げるように足を進めた澪に手を伸ばすことしか出来ずにジキルはみつめた
体の奥底の何処かで「あぁ殺しちまえばよかったのに」なんて聞こえた気がして自身の頬を打った
痛みだけがただ虚しく残り続けた。
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