高田




この広い北海道の大地で他県民が想像するような札幌から夕張までなんて、たかだか数十分や、電車で行ける距離なんかと思っているだろう
電車で行っても車で行っても何時間とかかる距離まで毎日車を走らせる男にある日探偵は言った

「そんな毎日会うくらいなら向こう住むか連れてこりゃあいいんだよ、めんどクセェ」

女癖の悪いバカな探偵の言葉に眼鏡をかけた男はまた一つ基盤の上に置いてある黒い円形のそれを白に裏返した
車で来ているためか最近珍しくも無くなった烏龍茶をみて、この男もなんだか丸くなったと思わなくもない、もちろんそれは一人限定ではあるが

「いいんだよ、向こうはあっちの生活のがいいって言ってるんだし」

「ふぅん、怠惰なお前が真面目に朝早くからあのオンボロ車で迎えに行ってねぇ」

確かに横に座る探偵の言いたいこともよくわかる、それこそ時間があるなら永遠に寝ていたいと思うような男が真面目に恋人である女に会いに行ってはたった一時間程度だというのに帰って来てを繰り返す
それこそ依頼がなければ探偵よりも遥かに会っているだろう

「あいつが毎日会いたいって昔言ったからな」

「…健気だねぇ高田くん」

なんて冗談交じりにいう高田でも、その瞳は確かに愛おしいその人を思い浮かべているのだろう
いつのまにか角も取られ全て白く塗り替えられていたオセロにため息をついた

「じゃ、お前のおごりな」

これで三日目かよ、なんておもわず思う
ゲームを終えてまた飲み始めて入れば、高田の携帯が小さくなった

「ん?あぁ、わかったいくわ」

そういって短く会話して切ってしまった高田の反応を見て探偵の直感だと言いたくもなるが、誰がみてもわかるほど単純化された高田は今から恋人に会いにいくのだろう、夕張なんてある種田舎だ、現在22時48分下手をすれば日付が変わるだろうに。
そう思って入ればケラーオオハラの扉が開いて小さなヒールの音が聞こえる

「いらっしゃい」

「こんばんはマスター、あっいたいた」

マスターの落ち着いた声に、女の鈴のような声
聞き覚えのある声に顔を上げればもうそこには抱きしめ合う二人のアベック
いや今時もうアベックなんて言葉は死語だ、カップルと言おう、身長の低い恋人を抱きしめる姿はまるで熊のようだ、高田の身体の中に埋もれて姿の見えないその恋人はゆっくりと高田から顔を出して探偵を見た

「今晩は、探偵さん」

「久しぶりだな、珍しいなこんな時間に」

「はい、今日はこの辺に友達とご飯してて」

あぁだから高田に誘われたのか、なんて物珍しいことをようやく理解する
相変わらず無言で抱きしめる高田の頭をひとなでしたら、まるで魔法のようにそれは離れた
外は北海道の本格的な寒さゆえにか、少しだけ鼻の先を赤くした、おしぼりを貰って「マスターいつもの」なんていうものの、数分後に出て来たそれはマスター特製の蜂蜜入りホットミルクだ

なんとまぁこの女は酒に弱い上に酒癖が悪い、高田が初めて連れて来た時に飲ませたのが間違いだった、探偵は胸倉を掴まれてそのまま椅子に座って笑っていた所から世界は反転、背負い投げをされながら彼女はいった

「高田くんに迷惑かけてんじゃないぞこの陰毛野郎」

その見た目とは裏腹の言葉が彼女の唇から漏れて目を丸くする、高田は爆笑した
きっとそこが惚れた所なのだろう
仲良しそうに話をする二人を見ていれば、時間も時間だと高田が立ち上がる、彼女のマスターチェックで。という言葉に小さく頷いて探偵を指差した
成る程と納得して欲しくない所を納得されて、ご丁寧に「ごちそうさまです」といって二人は出ていった仲良しそうに指を絡めて

高田とて若いわけでもないが二人して結婚願望があるわけでもなく、幸せそうに微笑む姿は見ていて心地いいものだ
だがその反面やはり一人は少し寂しさもあるなと探偵は深々とため息を吐くものだからマスターはサービスですよと一言添えて空になったグラスを交換した

「やっぱりこの辺りは人も多いし、凄いね夕張とは違うなぁ」

「あっちは街として機能できねぇもんな、辛くないか?」

「大丈夫だって、それに来年には移るっていったでしょ?今はお爺ちゃんの方が忙しいし」

「大丈夫ならいいけど…俺んとこ来てもいいけど」

「バカ、今どこに住んでるのよ」

そういわれては言葉も出ない
大学に住まわせてもらってるほどなのだから仕方ない、仕事に関しては特に金銭面は問題はないが、恋人を余裕持って養えるほどでもなかった
女は現実的で、その時その時で動けるような生き物でもないと聞いたことがあったと思い出す

オンボロ車だと言われる車を楽しそうに嬉しそうに乗ってくれる恋人が好きでたまらなかった

「それにねぇ、毎日健気に会いに来てくれるだけで私本当に幸せなの」

札幌の街並みを見ながらいう、高田の性格だから来ないだろうと、三日坊主になると予想したものはもう何年も毎日欠かさず続いている
例えそれがどんな依頼で手伝わされていようと、朝でも夜でも絶対にその24時間の間にやってくるのだ

「高田くんだって、私みたいな女と付き合ってて嫌にならないのかなって」

「は?マジでいってるのかよ」

「んー、半分マジだって私女として終わってるしさぁ」

気楽にそういいながらも気にしてるのは彼女自身だと嫌でもわかってしまう
結婚をしたくないわけではなく、高田は一度彼女にプロポーズをした、ベタベタな程に甘く夜景をバックにプロポーズをした高田に彼女は笑っていった

「私、結婚したらきっと多くを望むから…そしたらきっと高田くんのこと困らせるし、自分のことも嫌いになる、そんなの嫌なの」

泣きそうな顔で笑う彼女が女として大切な子宮が機能しなかった、交通事故のせいだったと話したのは随分前の話だった
それでもいいと思えてもきっと彼女は無理なんだと理解して一言わかった、と言うしかできなかったのだ

「女として茜が終わってんなら、男として俺終わってていいわ、それに結婚とか子供とかあるから続くわけじゃないし」

「…案外高田くんってさ真面目だよね、真剣に私のこと見てくれて」

「本気だからな」

「私もだよ、だからあの日断ったの…嫌になったら逃げるんだよ」

「…追いかけてきてくれるだろ」

そういって助手席に乗る恋人を見れば鼻だけでなく耳まで少し冷えて赤くなって、白い歯を見せて笑った
それだけで当人達は満足だとまた思うのだ



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