由良吾郎
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静かかつ清潔感のある一風変わった部屋で髪を切られながら、北岡は自身の秘書でありボディーガードの吾郎の機嫌の良さにふと気がついた
「どしたのゴローちゃん、機嫌良さそうだね」
「特にと言ったわけでは」
「ゴローちゃんがそんな嬉しそうな時は大体なんかある時でしょ、もしかして葵ちゃん?」
一度手を止めた吾郎にそういって見てみれば小さく微笑んでいた、いつも無口無表情で何方かと言えば一目見れば恐ろしいと思われるような印象を抱く彼が優しい花のような雰囲気を醸し出しているのだから、女とはやはり男を変える生き物だと北岡は思えた
「それ貰ったの?」
「はい、似合うからと渡されたんですが」
「いいじゃんか、二人とも相変わらず仲いいんだね」
ちらりと短い髪の毛と一緒に見える耳についた小さなピアスは見慣れないもので、それが嬉しさの理由かと即座に理解する
吾郎に対して行為を抱く女性は少ないほうだろう、容姿としてではなく、仮にも巻き込まれたとはいえ殺傷事件に関わっていた人間だ
人の見る目というものは案外簡単に変わるもので、その人間の見た目に囚われやすくなる
その為に不器用な物静かな吾郎は特に人に容疑などをかけられやすい人物だと推測する
そんな吾郎のことを真っ直ぐに好きだと言いながら交際をしている葵という女性は真反対に子供のような感情の波が荒い人物である
それも悪い感情は表に出さず良い感情だけを表に出すような人物だ
「ただいまー、ゴローちゃんも先生もお菓子買ってきたよ」
そう考えながら最後の顔剃りをしていれば大きくドアの開く音が聞こえ、女性が1人入ってきた
コンビニ袋の音を聴きながら、小煩く話す彼女に相槌を打ちながらも吾郎の手の良さに目を閉じる
「私もそろそろ髪の毛切ろうかなぁ」
「それはいいな、どれくらい?」
「んー、ショートヘアとかどうかな、短いのってあんましたことないし耳とか見えるくらいに」
「それはダメだ」
そう声を出したのは先に吾郎だった、葵の髪はそれなりというよりも普通の女性でも長い方だ、腰につくかつかないかの位置でいつも吾郎に手入れをされたその髪は痛みは残らず、染められたことがあまりないからか枝毛の1本さえも残ってはない
「ゴローちゃんがいうなら切らない」
「そうしてくれ」
嬉しそうな二人に小さな溜息をつき顔剃りを終えた北岡は背を伸ばしながら立ち上がる
テーブルに置かれたクッキーを一枚取りながら「うーん微妙」などと文句をつけては、玄関まで向かう
「どちらか行かれますか?」
「あーいいよいいよ、ゴローちゃんは葵ちゃんと二人でゆっくりしててよ」
「ですが」
「休暇最近なかったから、息抜き程度だけど」
そういいながら車の鍵を指で回しながら行ってしまった彼に残された二人で顔を合わせては、特に予定もないのだと思いつつもどうしたものかと席に座る
「行っちゃったかぁ」
「先生になにか」
「違うよ、久々に会ったのになぁって」
「忙しい方だからな、今日は俺たちに気を使ってくれたんだろう」
「優しいね先生は」
自身が買ってきたはずのクッキーを半分以上食らいついてはハムスターのように頬袋に詰め込んで行く姿は見ていて飽きないものだった
隣の席に座り長い髪の毛を手に取る、痛みがないことを確認しながら細い編み込みをしていく、静かな部屋の中には特に大きな音もなく、聞こえるのは葵の漁るお菓子の音だけだ
「ゴローちゃんあのさ」
「どうした」
「たまには恋人っぽいのしたいな」
その言葉に1度思考が停止してしまうが、恥ずかしそうに下を俯いてはうずうずと落ち着きない彼女がいた
「どんな」
二人して恋人は勿論過去にはいた事はあるがあまり自分から積極的なわけではなかった
それこそ手を繋ぐこともハグもキスもそれ以上も、片手で数える程度、それに対しては二人をよく知る北岡も頭を抱えた
だが葵もそれを気にしてか恥ずかしそうに消え入りそうな声で「ハグとか」と答えた
その答えに即座に両腕を広げた吾郎を見つめた葵は何度も頭を唸らせてそっと胸に寄り添う
吾郎もそれに対して壊れたのを扱うように丁寧に優しく触れた、鼻に香る彼女のシャンプーの香り、全身を包むような吾郎の洗剤の匂い
互いを癒しているのがわかりながらもいつこの鼓動がバレないかと焦りそうにもなっていた
「あったかいね」
「うん」
「…ゴローちゃん」
「ん?」
「幸せだね」
「そうだな」
あまりにももどかしいような、そんな小さな事だけれども二人にとってはそれが何よりの幸せであった、いつの間にか椅子を窓際に寄せて日向ぼっこをしていたのか、二人は眠りについて帰ってきた北岡は小さく微笑んだ。
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