浅倉威
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寒い
ただ一つ考えるのはその事だけだ、今日の花鶏は優衣のおばさんも居らず夕飯の支度も用事があってみんな出来ない状況下
おまけに店も閉めることは出来るわけもなく、仕方なく1人で営業していればこんな時に限って大忙しだった
ようやく一息ついたかと思えば珍しく北岡秀一と由良吾郎の二人がお茶をしに来てしまうほどだった
あぁ雪降ってる
なんてチラチラと降り始めた雪に思って家のアパートの階段を上がろうとすればその階段に人間が1人体育座りで眠っていた
パサパサの髪の毛に派手な蛇柄のジャケットにパンツにアクセサリーを身につけた男を葵は知っていた
だが声をかける気にもならずに横を通り過ぎて階段を上がってすぐの自分の家のドアを見れば蹴られていたのか、足跡が大量についており思わず男を見てため息をつく
「おい…飯」
呟いた男の声は仕方がないが耳に入ってしまった、ドアを開けてカギをそのままにしていれば慣れた手つきで入ってきた男、浅倉威はこの日本全体を怯えさせるほどの犯罪者だ
イライラするという理由だけで人を殺せる異常者であり、葵はミラーワールドを知る存在であり、目の前の浅倉威に1度助けられた人間だった
「っ、つめた」
手に持っていたスーパーの袋を片付けようとしていれば背後から回ってきた手が腰から腹回りに付き、服の中に入った
外の寒さで冷えきった手が胸に合わさる
「あの浅倉さん、冷たいし恥ずかしいし…なんですか」
「さむい」
「寒いじゃないです……はぁ」
まるでこれでは子供や動物を相手にしている気分だ、だが浅倉威はそんな男だ
手を軽く退けて正面から抱きしめれば背中に回された腕が強くなった気がした
「嫌な匂いがするな、北岡と会ってたのか?」
「お店に来てくださったので休憩時間に少しお話を」
「イライラする、アイツには関わるなお前まで糞の臭いがへばりつく」
いつも彼の世界は黒と赤に混じっているような気がしてならない、糞尿の臭いにまみれた世界の中で正常に機能する葵はきっと異常なのだとも思えた
それでも目の前に縋れるなら縋りたかった、この嫌な匂いも声も何もかもを消してくれるなら、女一人容易いものだ
この女が生きているあいだは何とも安堵する、心臓が動き女が動くそれだけでこの世界にも少しは異常があるのだと理解できる
「浅倉さん冷たい」
「お前が温かいだけだ」
「なんだか凄い今日は甘えたですね」
「…黙ってろ」
口数少なくそういう浅倉に葵は手を伸ばして頭を撫でる、食事のことも言わずに甘える彼は珍しいからだ
男に性的な欲は殆どなかった、その欲は全て暴力に消えるからだろう、だから安心感が葵もあった、浅倉威は女を女と見ない、弱く泣きわめく人間の一種としか認識しないのだと理解している
それでも時折飼い主に甘える猫のように頭を押し付けて、唇に甘く噛み付いた、それ以上はない、浮浪者同様の筈の逃亡者であるはずの浅倉威からはシャンプーの匂いがしたことにまたミラーモンスターを使い家の住民を食わせて部屋を借りたのかと理解する
「浅倉さんまた襲ったでしょう」
「さぁな」
「この匂い私の家のシャンプーじゃないし、来る前にまたしてたんでしょ」
「ならなんだ?お前が俺を洗う気か?」
面倒くさそうな浅倉威の声が頭上で聞こえて腕の力は強まる、まるで獲物を捉える蛇のようだ
葵も葵でまだ夕飯を食べておらず少しばかり空腹感があった、たかりに来たのではないのかと思いながら目の前で抱きしめてくる男の身体はやはり傷がちらほらとみえた
「寂しいなら寂しいって言えばいいのに」
「反吐が出るな」
「ご飯は?」
「よこせ」
「ならこの手、離してくれませんか」
「断る、黙ってろ」
あぁなんでこんなワガママな子供を拾ってしまったのだろうか、どうしてこんな危険な蛇を飼おうとしてるのか
過去の自分を殴りつけたいと思いながら、なんだかんだとこの男が嫌いではないのだと認識させられる。
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