由良吾郎


※少しモブがでしゃばる





「ごめん、お前との将来が分からない」

8年半連れ添った彼氏はそう言った
仕事終わりにクタクタの体でお風呂を洗いお湯を張って、この人が好きそうだと思った入浴剤を入れて、夕飯を作り、帰ってきて二人並んで夕食をとる中で箸を休めてそういった

「は?」

8年半だ
その間で人間はなにかに変われた、もしかしたら違う人を見つけて愛し合い結婚をし子を成せた
もしかしたら仕事が変わって海外に行きたくなってそこで新たな世界を見て、視野を広げたかもしれない
様々な可能性が頭に浮かんではシャボン玉のように割れた。

考えの次に現れたのは涙で耐えきれなくなり立ち上がり、一番大きな鞄に必要最低限のものをいれた
恋人だった男の静止も耳に入るわけもなく幼馴染の家に走った、きっと彼なら家に泊めてくれるだろう、迷惑がかかるがきっと彼の同居人も許してくれると思ったから。



事務所から家にかけては車で約10分ほどの場所だ、広い一軒家で事務所とはまた違う清潔感があり、悲しいが嫌ではない男二人で暮らしていた
事務所から戻った20時過ぎ丁度秘書、由良吾郎の作った夕飯にありつこうとした時、突然チャイムがなった
この家はあまりほかの人間、ライダーには知られてはいない、何故なら家よりも事務所の方がいる時間も日数も多いからだ

「先生」

「こんな時間に全く誰なんだか、ゴローちやんみてきてよ」

小さく頷いた吾郎に律儀に手を止めた北岡、ドアを開けた途端にいつもの冷静さのない吾郎の声が聞こえて、確かにそれは北岡秀一の昔馴染みの名前を呼んだ


「ごめんね、秀一くん」

月に数回事務所に来て話をして食事を取る程の仲である女がそう言った
目を腫らせて大きなバッグを抱えて、服もラフな部屋着のようで何かあったかと思う
それこそ彼女は昔から彼氏と住んでいるということは北岡に話していたからだ


「将来が、みえないんだって…私じゃ」

落ち着いた葵は夕飯を一緒に食べるのかと思いきや、食欲もなく吾郎の言葉を断り、入れてくれたジャスミンティーに口付けた
北岡には分からなかった、もちろん恋人がいた事もあり将来をその中で考える人も昔はいた、その中で吾郎とまでは行かないがしっかりとして、家事も人並み以上にして仕事も若い頃から成績がよくスグに店舗主任に上がった
周りから見れば彼女は完璧で素晴らしいことだ
だからこそ相手も思うのだろう、何が彼女にとって必要なのか、男として自分は機能していないのではと
勿論北岡秀一のように秀才で容姿端麗で何もかもが完璧な人間や、自分にプライドがとてつもなく有り女を見下す、または真反対の人間ならある意味続いたのかもしれない、いい意味でも悪い意味でも

「少しの間ここにいさせてほしいの、勿論お金は出すけど…1ヶ月以内には出るし」

「いいって、帰れないんでしょ?」

「…うん」

「ゴローちゃんもいいよね?」

「勿論です」

元より面識のあった吾郎と葵は挨拶することもない、それこそ北岡と出会った頃からの知り合いであり、彼女もまた吾郎を守ってくれた人間だ

「あと金とかもいいから、それなら自分定時なんだし夕飯とか作るのとかゴローちゃんに楽させたげてよ」

「先生それは」

「それでいいなら、それに吾郎くんだっていつも秀一くんのワガママ付き合わされてて可哀想だもの」

「お前なぁ」

「ホントのことでしょ」

そういってクスクスと小さく笑った彼女との生活は何不自由なかった
それどころか元から住んでいたように感じる程で今までは男二人、家に帰らず事務所で寝泊まりも少なくなかった事が今では帰らなくては葵からのコールが事務所にうるさく響いた
まるで母親が来たようなもので、吾郎も家に帰れば秘書でもボディーガードでもない、ただの男に変えられた。


「おかえりなさい、あれ吾郎くんだけ?」

「はい、すみません…先生は夕食はいらないと思われます」

「なら私と二人だね」

吾郎は葵を敬愛した、北岡秀一に敬愛するように、それと同時に尊敬もした
どこまでも真っ直ぐと何事にも真剣で努力家だ、料理も吾郎がプロシェフだとすれば葵は家庭のお母さんのようだ
暖かく優しく気遣ってくれる、だからこそあの北岡も高級なものならなんでもという割に葵の料理は好んで作らせた

「吾郎くん本当優しい顔するね」

「…そうですか」

「うん、怖い人かなって思ってたけどいっつも気を使ってくれるし、吾郎くんは早く恋人作らないの?」

「先生が居られますので」

「そっか、いつか素敵な人が吾郎くんにも訪れたらいいね」

そう微笑みながら葵は夕飯の皿を取ろうと手を伸ばす、元より吾郎の使っていたキッチン故に全体的に高く出来ているために背伸びをしても少し難しかった、それを見かねてか後から皿を取った吾郎に葵は思わずみつめた

「葵さんには俺も先生も居ます、だからあまりさみしい顔をしないでください」

手を取られて真剣な瞳で語る、胸が高鳴りながらも吾郎にとっての一番は北岡だと葵は必死に頭の中で考えて知らぬふりをして微笑んだ
それでいい、きっと今は傷心で優しい二人に甘えているだけだからと決め込んだ

