高見沢逸郎
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地位や名誉名声等は手にして当たり前のものだ、金も女も好きに出来る、金をちらつかせば人間は誰でも頭を垂れ嫌な笑顔で近づく、だからこそ誰も愛する気も起きなかった
「こんにちは高見沢さん」
「こんにちは葵」
「高見沢さんに会うのなんてとても久しぶりな気がしますね」
そういいながら愛想笑いを浮かべるわけでもなく淡々と近況の話をしながらジャスミンティーをテーブルの上に置いた
庶民的な場所は嫌いではない、特にこの喫茶花鶏に関しては客も少なく広くもない店だ
騒がしい男連中も出かけていることをいいことにやってきたが何も客に気にした様子もないのか手忙しく何かをした
「何をしてるんだ」
「夕飯の準備です、今日は3人とも出てるから今のうちに作ってあげようかなって」
「いいもんだな、君の手料理が食べれるだなんて」
「高見沢さんはいつも手料理なんかよりずっといいもの食べてるじゃないですか」
皮肉かとも聞きたくなる、人を落とすには胃袋から何ていうキャッチコピーはよく見かける、そのせいか女という生き物はえらく自分はできるというアピールをしたがる生き物だと知っている
この女は媚びることも望むこともない、客と店員としてしか決して触れ合うつもりは無いらしい
「そういえば真司くんに噛み付いたんですっけ?」
「真司?」
「少し髪の長い記者の男の子、ほらライダーの」
「あぁあのガキか…馬鹿なことを言いやがるんだから仕方ない」
「あまりいじめないでくださいよ、いつか噛まれるかも知れませんし」
この喫茶店にいるのかとようやく認識した、1度来店した時にえらく噛み付く犬が1匹いたという印象を抱いたが葵や他の人間の前ではあまり自身をさらけ出すとは良くないからだ
それでも本性を知る葵からすればその時の猫かぶりは気持ちが悪かったと言い占めるほどだ
「こんな所にあまり来てたら恋人達に怒られてしまいますよ」
「恋人なんて俺にはいない、まぁ葵なら俺の恋人に欲しいがな」
「やめてくださいよ、私刺し殺されたら笑えませんから」
切った野菜を沸騰した鍋にいれた葵は困ったような顔をするが本当の話だ
確かに高見沢逸朗の周りには女が後途絶えない、だがそこに愛はなく性欲発散の人形と同じ存在だ
金を渡してしまえば股を開き、猫撫で声で擦り寄る、孕めば結婚を持ちかけてくる女も少なくないがそれらもまた金で黙った、世の中は汚い程に出来ているのだと理解しているからこそ葵のような人間を時々見るたびに変えてやりたくなった
「なら俺と結婚をしたらいい、刺し殺されることもないと思うが」
「私まだわからないんですけど、好きな人じゃない人とは出来ませんよ」
「貞操概念の硬い女だな」
「貴方の周りにどうしてそういうのが来るのかだなんて、あなたが呼ぶからじゃありませんか」
醤油と味醂をいれて味付けをしていれば店の中に懐かしいような甘辛い和食の匂いが広がる
この女はそうだ、すぐに思ったことを口に出す、相手がどんなものであれ自分には関係がないと言いたいからか、手にしたことのない玩具に興味を引かれる子供のようだった
手にすれば飽きてしまうのを理解しながらもそれを望んでしまう
「お前くらいだ、そんな歳で俺に生意気に言ってくれるのは」
「他人に上部だけの言葉を投げるのは誰だってできることですからね」
「もし俺が何もかもを捨てて本気で欲しいといったらどうする?」
本気だという言葉はあまりにも嘘くさいかもしれない、葵は気にした様子もなく小皿に入れた出しの味付けを確認しながら一人で自画自賛した後に高見沢の言葉にようやく返事する
「あなたじゃ無理ですよ、だって出来てるならきっと最初の人が子供を身ごもった時にきっと全てを捨てますから、でもね…本当の野生の動物は檻の中なんか破ってでも出てくるんです」
飼い慣らされるのが貴方じゃないでしょう?
まるでそういう葵はまだ彼から言わせれば子供であるのにその考えがあることが面白くてたまらなかった
既に冷めてしまった紅茶を喉に押し込むように飲んでテーブルの上に一万円札を置いた
「楽しませてもらったからな、釣りはいい」
「そう言われるまでもありませんよ」
出来上がった肉じゃがに蓋をした葵は小さく笑う、出ていこうとした途端に丁度戻ってきた城戸真司が目を丸くしたあとにまるで犬のように噛み付くのを無視した
「またお前に会いに来る」
その時にまた同じことをいってもこの女は一生考えを変えない、それがこの女のいい所であり、悲しいものでもあった停められている自社の車に乗りこんだ高見沢は花鶏をみつめる、いつまでも恋焦がれる少年のような熱い瞳で
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