デネブ
▼▲▼
桜井侑斗とデネブは別人であり同一人物だ
いや、正確に言えば全く違う、イマジンと人間であり、相棒であり仲間であり確かに一心同体という言葉は似合うが同一人物にはならない
だが桜井侑斗の身体を使い彼は「桜井侑斗」という名を口にしない時は週に4日ある、どんなに忙しくても、どんなに大変なことがあっても、遅くなっても彼はある場所に行く
大きなマンションの8階、807と書かれ
ほかの部屋と違い扉の前に小さな門とチャイム、見える寝室のカーテンはまだ開けられていない
ため息を一度、チャイムも鳴らさずに扉の前のおいてある犬の置物の下の鍵を取り出し開ける
自宅のように入っては、リビングに散らばる服に下着、ビールの缶に仕事のカバン
何もかもが大雑把だった、小さく扉を開けて寝室を覗けば心地良さそうに眠る女が1人
頬の緩みを感じながらキッチンに入り包丁を片手に作り始める
「葵、葵、そろそろ6時半だ起きた方がいい」
「……ンンッ?」
「葵、遅刻してはダメなんだろう」
「う、あ……デネブさんだ、おはようございます」
「あぁおはようございます」
丁寧な返事で寝ぼけ目の彼女を横目にカーテンを開ける、この部屋はあまり光が入らないためか少し薄暗い
服を丁寧にサイドテーブルにおいて、顔を洗わせてすべてし終えた彼女がリビングの椅子に座っていた
そこに味噌汁とご飯、納豆と海苔にだし巻き玉子は甘くない関西風のしっかりした薄味
貧血気味なのを理解していたのかほうれん草のおひたしを置かれてるのを見る
「さぁ食べてくれ」
「いただきます」
「どうぞお召し上がれ」
いつもデネブは彼女の食事風景を嬉しそうに眺める、彼女は至って普通に無表情で食べる
箸が掴んでは口の中に入り咀嚼される、それが喉を通り胃を通り……彼女の一部となる
桜井侑斗の身体を使いこうするのも理由があり、そしてあの桜井侑斗はそれを許してやった、朝10時までと夜の3時間だけ
「もう、結構経ちますね私たち」
「そう言われれば」
「デネブさんは飽きませんか?」
「私か???私は葵が好きだからなぁ…いつまでもこうしていたいよ」
嘘ではない、それは愛と呼ぶほど
しっかりとしていれば彼女は美しい成人女性だ、一度も染められたことのない黒い髪、傷一つない体に丸くぱっちりとした瞳
誰が見てもかわいいと例えれるような女性だ
だが抜けている、危機感もない、女としては少し雑で生き方もあまり興味がなく、生きることも死ぬことさえも興味が無いような気がしてしまう
「私朝食食べる度にデネブさんを思い出しますよ、この間知り合った方と最近朝食を取るようになったんです」
「それはいい、葵はいつも朝食を抜いてたからなぁ」
「その度に、デネブさんとの朝食も…楽しいなぁって」
表情はあまり変わらずにけれどそれはたしか嬉しそうに見えるものだった
コップの中のお茶がなくなっていることに気づき、手に取り暖かい急須に入ったお茶を入れる
確かに言われたらあの日もこんな感じの朝食だったかと思った
静かで穏やかなまるで日曜日みたいな、緩やかな日
デネブのいる日はいつもそうだ、美味しい朝食にしっかりとした時間、ゆっくりと用意をして玄関まで行く
「じゃあ今日も気をつけていくんだぞ!」
「うん、いってきますデネブさん」
「いってらっしゃい葵」
いつもその言葉に彼女は恥ずかしそうに嬉しそうに微笑む
お見送りをした後に大きな背伸びをする、一人の家にしては広い部屋の中
彼女がここ1年ほどで何があったかはよく知っている、恋人も大切にしていた家族も失くした
心の穴が空いたままだったのを埋めてやりたかった、例えそれがどんな形であり、彼女を依存させようとしていたと気づいても構わないと思えた
人は弱いものだから、一人では生きていけないから、いつもそういってやった、近頃の彼女は笑顔が多い
いいことが増えたのだろうと内心喜んだが決してそこには踏み入って聞くことは無い
「……まぁ彼女も大人だからなぁ」
ゴミ箱の上に昨日男を連れ込んだのかそれの残骸が隠す気もなく入れられていた
彼女は21歳の立派な社会人であるのだから今更何も言えることは無い、女と男というものはどうしても抗えないものがある
