蘇我伊織
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周りから言われる言葉に対して気にすることは無かった、交際歴がいつの間にか8年以上になってしまった
「えぇー、まだなわけ」
「もうまたそういう」
大きく目を見開いてテーブルを叩いた親友に茜は困ったような顔をして眉を下げた
カラになったプラスチックの安いコップの中に入っていたメロンソーダを飲み終えた親友がストローをクルクルと手持ち無沙汰になって回してるのを見て、彼女の左手の薬指を見て感じる
「だってまさか私のが先に結婚するほどまでなんて思わないじゃんか」
「まぁね、でも仕方ないよ約束したんだから」
「例の約束ねぇ、あんたもさ若くないんだから待たなくてもいいと思うよ」
「…わかってるよ、けど私はあの人が好きだから」
学生の頃からの一目惚れだった、勤勉で真面目で静かな二つ年上の高校時代の先輩、それが今の彼女の恋人だった
警察官になるために何一つ現抜かすこともなく、空き時間に来る彼を密かに目で追いかけた、勿論容姿端麗なその人を追いかける女生徒は少なくなかった
静かにするならいいかと思い何も言わず、いつも借りていく本をあとから読んだり声をかけようと考えることでいっぱいの女子高生だ
蒸し暑さの消えた真夏日
お弁当を片手に図書室の鍵を持って向かう時彼はそこに立っていた
「…すみません、今日は開ける予定なくってこの間の委員会の話し合いで水曜日はおやすみって…」
「そうか、悪いことをした、なら明日改めてくる」
「その…私も用事がありますから、もしお読みになる様でしたら短い時間ですがどうぞ?お昼ここで食べたくて来ただけですから」
夏の日差しに差されたように熱が体に溜まって汗が額に張り付きそうになる
緊張の汗が流れそうになる中で必死に平静を装って図書室の鍵を開けて入る、入口のカーテンと鍵を閉めて、図書室を勝手に開けているのは教師には言ってるが流石に今のことをほかの女子にも言えるわけもなく灯りも少なく、小さな扇風機だけが涼ませた
「せっ先輩いつも事件とか、そういう本ばっかり読んでますよね」
「…あぁ、警察官を目指してるからな色んなことを知りたい」
「なら今度先輩向けの本入れてもらうように言っておきますね、私も案外好きなんです」
「…ありがとう水無月」
「…え」
それが初めての接触で、勿論蘇我伊織という男性を知るにしてもあまりにも幼かった
好きだと気づいたとしても彼には一つの夢以外に考えはなかった、それでもいいのだといってしまった
「はぁ、でももうあんたも27でしょ」
「いいの、伊織さんの決心が着くまでいつまでも待つって決めたの…それに、誰よりもあの人が悩んで苦しんでるのは私がわかってるから」
親友とは言え二つ年上の目の前の彼女は苦い顔をした、あまり蘇我伊織のような静かな男を得意としないからだろう
何だかんだというのは心配という意味なのもわかっていた、あんな片田舎の千葉に引っ越してきた彼に何があったのかも知っていた、それでも良かったのだ
日が暮れる帰り道、小石を蹴りながら歩く道で小さな公園で子供たちを見つめた、女の幸せというものが子供や結婚だと言いたいことくらいわかっていた
それでも茜には手一杯だった、蘇我の決意は固いのだから、ねじ曲げても欲しくなかった
「お邪魔します」
ただいまとも言えない恋人の家に入る、警戒心が高く人を信頼しないような人が渡してくれた合鍵だけで幸せだった
サボテン達に霧吹きで水をやり、ほかの観葉植物達にも少しだけ様子を見て、男性の部屋らしいモノのない清潔な部屋の中を軽く掃除する
スマートフォンを覗いて見ても連絡はめっきりない、それこそ先週くらいの話だろう、月に数回向こうの時間が空いた時にだけ食事をいく
それがデートなのかと聞かれてもすべて難しい答えだったが苦しいとは思わなかった
