由良吾郎




※ライダーのない世界線



「恋をしたかもしれないんです」

花鶏の閉店作業をしながら優衣と話をする葵はそういった、近頃雰囲気の変わった彼女のその言葉に目を丸くしたあとテーブルを拭く手を止めた優衣の瞳はキラキラと輝いていた

「ウソウソ!!葵が?」

人の恋にここまで喜んでくれる親友に心の中で嬉しくなりながら恥ずかしそうに小さく頷いた
おばさんも、蓮も真司も士郎もいない時間に話をする二人は閉店作業も忘れて椅子に座りお茶を出し始める、優衣の楽しそうな表情に葵の恥ずかしそうな表情は何とも可愛らしい女の子のようだ

「ねぇどんな人?」

「とても手先が器用で身長は高くて少し怖い顔というか仏頂面みたいな…でもとても優しくて口数は少ないけどそばに居るだけで安心出来るような」

「えぇ完璧な人だ、それでほかは?」

「身体も鍛えてるし人を守れるくらいには体術が出来て、お料理上手で派手な柄のシャツとかいつも来てるのにすごく似合ってて…かっこよくて」

「きゃーー!私の知ってる人?」

「…多分、微妙かも」





近頃ボディーガード兼秘書の由良吾郎こと吾郎ちゃんがぼうっとどこかを見つめる時がある
別に今更特に文句があるわけでもなく、仕事は完璧料理も最高何もかも完璧な自分に寄り添う最高に完璧な秘書は初めて見る程近頃ぼうっとしている
挙句の果てにはこの間ぼうっとしすぎて塩と砂糖を間違えるという失態をする程だった

「…うーん」

事務所の椅子に座りながら家事をしつつもやはり何処かふわふわとした雰囲気の吾郎ちゃん
このスーパー弁護士北岡秀一の勘は当たりやすい、それはもうコインで占うような占い師より当たるかもしれない

「ねぇねぇ吾郎ちゃん」

そう声をかければ即座に近くに来てくれる彼はやっぱり優秀な秘書だ
頭に?を浮かべたような表情をする吾郎ちゃんはきっと自分では分からないほどになっている

「最近なんかあった?好きな人とか出来た?」

直接聞いてみれば覚えがある様子で目線が外れた、少しだけ赤くなった耳が可愛らしいだなんて同じ男であるが思えてしまうのはこの男がパートナーであり好きな人間の部類だからだろう(勿論恋愛的なそれではない)

「…そんなに出ていましたか」

「やっぱ気づいてないんだ、ぼーっとしたりすること多いからなんかあったのかなって」

「失礼しました」

即座に謝る吾郎ちゃんに首を振る、恋はいいものだと素直に思えるものだ
人を変えてくれる感情だから、愛や恋は人が何よりも変わりやすく、何よりも求めやすくなるもので、男一人のために尽くしすぎる吾郎ちゃんには少しくらいあっていいものだと思っていた

「どんな子?」

「一言で言うならお淑やかな女性ですね、小さくて華奢で守りたくなるような…けれど自分の芯が強くて笑顔が素敵です、料理もうまいし、いつも優しい匂いがして…」

正直驚いた、あの由良吾郎がだよ?あんな真面目で堅物で物静かな男がここまで話すような女の人なんてどんなものか問えば称賛の山で途絶えることない、驚いた顔をするこちら側に話しすぎたかと飼い主の機嫌を伺う犬のような顔をする吾郎ちゃん

「びっくりした…あの吾郎ちゃんが好きになる人だなんて」

一体誰なんだと




「北岡さんのところの由良吾郎さんって方なんです」

「花鶏の所の毒嶋葵さんです」

まるで二人とも花が咲いたような嬉しそうな優しい雰囲気を醸し出す
聞いた本人達は意外だと思いつつもお似合いな二人に嬉しそうな顔をした
そうとなれば手を出したくなるのが恋バナをしてしまった側、北岡は即座に花鶏に電話をかけた、ジリジリとなる電話に驚きつつも優衣が電話をとる

「ほら吾郎ちゃん、デート誘ってみたら?」

女慣れをした北岡は背中を押すためとはいえ急激に電話をしたために、目を丸くする吾郎は急いで受話器をとる、電話越しに聞こえる声は違いチラリと北岡を見てもニコニコと笑っていた

「北岡弁護事務所の由良吾郎ですが…毒嶋葵さんいらっしゃいますか」

乾いた喉を必死にどうにかしたくてたまらないほどには緊張をしてしまう、電話越しに聞こえる女性二人の声も聞こえることもなく助け舟を求めるように北岡を見ても楽しそうに見つめるだけだ

話をしていた丁度いいタイミングで来た連絡、思わず二人して目を合わせては驚いた顔をする
優衣に言われ受話器を耳につけてそっと声を絞り出す

「はい、毒嶋ですが」


あぁお互いの熱が受話器越しに伝わるのではないのかと思うほどには熱くてたまらなかった
吾郎と葵のこれからの行く末はまだわからない、けれども二人の声はいままでないほどに幸せそうな嬉しそうな声だということだけは良く分かることだった
デートの約束を取り付けれたのかは謎としてだが。




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