落ちた下着もカゴに入れて、ゴミをまとめ袋に入れる、カゴに入れた洗濯物をまとめて洗濯機に入れた後にゴミを持ちだす
「いつまでこうする気だよ」
「彼女が自立するまでかなぁ」
「アイツは俺より年上だぜ」
彼女が家から出ていってしまったために、桜井侑斗はソファーの上で横になりながらデネブに話しかけた
イマジンとしての身体で器用に掃除や片付けをしていく
「わかってるんだ、彼女は立派な女性だ…だが侑斗も分かるだろう?」
「……さぁな」
どうしても見離せない、どうしてもその女にどんな意味があるかという訳では無いが見捨てることが出来なかった
初めてであったスーパーの帰り道、突然倒れた彼女は顔を真っ青にさせて今にも死にそうなほどの表情で、家に連れていき、食事をさせようとしたが何一つ食べようとも、また何もかも疲れたと零した
「お前がそんなんだからあの女は漬け込むんだよ」
「侑斗…そういうことじゃない」
デネブの性格上仕方ないものなのだろう、困った人をほっとけるような者でない、お人好しが過ぎてしまう
だから混乱を招いて人に甘えられ勘違いをされ、そしてそれは桜井侑斗として成り立ってしまう
だが西沢葵と言った女は違った、デネブという存在として知り合った
桜井侑斗といった見た目でも中身を教えてしまった
「さ、侑斗帰ろうか」
「おー待てよ、まだ途中なんだよ」
「ここは葵さんの家だ」
「デネブも見てみろって、結構面白いぞ」
テレビに夢中になっている侑斗に釣られて思わず見入った時だった、二人の気付かぬうちに扉が開いて家主が帰ってきていた
「…ただいま」
「おかえり葵………あっ」
長い沈黙が始まった、桜井侑斗と見ず知らずの人間とは言えない怪人がいるのだ
だが気にした様子もなく彼女は自室に入って鍵を忘れたらしくカバンの中に入れていた
「葵、俺はいや、えっとその」
「デネブさん、ですか?」
「あ、あぁ」
至って冷静な彼女に自分も頭に登った血が降りてくる、こんなに冷静に言われては逆に少し困るが、理解が早いのならばありがたいものだ
人間とはかけ離れた見た目だとしても、気にした様子もなく、リビングの椅子に座り侑斗の流す番組を見ながらお茶を飲み始める
「デネブさんの、いつもの姿って借りてるんですか?」
「うん、あっそうだあっちの彼は桜井侑斗、俺の大切な人だ」
「変な説明してんじゃねぇよ、というか西沢葵だっけか…お前どうしてデネブに驚かねぇんだ」
桜井侑斗は苛立ちを感じた、人として感情が欠如しているような葵に対して
まるで初めからわかっていたため何も驚くこともないという彼女、イマジンを知っていたのか?とも思えてしまう
「なんていうか、人間ってここまでしないじゃないですか」
「は?」
「人って簡単で単純で何か見返りを求めてこういうことを絶対するんです、最初は違っても途中から《こうしてやったのに》って、けどデネブさんは違うんです何も文句は言わずただ優しくて何となくこの人は違う、人じゃないのかもって」
「そんな簡単なことでかよ」
「私の妄想です、本当になるとは思わなかった」
眉を下げて困ったように薄ら笑う彼女の笑顔はまるで幼い少女のように純だった、デネブは思わず絶句してしまう
ここまで思っていたのか等とは本人さえも思わなかった、確かに彼からしてみれば彼女にしてきたことに対して見返りも嫌な気持ちも何一つ思ったことは無い、好き嫌いも何もなく食事をしっかり食べ、だらしない部分も含め侑斗と同様子供のような感覚に近かった
「私嬉しいんですよ」
「なにが?」
「デネブさんのこと、知れたから」
何よりも嬉しそうに微笑む彼女の笑顔に釣られる
椅子から立ち上がり彼女は会社のカバンを置いてしまう
「ねぇ侑斗くん、デネブさん、今から出かけましょう三人で遊びに」
「は?」
「いいことだ!よし行こう侑斗もほらお煎餅ばかり食べてないで!」
そうと決まれば急がなければとデネブは侑斗と葵の手を引き家の外につれだす、あぁこれからの彼女との日々が楽しみだ。なんて思わず頬が緩むのを必死に抑え三人での時間をまた一つ創る
▲▼▲
- 4 -