それからも何も生活は変わらずに新居を見ようとした葵に北岡は拒否した
勿論吾郎の休暇も取れる上に葵のメンタルは一度崩れたら立て直しが難しいことをよくわかっていた、何よりも吾郎と葵の仲を密かに喜んだ
人に好かれず人を好きになりにくいからか、自分を愛してくれる二人を純粋に愛したいからだ

「荷物だけそろそろ取りに行ってくるね、遅くても19時くらいには帰るから、夕飯は吾郎くんに任せてるし秀一くんもワガママ言わずにね」

「はいはい、俺そんなに子供じゃないって、ね?ゴローちゃん」

「はい、先生」

「吾郎くんも甘やかしちゃダメだよ、秀一くん本当すぐ甘えるから」

そう口うるさくいった葵に呆れたようなけれど嬉しそうに微笑んだ北岡
そんな二人を見て自分も嬉しくなる吾郎
あの別れから二ヶ月近くが経とうとした、仕事を終えて未だに手放してなかった合鍵を使い部屋を開ける
今更浮気も何も気にするつもりもなかった、部屋の中は荒れて知らない女物のコスメや服が占領して、置いていった自分用のマグカップには知らない歯ブラシが置いて
ベッドには夕方にもなりながら女が寝ていた

「誰ぇ?」

甘ったるい女の声に鼻につく香水の匂い、あぁ結局こういう馬鹿な女が好きなのかと呆れたと同時に虚しさが強まった
なぜこんな女の為に苦しんだのかと、なぜこんな女のために泣いたのかと

「気にしなくていいから、私のいるものだけ持ってったら帰るし」

「えぇってか元カノ?まじ?うわぁ最悪」

口うるさく話し出した女に耳を傾けることもなく、置いていた服や下着に靴、仕事用の書類やパソコンなど急いで持っていけなかった物を全て出張用のキャリーケースの中に入れていく
ドアの開く音がして間抜けな帰宅の声が聞こえる、あぁそうかとまた気づく、この家では自分は奴隷でこの男のために食事に風呂に用意させられていたんだと
本当に自分が馬鹿に思えた、顔を見た途端に青白くさせた元恋人、キャリーケースの蓋を占めて「お邪魔しました」と告げながら部屋を出ようとした

「なぁおい、ちゃんと話し合おう」

「…」

「家にも帰ってこねぇし、家とかの家賃も俺一人なんだし」

「勝手に女連れ込んでるくせによく言えるわね、アンタが勝手に私に「将来がみえない」なんて言っておきながら」

「なんだよ逆切れかよ」

玄関先でそう揉め合う、奥でねむたげな顔をした女に苛立ちが募りながら興奮を抑えられずまくし立てる
あぁダメだとわかりながら勢いよく手を振りあげて頬にぶつけようとした途端ドアが開き後から手を取られる

「ダメっすよ葵さんは」

「…吾郎くん?」

「帰りましょう、先生も待ってますし…ここは葵さんの家じゃないですから」

包み込むように抱きしめてそういった吾郎はキャリーケースを掴み、葵の手を引き歩こうとし出す
男のつまらない罵声が葵と吾郎にかかる

「なんだよこの尻軽女!結局誰でもよかったんだろ俺があんなに尽くしてやったのに」

「…ならあんたはどれだけ葵さんのこと分かってやってたんすか」

足を止めた吾郎が葵への罵倒に人を殺さんとばかりの殺気でみた
男に足を進めた、吾郎の殺気に圧されて萎んだ風船のようになり、情けない顔をした

「吾郎くんいいよ、そんな人…私が夢見せてあげられなかったんだよ」

吾郎の手を取って何も言わずに歩き出す、ここから北岡家に戻るまでには徒歩で10分圏内だった
何も話すこともなく歩いた、歩き続けてから葵は突然足を止めた

「葵さん?」

2歩ほど先に行ってから足を止めた吾郎は葵を見れば案の定彼女は涙を流していた
耐え抜いたと思えた、近づきながらそっと腕を伸ばし抱きしめることしか吾郎には考えれなかった
愛おしさと悲しさに満ちていた

「ありがとう吾郎くんいてくれたから、私救われたよ秀一くんにも」

「…俺は別に」

「ごめんね、あの男の言ってること会ってるかもね、吾郎くんの優しさに甘えて」

「葵さんだから、俺は甘えて欲しいんです」

思わず抱きしめていた手を離して葵の肩に手を置いて目を見つめた
まるで子供のような純粋な瞳でそういうものだから、葵は目を丸くする

「先生に言われたんです、葵さんが好きなんだろって…昔から優しくて強くてだからこそ貴方に優しくしたかった

だから葵さんが最低だというなら、俺は誰よりも酷い男だと自分を罵り続けます」

「酷くないよ、秀一くんも私たちの気持ち知ってたんだと思う」

だからこそ二人で今居るんだろう、葵の涙は止まって吾郎の背中に腕を回す
身長高い彼の腕が回って包み込むように葵を抱きしめた

「将来が見えなくてもそれでもいいなら、私といてくれますか」

「…勿論っす、でも」

「はい?」

「先生と3人じゃいけませんか?」

吾郎のその言葉に葵は思わず吹き出した、結局この人はそういう人だ、けれど北岡にジェラシーを抱いたことは無い
なぜなら二人は1人であるのだから、それことどちらかが消えてしまえば機能さえしない気がした

「うん、三人でずっとね」

先のことは見えずとも足元さえ光ればそれでもいいと葵は思えた
これから先辛く苦しい困難な道があれどきっとそこには光があると信じたからだ。






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