宝生永夢










花の匂いをさせて、いつも白やピンク、黄色やオレンジ、いろんな優しい色を連れてくる
廊下を歩く時、時折見える小さな背中を追うようになったのは気づいた時には終わらないでいた
忙しそうに階段を上り下りを繰り返しては次々にいろんな花を置いていく
西沢葵、少し年上のこの病院から一番近い花屋を経営する人だった

「こんにちは明日那さん、先生方」

「こんにちは葵さん、今日もありがとう」

奥で二人で話しているのを横目に少しだけもらったショートケーキを咀嚼した
彼女を見つめていては喉にも通らなくなりそうで、笑う度に心はドキドキと音を立てる
恋をしているのは実感しても、あまり話したこともない、それこそ彼女について詳しいこともない
だからこそ目で追うだけだった、きっと今一緒にショートケーキを食べる名医からしてみれば可笑しい話かもしれない


「あ、葵さんもショートケーキ食べましょうよ」

「え、でも私なんか」

「いいよね、飛彩も永夢も」

その言葉にドキリとして、二つ返事をする
まだこの空間にいるのだと思えば心臓は止まってしまうのでは?と思えてしまうほどに動揺しそうになる
折角入れた紅茶が冷めてしまう、というよりも彼女はきっと食べ方も綺麗なんだろうな、甘い物好きなのかな?
たくさんの考えが頭を支配してきては落ち着かねばと何度も自分に言い聞かせる


「じゃあ、お隣すみません宝生先生」

「どっどうぞ」

軽く声が裏返った、あぁ動揺しているからだ
隣で彼女が見える柔らかな花の匂いが香って細い指先が鏡飛彩の切ったショートケーキの皿を受け取った
そういえばネイルが先週と違って変わっている、この間はピンクのマーガレットだったのに、黄色をメインにしたグラデーションネイルだ


「前失礼します」

子鳥のさえずりみたいに愛らしい声が自分だけに向けられた時、いつも心臓は止まる


「あっ、ごめんなさい」

「どうぞ、お砂糖も取りますね、何本いりますか?」

「…えっと、じゃあ1本で」

「はい、どうぞ」

隣にあった砂糖とミルクを取って手渡しすれば軽く触れ合う
話しかける話題なんていくらでもある、隣で鏡飛彩と話をする彼女にいくらでも話しかけれるはずなのに…と思いながら見つめる


「…宝生先生」

「え?」

マジマジと見すぎたと思って謝りそうになる前に空になった皿の上に赤いいちごが置かれる


「ふふっ、そんなにいちご見られたらあげるしかないじゃないですか」

「えっあっ、そっそういうわけじゃ」

「そうだよー永夢は葵ちゃんのことが」

「ポッピー!」


いつの間にかコスチュームチェンジをしているポッピーピポパポは女性なだけあって侮れない
こちらの事を分かっているためかニヤニヤと楽しそうに突っついてくるのだから


「ご馳走様でした、とっても美味しかったです」

「ねぇ永夢、葵ちゃん送ってあげてね荷物あるから持ってあげなきゃ」

「そんなの申し訳ないですよ宝生先生もお忙しいでしょうし」

「そんなことないです、僕でいいなら」

ドアの前に置かれた小さなダンボール、立ち上がった葵より先にそれを取って病院の外まで歩き始める
話すことのない空気感が少し申し訳ない気持ちになりながらも隣で歩く彼女の横顔を盗み見る
駐車場までいき荷物を後部座席に乗せて別れようとする、また次会える時が楽しみだ、その時にはもっと話せたらいいのにと思う


「あの、宝生先生」

「はい」

「甘い物…好きですか?」

「もっもちろんです!」

別に特別好きな訳では無いが嫌いじゃない、それに彼女からの誘いならばなんであろうと断れるわけがない
唾を飲み込む姿さえ愛らしいと思えて、少しだけ赤らんだ頬が子供のようだ


「2人でよければ食べに行きたいな…なんて」

「僕でいいですか?」

「良ければですが」

「…もちろんです」

「それとお願いがあるんですが、いいですか」

恥ずかしそうな顔をする彼女が男としての自分をひどく掻き立てる、溜まった唾を飲み込んで何だろうかと心待ちにする


「永夢先生って呼んでいいですか?」

「……その、先生はなしでもいいですよ」


そういうと真っ赤だった彼女は嬉しそうな顔をする、あぁ心が乱れていく、幸せの海に落とされた気分になり、彼女はゆっくり口を開いて、脳にゆっくり刻まれる


「永夢くん」

「…はい、なんですか葵さん」


きっと二人共真っ赤だ。







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