アルジュナ







「私のすべてです」


まるで彼は初めて嫁ぐその先で夫にいうように真っすぐとした正直な言葉をいった
思わず息が詰まる気がした、渡されたその重たい矢、純粋にその矢は見た目だけならば美しいと感じれるはずなのに、恐ろしく危険なだけのそれ
褐色の美男子、アルジュナはそういった後に彼の一生だといえなくもない大切な矢を渡した女の手を取った



「我がマスター澪」


まるで愛おしい人に愛を囁くかのように彼は頬を撫でて優しく言葉を並べた
恐ろしいほど甘い、自分の望む夢のように危険なほどの彼の夢


「あなたが」



悲しいほどの彼の驚いた顔、苦痛と幸福を混ぜた彼の顔
幸せなど夢だと誰かが言っていた気がする、あの美しい矢が彼の美しい白い服を赤に彩らせて、そして突き刺さっているその胸の矢
何よりも美しく、何よりも悲しみの悲鳴が混ざったいた、そんな彼の頬を包んで笑っていた



「アルジュナ...私も」






酷い夢を見たと同時に額に張り付いた前髪を手で横に流して、テーブルに置いている夢で見たあの矢をみた
夢でみたあの矢を掴んでいたのは自分自身であり、澪は理解しがたくアルジュナを思い出す
彼から渡されたとき、それが彼のこれからのことと繋がるのかと考えれば受け取らないわけにもいかずにその矢を貰い受け、そしてそれを部屋に置いた
それゆえにあのような悪夢を見たのだとよく理解した
だがなぜ自分が彼を殺したのか、それもまたカルナ...あの男の全てといえるような矢だったのに、それで彼を殺すなど



「マスター、起床されておいでで?」


現実に引き戻したはまぎれもない、あの夢での声と何一つ違いのない彼
そして自動ドアが横に音を立て開いた、褐色の男はいつもと変わらぬ顔で近づきそばに立った


「顔色が優れませんね」

「..ねぇアルジュナ」


彼の言葉をわざと聞かぬふりをして名を呼んだ


「はい」


ここにいると彼はいうように躊躇なく跪いた、彼ほどの男がサーヴァントであるというだけでこうするのだから、この主従もまた強い力で出来たものだと彼を見て何度も思う
起き上がり、まだ寝間着姿の自分のことなど気にもせずに彼を自分の座っているベッドに座らせた
彼の言葉はあまりにも悲しいことが多い、孤独を望む愛されすぎた英雄



「あなたを殺す夢をみたの」


彼のことなど気にする気もなく、澪は言葉を漏らし落としてアルジュナの瞳を見つめた
変わらぬ黒の瞳に褐色の肌に柔らかな髪に指先、彼とて突然朝から何を言っているんだろうという気分だろう、それはわからなくもないがなぜか彼に言わねばならぬ気がしてしまい置いていた矢を手に取った

あの夢の続き...いや、殺す前のことをしている気がしていた
胸がざわついて、アルジュナを殺せとでもいっているのか、それは自分の心の底でこの男を妬んでいるからなのか、はたまた別なのかわからない
それでもこれ以上この男の前でこうしてふるまうのは危険だと思って言葉を発する前に動いた



「やはり...ですか」



そういった彼の口元は弧を描いていた、矢の箱を開けてその矢を手に取った彼は澪の手元に近づけた



「運命なのです」



この矢も、アルジュナも、カルナとも、今現在カルデアでカルナが来たのはつい数日前でありまだ澪とは接点は一つもなかった
アルジュナからすれば好都合だったのかもしれない、なにせ自分のマスターはアルジュナを殺した女なのだから、それもあの日あの時...カルナの妻であり、アルジュナとも小さからずあの日あの時恋仲になろうとした
それなのに、最後はカルナも、アルジュナさえもなくした



「私はずっと、ずっとあなたをみておもっていた」


男らしい骨ばった指が触れては矢を掴ませた、するりと鋭い刃の部分を触れれば指は簡単に皮膚を破き、赤い魔力を流れさせた
それさえもまるで愛おしく懐かしんだ彼は澪の傷ついた指先を唇に触れさせる
黒い瞳がさらに黒く暗黒のように、見えない絶望のようなものに見えて恐ろしいと思いながらも目を離すことは出来ずにいた



「カルナの妻となり...そして最後は私を殺す、カルナが呼ばれた今それは現実となる、あの日のようにあなたはまるで色をみるだけで穢されたことのない白い花のように...美しいんです」


世界が反転したかのように音を立ててベッドに押し倒された
あぁ記憶は懐かしむように彼を思い出した、あの日あの時綺麗な太陽の下肌を重ねて、愛した人を過ちといえ殺した男に抱かれ、愛し愛されそれを味わい



「....私が、殺すのね」


「えぇ、そうです」


美しい、何よりも愛した英雄を殺した矢で...男を殺す
なぜ殺したのか、なぜ...なぜ...と思い続けた
愛され続けた男を愛するゆえに殺したのならばわからなくもないことなのに、その感情は今の彼女にはわからない
女神の施しを、祝福を受けたというのに、いつも世界はうまくいかないことばかりだった


「この私の心臓に矢を貫き、あなたは私に口づけるのです」


まるで結婚の誓いのように、美しい花と木と太陽の光を受けながら美しい死を遂げる



「あなたの『私たちは永遠に共にいられる』という言葉と一緒に」


矢を握った手に力が籠められる
答えられるずにアルジュナの顔を見れば優しく微笑んでいた
死ぬ覚悟はできているというよりも死ぬことに幸福を覚えているように彼が微笑むものだから矢を乱暴に床に投げ落とした



「...永遠よ...だから、ここで三人でいるわ」


「また、あの頃のようにですか」



まるで子供のような顔をしたアルジュナの額に口づけた
悲しいほど苦しいその言葉に返事もせずに髪を撫でた



「あの頃の私じゃないんだもの」



仕方ない、と片付けるように矢を箱に入れてアルジュナを立ち上がらせた


「さぁ、マスターは着替えるんだから先に行っておいて」


「....えぇ」


一人になった部屋でそっと矢の箱に触れる
あの日あの時、二人の死を目の前で見た
今度はと、過ちを悔いて女はそっと箱に入れた矢に術式をかけしまい込んだ
寂しい顔をして





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