クレナイ・ガイ





どこからとも無く聞こえるハーモニカのような音色に目を覚ました、もう空は茜色になっており公園から子供たちは逃げ帰るように出ていく中を一人の男が入ってくる

「いつ聞いても、素敵な音色ね」

そう男に声をかけた、演奏を止めることはなく、その音色は公園の中に響いた
ベンチの上で寝ていた葵は演奏の終えた彼を見て言う

「おかえりなさいガイ」

「ただいま葵」


一番風呂が地球上においての贅沢だと言う彼はご機嫌な様子で湯船に使っていた、鼻歌さえ聞こえそうな程に数分前の風呂の出来上がりを知らせてくれた音に反応してすぐに立ち上がり子供のように嬉しそうにいってしまった

「ここにスウェットとタオル置いてるから、ドライヤーいるなら洗面台の下に置いてるからね」

「あぁ、ありがとう」

随分とまた汚れて帰ってきたものだと彼のコートやジーパンにシャツを見て溜息をこぼす、週に1度帰ってくればいいほうだが今回は3ヶ月ぶりだった
同じ街に居るはずだとも思いたいが全くと言っていいほど顔を合わせず、ガイに至っては新しい家を見つけたのか気にした様子もないことに葵は少しばかり寂しく感じた

もとより2人は恋人でも友人でもない、ただガイに無料で泊まらせてやっているだけだ
ある日の怪獣襲撃後に倒れていた彼を助けた直後すぐに消えてまた戻ってきたかと思えば律儀に礼をされた
風来坊なこの男を縛りたいという訳では無いが、近況報告ぐらいきたっていいではないかと葵は文句を吐きそうにもなる

「葵、葵?」

「えっあ、もう上がったの?っていうか髪の毛濡れてる」

「あぁ、ドライヤーってのが分からなかったから頼めるか?」

世間ズレした彼が時折面白かった、短く細い黒髪をタオルドライしていく、白い肌をしているだとか手がまた傷だらけだとか、様々な所を見つけては心配をして
それでも家族にも恋人にも友人にもなれない自分が悲しいように思えた

「久しぶりに会えた」

「少し旅をしてた」

「なんだかいいことがあったみたいな顔してる」

「かもしれない」

「置いてかれてばっかりだね私」

ガイがどこで何をしているのか分からないが、彼はなにか大きなことをしているのだと察してはいた
それ故に大小様々な傷が彼には確かにあって、ボロボロの体で帰ってくることも少なくなかった、何処で誰と喧嘩をしているのかと野暮なことは聞けるわけもなく、黙ってその手当をするのが役目だ
暖かいご飯にお風呂、そして傷の治療をして一晩寝れば彼は翌朝消えてしまう
寝ている間や、朝食を食べたあと、次にいつ戻るかも告げない

「他人が苦手だからな」

「嘘ばっかり」

そう言い返せば困ったように眉が下がり微笑んだ、タオル越しに触れる髪の毛はサラサラとしていてそっと肩に手を置いた
振り返ったガイが何も言わずに腕を伸ばして抱きしめ唇を奪う
ソファーの裏にいる葵を簡単に抱き上げて自分の膝においては何度も重ねた、下唇を軽く噛んで舌がなぞる
この関係が初めてではなく2人はいつの日からか自然に互いを求めたのは本能なのだと察した

「ガイ、ご飯は?」

「後ででいい、今は葵が欲しいんだ」

「私もほしい、ガイが欲しいよ」

背中に腕を回してガイを感じる
温もりだけは嘘をつかずに今ここに彼がいてくれると認識させる、夢でも嘘でもないと

気だるい身体を起き上がらせて少しだけ寝ていた頭を機能させる
下着1枚に専用だと言わんばかりに買っていたラムネを丁度開けていたガイは目覚めたばかりの葵に気づいてベッドに腰掛けた

「ほら、目覚めに一杯」

「これ開けるのだけは本当上手だね」

「他のだって開けれるぞ、コーラの瓶の蓋とか」

「ジャムの蓋は破壊したくせに」

「…あれは、悪かった」

拗ねた子供のような顔をしたガイに笑ってラムネを飲み込んだ、喉を通る炭酸が乾いた寝起きの喉を刺激する、もう一本取り出して開けたガイがラムネを飲むのを見つめて時計を見れば22時を過ぎた頃だ
腰を上げて食事を作るかと思えば彼がいう

「俺の帰る場所はいつだってここだと思ってる、だから心配しないでくれ」

見透かしたような言い方でそう告げたガイに動きが止まる

「帰ってくる時くらい事前に教えてよ」

床に落としたシャツを着て葵は返事をした、彼の顔は見えないが申し訳ない顔はしているのだろうと何となく察した

「悪い、けど葵ならいつでも歓迎してくれるって思ってる」

飲み終えたラムネをテーブルの上に置いてスウェットを着始めるガイは世間話を話すように葵にいう
互いに怒ることも文句を言うこともない、これはただお互いの思うことを述べてるだけで嫌なことも何も無いからだろう

「ガイが帰ってくるかいつも待ってるんだから」

冷蔵庫の中の材料を出して夕飯を作り始める中でガイは料理をする葵を見つめた
愛おしそうに慈悲深そうな瞳で、恥ずかしそうにそれを知らないふりをして野菜を切って沸騰した鍋に放り込みコンソメを入れる

「あぁ、だからここに帰ってくる時は『ただいま』って胸を張れる」

「帰ってくる前に連絡くらいしてよ…」

「あぁ」

「晩御飯考えれてないんだからさ」

「葵が作る料理ならなんでもいい、好きだからな」

テーブルに並べられたコンソメスープにオムライスを食べながらそういったガイを葵は見つめた

「おかえりガイ」

「ただいま葵」

優しい声は部屋に広がった、小さく笑う葵につられて微笑みながらオムライスを口に運ぶ、幸せがあまりにも溢れているこの部屋はガイにとっての楽園だ
それを彼女に伝えることはないだろう
2人はそんな関係だから


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