戌亥








戌亥の情報網は兎に角広い、とはいえしていることは案外地味だったりするがそれが大事なのだそうだ
特に女という存在はいとも簡単にあることないこと噂話を持っている、その中でもジャンルの広い風俗や水商売の女なんてものは入手困難なものさえ意図も簡単に漏らしてしまう


「…あ」

新宿歌舞伎町の午前7時、営業終わりのキャバ嬢からの情報を貰いにいった時だ
女はその商売で手馴れた細い指先で体を軽く撫でて顔を近づけた、当然断る道理もなかったのだがそれがダメだったらしい、視界の奥で今にも人を殺さんとばかりに見る女が1人


「最低だ戌亥くん!」


強く睨みつけたところでその目はポメラニアンみたいに可愛くて意味をなさない、とは言えることもなく怒って行ってしまった彼女がこんな時間になぜいるのだろうかと思ってもどうせまたヤクザ関係の代打ちだろう
目の前の女はまた顔を近づけた時には「ごめん、また」なんて無いことを言って走り出す、生憎走るのは得意だった


「私怒ってるからね」

「うん、わかってるごめんね」

「うわ…取ってつけたような笑顔だ」


事務所の中で淡々と適当に食事替わりのスポーツゼリーとカロリーメイトの山、貰い物なのかえらく多い
拗ね方も子供のようで頬を膨らませて怒ってますよと言いたげだ、嫉妬してるの?と聞けばすぐに怒るのはわかっていて言えるわけもない


「茜、怒ってるの?」

「怒ってないよいぬっちのことどうでもいいもん」

「怒ってるじゃんか、俺情報屋だし?理由くらい分かるんだけどなぁ」

「あぁそ、なら私うーちゃんのとこ帰ります」

「待って待って俺が丑嶋くんに殺されちゃう」

これは真剣な話だ、茜の保護者的目線になっている丑嶋にこんなことをバレて傷つけたとなれば、顔面フルスイングどころかミンチだ
机の上の汚く散らばる書類をまとめてる、それもちゃんと内容を見て分けて日付も付箋に書いて貼ってくれてる
怒っていてもすることはしてくれるだ。などと軽口を叩くのは今はやめた方がいいのだろう


「戌亥くんがさ…別に仕事だからとか知ってるもん」

ようやく口を開いたと思いきやそういって書類をまた一つまとめてホッチキスで止めてボックスの中に入れた

「女の人の情報網が多いのもさわかってるし」

そういって書類をまとめて日付を確認しては付箋を貼った、月が違うのか今度は蛍光オレンジになっている


「でも、私も戌亥くんのこと好きだから…嫉妬くらい、しするよ」

そういった茜の顔を見ればまるで叱られた犬のような顔をしていた
昔からそうだなにかあってもみんな彼女に怒ることも何も出来なくなってしまう、悪いと思いつつも言うからだ
女の嫉妬なんて面倒だなぁ。なんていままで思ってきたものさえ相手が変わればなんのその、愛おしさだけが雪のように積もる
椅子から立ち上がり見下ろせば少し赤らんだ頬がまた心を揺さぶる、首元に小さく見える跡をまだどれだけ付けたりないことか教えてやりたいほどだ

「茜ちゃん、キスしていい?」

「戌亥くんここ座って」

珍しくそうしっかりと呼んだ彼女の指示通り大人しく座れば小さな身体がそっと寄り添う
子供みたいな甘え方をして優しく、まるでガラス細工を扱うようにその体を抱きしめた、自分よりも暖かい身体が心地よくみつめた

「戌亥くん、キスしていい?」

「いいよ、その代わり俺歯止めきかないかも」

そういえば茜は少しだけまた顔を赤らめたあと耳元に近づいて小さくいう


「うん、戌亥くんでいっぱいにさせてね」

赤くなった頬も、恥ずかしそうに笑う顔も、小さな手も愛おしい
机の上から落ちてせっかくまとめた資料もあとで片すから、今だけは目の前の恋人を食い尽くして愛し合いたかったのだ。






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