由良吾郎





「最近えらくこの辺り猫多くない?」

「猫…ですか」

「近所の人が餌でもやってんのかなぁ」

北岡の言葉にそういえば近頃事務所の近くで猫がよく鳴いている声が聞こえるな、と思い出す
猫避けのペットボトルでもしてみるか…と考えながら昼過ぎに1度声をかけて買出しに出かけた

「ごろちゃんこんにちは」

事務所を出てすぐだった、聞きなれた女性の声と自分の名前に思わず顔を上げる

「今日もいい毛艶ですねごろちゃんは」

「葵さん」

「あら、こんにちは吾郎さん」

側によればよく顔を見る女性とその足元には焦げ茶の毛色で少しだけ目つきが悪い猫がいた
甘い声を上げて彼女の足に腹を見せては寝転がっていたが吾郎が近づいた途端に威嚇をして彼女の後に隠れた

「それは」

「ここ最近見掛けて、可愛くてよく遊んでたんです」

「名前があるんですか」

「えっ、あー…聞いちゃいました?」

申し訳なさそうな顔をして少し恥ずかしそうだった、間違いでなければ自分と同じ名前を付けていた気がしたからだ
悪い訳では無いが、なんとなく気になってしまった、買出しに行くといいながら足止めを食らうものだが何となく話し込んでしまった

「ごろちゃんって呼んでるんです、ほらなんか似てるでしょ?」

「…そう、でしょうか」

猫を簡単に抱き上げた彼女の腕の中の猫は少し垂れた瞳で睨みつける、尻尾は相変わらず広がって警戒心満開で元より動物には好かれにくいことは分かってはいたが残念なものだ

「それより今からどこへ」

「夕飯の買い出しです、葵さんは先生に?」

ここに来るということはそういうことだろうとドアを開ければ猫を下ろした彼女は一礼して入ってしまう
ドアを閉めたあとに残された猫と吾郎はまるで睨み合うように見つめた、猫と言えど想い人に甘やかされるのは狡いと少しばかりのジェラシーを感じていれば猫は鳴いた「お前には興味ない」と言うように

「先生…」

どうやら大人気ない…いや、人間気ないが苛立ってしまう
とはいえ今は北岡だけでなく客人として葵も来ているのを思えばスーパーまで足を早めた


「ふぅん、それでごろちゃんって?」

「そうそう、北岡さんに似てるのもいるんですけどこの間お昼食べてたら浅倉さんに似た猫ちゃんにサバを奪われまして」

「それは浅倉なんじゃない?」

仕事をする手を止めずに葵の話を片耳で聞く、手馴れたようにキッチンに足を運んで近頃仕入れたばかりのキームンを入れていた
一応は紅茶専門の喫茶店店員なためか、入れ慣れていて吾郎に引けを取らないほどには美味しい

「はい、北岡さんの分もどうぞ」

「ありがと、それより吾郎ちゃんの前でその猫のこと呼んでたの?」

「えぇでも吾郎さんとごろちゃんって仲が良くないみたいで」

残念です…なんて少しばかり拗ねた子供のような顔をする葵に対して、吾郎に同情した
自分が桃井令子に対して接するのは靡かない女だからという理由だが、吾郎の葵に対する接し方は愛だ
優しく繊細なものを愛でた、壊さぬように優しく触れる、数年程度の付き合いではあるが吾郎の葵に対するものは決して醜いものでは無い

「でもごろちゃんパパなんですよ」

「へぇ子供いるんだ」

「ほらこの間事務所のお庭で産んでたんです」

「…それは困るな」

まさかそれに気づかない吾郎でもないだろうとは思いつつ葵の話的には吾郎に追い出させるのも酷だろうと思った
そうこうしている間にドアが開いて小さく低い声が聞こえた、振り向けば吾郎が小さなエコバッグからネギを飛び出させて帰ってきていた

「おかえり吾郎さん」

「はい」

まぁ嬉しい顔をするものだと北岡は思える、この事務所はいつも仕事に追われている、多忙なことはいいことだが放っておけば休息を忘れてしまいそうになる
勿論それは吾郎がいるためにないが、それでも2人だとあまりにも打ち込んでしまう、そんな時に喫茶店のお昼休憩の時間に葵はやって来て紅茶を入れてくれる
まるで出張喫茶店の気分だった

「ほらほら吾郎さんも座ってお茶入れますからね」

「葵さん自分はそんな」

「ダメです、北岡さんの秘書なら貴方も休憩しなきゃ…何かあった時にちゃんと動けるように」

そう言われて押し黙る吾郎は葵には言葉は出ない、それもそうだ彼女に勝てるわけもない、同じキームンを入れて置いて吾郎と少し話をしては冷蔵庫を開けて朝から作っていたらしい月餅を出される
なんとも二人は似ていると思えた

「2人とも本当に夫婦みたいだね」

「そうかな」

「先生?」

のんびりと笑う葵に反して驚いた顔をした吾郎の反応はいつみても新鮮だ、面白おかしく笑っていれば事務所の窓には猫が数匹寄り添っていた

「あ、ごろちゃん」

そういって近づいた葵は窓を開けて出ていった、恨めしそうにみつめる吾郎に笑いが出そうになりながらみていれば急ぎ足で帰ってきた葵の手にはネズミがいた

「なんかお礼だって」

「いいから早くそれ返して!!」

「葵さん…それは」

吾郎も少し冷や汗ものだ、その後どうやら生きていたらしいネズミは事務所内を走り回った、それを捕まえるまで北岡はプライベートルームに逃げ込んだが葵と吾郎はどこか嬉しそうな雰囲気だった。




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