佐藤




「佐藤さんって何考えてるかわからねぇよなぁ」


本人に聞こえる声でそういった高橋の声も知らぬふりをしながら男はゲーム機を見つめた
ぴょこぴょこと飛んで跳ねてはクリのようなキャラクターや亀のようなキャラクターをただ踏み潰す
本来の目的をなし得ようとしないゲーム画面を見つめながらそれを置くから盗み聞いた
近くにいる田中が絡まれるのを横目に(田中くん並みにわかり易いのになぁ)なんて思わず思っていれば、ゲームが音を立ててゲームオーバーになったことを告げていた


「どうかしたかい?」


なんとも思ってないような顔をした、ポーカーフェイスが得意だと最初は思ったものだっていつしか分かるようになった


「夕日くん…犬のしつけ方にも様々な方法があるんだ」

バチバチと大きな音がこのパイプだらけのアジトの中の与えられているわけでもない空き室で響いた
自分たちの自室でもない、武器が置いてるわけでも、何が置いてるわけでもない、ただあるものはもう使われてもなさそうな謎のダンボール、中身なんて空っぽだろう
両手を後ろに縛り上げられて足も同じように固く縛られる、きっと赤くなっているのにそれ以上の痛みが全身に回り腕や足の感覚なんてとっくに消えていた


「例えばねぇ、叱りつけてもわからないなら口枷をつけるんだ」

そういって彼は微笑んでいたが夕日の口元には何もついてはない、ただだらしなく唾液というのか胃液というのか分からぬものが地面を汚して、虚ろな瞳からは軽く涙がこぼれていた

「でもそれでも治らない、だけど暴力というのは最低だと思うんだ…夕日くんだって痛いのは嫌だろう?」

誰だってそうだ、亜人とはいえ痛みに慣れることはあっても感じないことは無い
慣れない死は脳を深く傷つけて痛みを覚えようと必死になる、それでもやはり与えられる苦痛というものは新たなものに塗り替えられ、結局痛いことに変わりはない

「犬のしつけとか、子供の世話とか…似てると思わないかい?」

「…あっ…ぁ」

「うんうん、だよねぇ」

間延びしたなんとも言えない声でそういう、ニコニコと笑う彼を見ては到底そんな怖い雰囲気には思えない
けれど彼の手にはどうしても恐ろしいものがあった、それがどんなものであるのかは自らがよくわかっていた

「犬の躾に打って付けのものを最近よく見るから『なるほど、これかぁ』なんて思わず思ったんだよ」

時折その長方形の形をした黒い機械からは火花が散る、バチバチと大きな音を立てては暗い部屋に赤と黄色などの色を散りばめる様はまるで線香花火のようだ

「なんだかわかるかい?」

「はっ、ぁ」

「うん、正解…電流の流れる首輪だよ」


夕日は今恐怖よりも痛みよりも何よりもこの空間において幸福に満ち溢れていた、別に気が狂っているわけでもない
ただ佐藤から与えられるこのビリビリとしたスタンガンからの熱が心地よかった、奥山が手を加えた改造スタンガンの威力は市販などでは手に入らないような程だ
1.2秒で気絶ものだがそれが何度も何度も気絶して起き上がってを繰り返す、わざわざリセットもせずに起き上がるまで待つのだから時間がかかるというのに気にもせずに佐藤はやった
理由はとてもつまらない、彼にしては普通な理由だった

嫉妬 だなんて、まるで子供のようだったその嫉妬も理不尽であった、佐藤が命じた命令に従っただけだ
次の任務で情報を持つ人間を連れてくるというだけ、仕事終わりの相手を街で自然に見つけたフリをして声をかけてラブホテルに連れ込むそして吐かせるだけ吐かせて全てを奪えばその場で殺してしまう
早朝でありながらなんとも業者車でラブホテルから出ていってアジトに戻って、おかえりなさいと告げる田中の言葉も無視して縛り上げられ佐藤のこの行為が始まる
みんな知りながら誰も止めないのは止めれない以上に二人共がこれを望み喜んでいるからだと嫌なほどわかっていたからだ。

「なにも腕を組まなくてよかったろう?君の優しい肌に触れて…きっとあの男だって最後にいい思いをしたけれどねぇ」

「…ぁ、さと、さ」

「なんだい?」

優しい声だった
まるで子供慰めるように落ち着かせるような口振りでそういうものだから自然と頬が綻ぶ、手の中にあるスタンガンなんて所詮おもちゃ程度にかお互い思ってもなかった、死んだとしても生き返るのだからいいか、なんて楽観視して

「あたし、佐藤さんより好きな人出来たらさぁどうする?」

「変なことを言うもんだね夕日くんも、私以外に心を揺すぶられるならきっと君は君じゃあないよ」

嬉しそうな顔だった、嫉妬に濡れてどうしようもない雄をさらけ出した佐藤の顔をみて夕日は下着が濡れた感覚に気づいたと同時に鋭い痛みは指の先まで、脳の奥まで流れ込んだ、声を小さく漏らしたあと視界は瞬時にブラックアウトをした

丘を越えて行こうよ、口笛吹いて
なんていつものようにご機嫌で綺麗な歌声が耳に響いた、目をうっすらと開けて見れば身体は先程まで硬かった床ではなく柔らかく広い全身を包むような心地よいベッドだ、あぁ自分の部屋だと気づいたのはベッドでだった
夕日の部屋のベッドだけは他のメンバーの部屋とは違い、大人が3.4人寝て丁度いいほど広くそしてホテルのように柔らかいベッドだからだ、そんなベッドに腰掛けて歌を歌いながらゲームをしている背中を見て、上半身を起き上がらせる

「さとーさん」

背後からそう甘ったるい声を出して抱きしめる、ゲームの画面はまた踏み潰して敵のキャラクターを殺していた
何が楽しいのかは夕日でさえわかりもしないし、わかる気もなかった


「夕日くん」

「はい」

それなりの間が空いてから名前を呼ばれたが画面を見ていた夕日はすぐに返事をする
あァ機嫌がいい、なんてすぐに分かったものでみつめた

「ごめんね、傷つけちゃって」

きっとみんな耳を疑うようなセリフだが、そこに感情なんてない、取り敢えずこういえばいいんだっけ?みたいなそんなノリで言ってるようなものだと知っていた
それでも佐藤のそんな言葉を夕日以外は絶対に知ることは無い、同じ仲間である田中たちも勿論、敵である永井や戸崎でさえも、それが何よりも夕日自身を特別に仕立て上げる魔法の言葉なのだ

「うん、いいよ」

そういって緩みきった頬を彼の肩口で隠そうとする、画面はゲームオーバーと書かれていた
自分は犬であるが不出来なのだと心底思えた、こうして叱られて最後は甘やかせてもらえるのをよく知っているから、まるでそれだとDV旦那と嫁みたいだなんて誰かがいいそうな言葉だって、常識も何も無いふたりにはどうでもいいことなのだろう。



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