由良吾郎
▼▲▼
初めての頃というのは何でもうまくいかないものだ、だがそれは平凡な人間の証でありその女は違う、容姿端麗頭脳明晰何をとっても完璧な女性弁護士北岡葵は書類を睨みつける
「…先生」
もうそろそろ時間だと告げたげな秘書である由良吾郎の声に対しても実際反応したくない程には取引の相手を嫌った
女であることは大変面倒なことだった、この仕事は口と真実をどれだけうまく使えるかだ。
その中で女が口を経てば生意気だと罵られ、取引相手には頭を下げられながらも見下され続けた
「ゴローちゃん、私行きたくないよ」
「電話はしてあります」
「…ゴローちゃん」
「今日は先生が気に入ってくれたガトーショコラ焼いてますよ」
名前を呼ぶだけで彼は幸福を与えてくれた、秘書でありながらボディーガードであり、恋人以上夫婦未満の存在である彼がこの人生においてかけがえのないものになるとは思わなかった
初めて出会った時彼は些細なつまらない殺傷事件に巻き込まれた、詳細は今のところ話すほどでもない物でそれでも彼は今よりも近寄り難いものだった
「俺は先生の為でしたらなんだって致しますよ」
「じゃあ」
「先生…」
それでなくても今日の打ち合わせをキャンセルしたのだからと言いたそうな顔をした
口数は少ないが確かに言いたいことはよくわかる吾郎の言葉、静かな事務所にコンコンと数回のノックがなってドアを開けた時にはいつも通りの高身長に端麗な顔立ちの男が1人、桃井礼がいた
「これはこれは、礼さん来て下さるなら早くいってくださいよ…もしかしてようやく私とでー「浅倉威についてもう少し情報あるだろ?教えてくれないか」
堂々と入ってきてそういった彼にため息をつく、いつも素っ気ない彼はこの世の男とは思えないでいた、自身をいつも見もせずに仕事のことばかり、おまけに今では脱獄した浅倉威以外考えてないのかと聞きたくもなるほどあの男に執着した
「失礼します」
ソファーに腰掛けた桃井と葵にひとつずつケーキとお茶を置いた吾郎はあまりこの桃井という男を好きになれなかった
それは葵にとっての特別を持つゆえにだ、所謂嫉妬でありそれは葵も重々承知していた、それでもやはり自分に靡かない男がどこまでも面白がった、当たり前な話そこに愛等はないが
「今日も美味しいですね、流石北岡先生の秘書」
「恐縮です」
「なら毎日でも来てくれていいんですよ?まぁ勿論私に会いにですけど」
「さてと、聞きたかったぶんは聞き終えたしそろそろ行くか…ご馳走様、由良さんも失礼しました」
一言添えてまたすぐ出ていった彼に深いため息をついてソファーに横になる
テーブルの上の皿に盛られたガトーショコラは綺麗に消えてしまっていた
「ねぇゴローちゃん、どうして礼さんは私を見てくれないのかな…魅力がなくなったとか?」
「そんなはずありません、彼は…少し特殊ですから」
食い気味に行った吾郎の言葉に少しばかり嬉しくなって皿を持っていくその背中を抱きしめる
全体的に体格が大きく筋肉もよく付いており、出会ったばかりの頃に渡したシャネルの香水の匂いが鼻に広がる
「んー、吾郎ちゃんは私に魅力感じる?」
くびれた腰にアラフォーという年齢になっても感じない肌のツヤ、薄くもしっかり施されたメイクに大きな瞳とぷっくりとした唇にそれなりにある胸
男ならば色気を感じるであろう葵にそう言われ断るのは浅倉威か桃井礼くらいだろう
現に目の前にいる由良吾郎の耳は少しだけ赤く染まっていた
「先生」
あぁこれは遊びすぎたと思いながら渋々腕を離せば振り向いた吾郎の顔は赤く染まっていた、どうしてこの男はこうも可愛らしいのだろうかと思えてしまう
そう思っていればいつの間にか吾郎の顔が近づいて唇が重ねられた、腰を抱かれ薄く開いた口の中に舌が恐る恐る入ってきては犬のように舐めるようなキスをされる、その心地良さに腕を彼の頭に回す
「ごろちゃん?」
小さく息を吸いながら心地良さの余韻を感じながら名前を呼んだ
顔を見せることもなく肩に頭を置いて抱きしめてきた彼はその低い声でいう
「これに懲りたら自分を卑しめないでください、葵さんは十分すぎますから」
力の込められた手に胸が高鳴る、在り来りの言葉だとしてもこうまで心を躍らせられる相手はやはりこの男しかいないのだと感じながら葵は吾郎の髪を撫でる、嬉しそうな顔をしているのだと予想しつつも小さく聞こえた「そろそろ仕事に戻りましょうね」だけは聞かなかった事にしたいものだった。
▲▼▲
- 43 -