呉島貴虎








「いけません貴虎さん!」

そういいながら薙刀を片手に割烹着を着た古風な女は目の前のスーツ姿の男にいう
玄関前での揉め合いは月に数回起きる、早朝4時、それが呉島貴虎の帰ってきた時間であり仮眠さえも取らずにまた出ていこうとしたのだ
丁度彼の弟の呉島光実の学校のお弁当を作るために起きていた、妻である呉島葵は夫である貴虎に刃を向けた

「仕事だわかってくれ」

「目の下にはクマをつくり、手の甲にも大きな傷、栄養素の足りてないビタミンのない色の悪い肌、全て葵にはお見通しですよ貴虎さん」

「…大したことじゃない、今更のことだ」

「でしたら尚更です、ココ最近家にも帰宅せず職場で寝て外食ばかり、妻である私が夫を心配するのは当たり前のことです」

貴虎の言葉に大きく声を張り上げていう葵に頭を抱えそうにもなる、こうなれば言うことを聞くしかないのだ
相手は女とはいえ日本武道においてはプロフェッショナルであり、その家の者、室町時代より受け継がれた侍魂により厳しく育てられた一人娘
気も強く美しく凛とした姿はまさに大和撫子の鏡のような存在だった

「まずは湯船に使ってください、用意しますのでそのあいだに夜食とはいきませんので朝食にしましょう」

今にも歌を歌いそうな姿に不思議に思いながらもテレビをつけ、まだ寝ている光実のことを思い音量を下げる
魚の焼ける匂いと味噌汁の匂いが鼻にきて、まともな食事をするのは何日ぶりかと思わされる
家に帰ってくることもほんの数時間程度で弟に関しては特に何も気にすることはないが、妻である彼女には通らぬ事だった
それでも三日四日は目をつぶって貰っているのだから、それは彼女に対しての甘えなのだろう

「機嫌がいいな」

お互いに向かい合うように座りながら、味噌汁を飲む葵にそう問いかける
少し目を丸くしたあとに嬉しそうに微笑んで丁寧に箸まで置いていう

「貴虎さんと数日ぶりのお食事ですから、葵は嬉しゅうございます」

「悪かったなあまり家に帰ってこないで」

「男から仕事を取れば何も残らぬとも言いますから、帰ってこいと無理強いはしません…ですが、お身体のことは貴方一人ではないのですよ」

言い終えてまた箸を手に取る彼女と過ごし、考えがやはり変えられていく
女だから男だからという男女の違いを深く考えて、だからこそ強制もしない
かといいながら、放っておくようなわけでもなく何より人を気にする、それは夫となった貴虎だけでなく、彼の弟光実にも、貴虎の部下である者達にもだ

「…お前はやはりよく出来た妻だな」

「あら今更気づいたのですか?貴虎さんの為なら私はより良い妻へと丹精込めて自分を磨きます」

誇らしげにそう言った彼女との朝食を終えて湯船に浸かり、日々疲れの溜まった身体をほぐすようにマッサージをされる
いつの間にか時間はすぎて起き上がってきた光実も学校に行く準備に入れば、時計はあっという間に七時過ぎを指した

「じゃあいってきます」

「行ってらっしゃい光実くん」

「気をつけるんだぞ」

玄関先まで見送り、いつの間にか眠気が遅い初めて小さな欠伸が出る
それをみた葵がクスクスと少女のように笑い、手を引き歩き始める

「さて、寝ましょう私ももう少し寝ていたかったんです」

光実くんには内緒ですからね、等といった彼女の声を聞きながら寝室の広いキングサイズのベッドに横になる
腕の中で幸せそうに微笑む葵をみた

「広いベッドでお前を一人で寝かせていると感じると中々悪いことをしている」

「そうですね、毎日出来るだけ私と寝て下さるようにしてくださいね」

「…あぁ、善処しよう」

そういってまたみれば、出会った頃から何も変わらない優しい笑顔が広がるばかりだった
おやすみなさい。と小さく聞こえ眠りにつく狭間で小さく返事をする
温もりは確かに腕の中にいつまでもあり続けた





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