蘇我伊織
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二つ年下の恋人、水無月茜と出会ったのはあの悪夢からスグだった
刑務所に数年間閉じ込められた男を殺すためならば警察になればいいと本気で思った、両親の意思で祖母の家よりの千葉の片田舎、自分たちを知る者もいなければ、自分が知る者もいない
「返却日は来週水曜日です」
静かに淡々とその部屋の椅子に座って本を読んでいた女の手を止めさせたのは紛れもなく自分で、その胸のプレートとプレートをつける札の色を見て1年だと認識した
大方委員なのだと理解をして、一番初めに覚えた新しい高校の図書室は昼休憩の時間に委員と自分、そして誰か他にいればいいほうだ
何も思うことも何も願うことも、年相応の嬉しさや喜びなど何もなく、ただ誰にも負けてなるものかと憎しみを糧にした
「蘇我先輩はいつもさみしそうな顔してますね」
カラリとした暑さの残る9月、ある日からよく話をするようになった図書委員の水無月茜はそういった
彼女の一声のおかげで随分と読みたかった本は増えたし、相変わらず部屋の中は快適で静かで過ごしやすかった、自習時間というなの自由授業のある日は彼女に言って鍵を借りたりもした
親密な関係だといえばそうなのかもしれない、それでも彼女は一人の後輩でただの図書委員だった
「さみしそう?」
「初めて見た時…その、失礼かもしれないんですけど綺麗な顔してる人だなって思うのと同時にどうしてこの人泣きそうな顔してるのかなって思えたんです」
「出来るだけ見せるつもりはなかった」
「いいんです、ここに来る時だけですし」
無理しなくていいんですよ、そう呟いた彼女は姉と深く重なった
優しくて美しい心を持つ人
この世で何よりも純粋という生き物の体現のような
「ここに来る前、姉がいたんだ…姉は同じ男に二度殺された」
気づけば二人きりの図書室でそういった、口は止まることはなく全てを語り
自身の苦しさ悲しさ妬み憎しみ全てを語りつくした、目の前に座る水無月茜は真剣にその話を聞いたあとにゆっくり腕を伸ばして頭を撫でた
「頑張りましたね蘇我さん…大丈夫、きっとその男は貴方の手で殺せます、その為なら私どこまでも貴方を守ります」
ただの後輩である彼女がそういった、柔らかな温もりも、強い言葉も、心地の良い香りも、全てがその時の蘇我伊織を作り固めた
卒業間際に彼女は他の生徒同様に告白をした、たった一言ほかの女生徒と違い
「いつまでも待ちますから」
そう告げて、それは彼女だからこそ言えた言葉だろう
初めてであった頃より少し伸びた髪に大人のような顔、何も答えることは出来ずに「そうか」と告げて足を進めた彼女に制服のジャケットを渡したのはよく覚えていて
それ以来3年以上会わなくなった、再会したのは友人の結婚式だった、特別深い仲では無いが大学ではよく世話になったもので誘われて仕方なくといったものだった
「…蘇我先輩?」
「水無月か?」
あまりにも綺麗になったと思った
大人の女へと成長した彼女は長く美しい髪を緩く編み込み横に流して華やかに、淑やかにそこにいた
昔話に花を咲かせしまい、いつの間にかもう少しだけどいい珍しく二次会に参加して話を続けた、すっかり飲みなれていないらしい彼女は潰れて連れて帰ることになった時タクシーの中で呟いた
「私、蘇我先輩以外…みていなかったんです、今も昔も」
「…ありがとう」
「邪魔になるってわかっています、だから私いつまでも待ちます…でも…それでもダメなら伊織さん…少しくらい夢を見させてくれませんか?」
タイミングよくタクシーがホテルの前で止まった、その時だけだといいわけをして頭の中で謝って彼女の唇を塞ぎ
金を置いてタクシーから出て、酒の匂いの充満した彼女の体を抱きしめた
「…夢なんかじゃない、待ってくれるのなら俺はずっとお前を愛したい、俺のことをワガママだと罵り逃げればいい」
それが当たり前の反応だとわかっているからだ、肩口で背伸びをして抱きしめ返す彼女の鼻をすする音が聞こえた、しゃっくりをして何度も名前がわかりもしない名を呼んだ
「わたっ、わたし伊織さんしかっみれない…っ邪魔でもいいんですけどっ」
「あぁ、俺もお前が欲しいお前の全てになりたい」
細い腰を抱きしめて何度も呟いた、鼻をくすぐる甘い香り
泣きじゃくる彼女の頭をあの日のように何度も撫でて落ち着かせる、顔を合わせた時にはもうメイクが少し落ちてしまっていた
「案外感情的なんだな」
「伊織さんにだけです」
「そうしてくれ、じゃなきゃ煮えくり返る」
「…ところで、どうします」
タクシーは行ってしまって、お互いの家もまだまだある終電もないのだからまたタクシーを呼ぶか目の前のホテルに入るかの二択だった
少し恥ずかしそうな顔をした茜をみて、女という存在を作らなかったに慣れないことに1度小さくバレないように深呼吸をして手を引く
「俺でもいいか」
「伊織さんじゃなきゃ、私ダメですから」
泣いた後の鼻が赤くなって、彼女は幸せそうに微笑んだ
いつか自分の中での決着がつく頃、その時本当の自分達が始まるんだろうと思って。
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