「伊織さん今日も遅いのかなぁ」
遅いのならばその分あの男はなにか大きなものにぶつかってるのだろうと思ってしまう、近頃はNPSという組織が新たに出来たゆえに警察も忙しい等とは聞いていた、元より彼はそこそこの地位がある人間だからこそ多くも聞けずにいた
ただ一つ、警察官だから…忙しいのだろう。ということしか思えなかった
「あ、お米炊いて置いとこうっと」
自炊が得意な恋人故に下手にキッチンも弄れないで米櫃の中で計量して米を炊いて、ひと回り部屋の中を見て余計なことはしてないなと安心する
最後に自分と取られた写真が置かれているのを見て少しだけの安心感を覚えて靴を履き、ドアを開けようとした時だった
「……茜か」
「伊織さん、すみません少し近く寄ったので軽くお掃除とかだけ」
「いやいいが、何かあったのか」
「そういう訳じゃないです、お米だけ炊いておきましたから私帰った方がいいですよね」
通り過ぎようとしたくても前に立たれては仕方なく見上げる、何も言わないその何を映してるのかも分からない瞳が時折怖くなった
恋人として付き合っているはずなのに何故ここまで息苦しくなるのだろうかと思えた、身体を重ねたことさえ片手で数える程度、キスをすることも、愛をささやきあう事もない
それでもいいと言い続けた、寂しさはどうにか紛らわせるものだからだ
「明日は休みだろう、帰らなくてもいいんじゃないか」
「あ、えっ?」
「服ぐらいは貸す、下着が気になるなら近くのコンビニでも売ってるだろう」
「そのあの、伊織さん」
「なんだ」
「嫌じゃないですか?お忙しいのに」
小さなため息が珍しく彼の口から零れ余計に頭は焦り始めてしまう、ずっと薄く開いていた扉が締まり鍵がかけられる音がした
「たまには自宅で食事も悪くないと思っただけだ…悪かった」
「ちがっ、その伊織さん私も出来れば明日の朝まで…いえ、お食事だけでも出来るのなら…したいです」
「…あぁ、適当に作る」
不安が高まる時どうしてか彼はまるでエスパーのように見抜く、そしてそれを抜くようにいつもそう誘うものだから受け入れる
テレビを見ながら食事を黙って二人でして、風呂の準備をして湯をためる間に近くのコンビニまで行き
泊まり用のものを何点か購入するためにカゴに入れていればカゴを取られ小さな箱を投げ入れるのを見てみれば、何とも言わないそれが堂々とあり恥ずかしげに見れば顔は合わせれなかった
聞けば明日は非番だという話で、だから早く帰ってきてこうしてくれたのかなんてたまたまの事ではあれど思えて情事後の気だるい身体で目を覚ます
「…伊織さん?」
寝ぼけ眼を擦ってみればベランダでタバコを吸う彼を見つける、細く長い指に情事後の少し乱れた癖っ毛がいやらしい程に目元を見せる
二つの黒子に不思議な雰囲気
「…起きてたのか、風邪ひくぞ」
「伊織さんこそ夏の夜とはいえダメですよ」
「茜にはいつも迷惑をかけてるな…俺のワガママに付き合わせてるだが…俺はアイツを殺さなきゃ無理なんだ」
「…わかっていますよ」
夏の月にそういった彼の目は今にも泣きそうな程で、鍛えているその身体に腕を回して抱きしめる
彼の姉の話は嫌というほど知っていて、同じ女として苦しいものだった、そして蘇我の気持ちは何よりも理解出来た
「大丈夫、私待ちますから…高校生の頃から待つのは得意なんですから」
そういって振り向いた彼に笑いかければまた悲しい顔をした、誰よりも冷たいをふりをして誰よりも優しいのだと知っていたからこそ好きでいた
見た目などどうでもよく、その優しい熱い心を持つその姿が好きだからこそ耐えれるのだと。
大きな手が伸びて顔に触れて唇が小さく重なる
今はそれだけがあればいいと、女の幸せなんてなくていいと思えた、なぜなら今この時間が幸せだと実感出来てるからだ。
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