Gypsy


亜人研究施設に足を運ぶたびに下村泉は心臓が痛むような感覚に煽られた、もしかした自分もここに連れられたのかもしれないと考えれば考えるほど恐ろしいものだった、悲鳴が響き渡り泣き許しを乞い小さく聞こえる助けてという声
002番田中浩二と別に存在する、世間からも隠された000番 信長夕日という人物、今年で18歳になるという少女

「こんにちは泉ちゃん」

黒い綺麗な髪に可愛い少女の顔、研究施設には女性職員はそこまで多くない、おまけに亜人に研究以外で触れ合うものも、昔からいる000を気に入る職員もそれなりにはいた
薄い研究のための病院服を身にまとって、冬だというのに似合わないサンダルを履いていた

「こんにちは夕日ちゃん」

「ねぇねぇ戸崎さんがいいっていってたからお話しよう」

だからこそ夕日はいたく泉を気に入った、それはまるで姉のようにも思えるほどだ、泉もそんな可愛い夕日を好きになり近づく彼女を拒むことは無かった
従順な亜人として戸崎も気に入り、余程がない限りは基本的に夕日のことを却下しなかった
ふと、みえる夕日の膨らんだお腹をみて泉は何も言えなくなる

「もう5ヶ月なんだって、早いよね出産終わるまでは研究もないから施設内で遊んでいいって言ってくれたし」

「そっか、なにか困ったことあったらいってね?」

「大丈夫だよ、こうして泉ちゃんが来てくれるだけで嫌なことも全部忘れれちゃうもん」

差し出された手を取って歩き始める、妊娠をすることは幸せなことだとよく言うが夕日のこれはただの実験だ、亜人から亜人は産まれるのか

またその亜人はどれ程の能力を発揮するのか、モルモットにされる夕日に苦しいも悲しいも、もうなにも存在せずにただされることを受け入れた、知らない男達の汚いソレを受け入れ孕み子供を産む、データだけでも今の赤ん坊を含んで4.5人以上は産んでいるだろう
赤子を抱きしめることもなく奪われ採血をされ、自らの手で殺し確認をさせられる

まともな精神では出来ないことくらい分かっていながらも夕日は受け入れることしか出来ない

「いつかあたしも好きな人が出来て子供を作れるかな」

ベッドに横になりながらそう呟いた彼女は女としての幸せを小さくも望んでいた

「この子ね、田中さんとの子供なんだ…今度こそ亜人を作る為にって」

「夕日ちゃんは逃げたいと思う?もう辞めたいって」

「……変な事聞くんだね泉ちゃんってば、ここから逃げれば苦しいし辞めれないよ」

背中にまるでナイフを突き刺されたような痛みが感じた、自分がもし亜人だとバレてなったとしてもこうなるのだとわかった

何処までも人間は残酷で怖い生き物だった、笑っている夕日は苦しいや悲しいと口にはしても表情には出せないほどになっていた、感情はどこに消えたのだろうかと思えてしまう

データを見つめて中の赤ん坊の健康状態は良好だった、テレビをつけてもきっと彼女は母子をみて羨ましがるのだろう


「あたしね、泉ちゃんが男の子なら好きになる…今も好きだもん、男の子になったならもっと好きになる」

「私も好きよ」

「うん…違うの、泉ちゃんとの赤ちゃんが欲しいって思ってた」

「…そう言われると受け取るのが難しいっていうか…」

「いいんだよ、泉ちゃんと逃げれるなら苦しくて怖くていいから逃げたいって思うかも」

なんてね、なんていたずら混じりにそう言って笑った夕日にドキリとしてしまう
この会話もすべて戸崎や研究員すべてに聞こえているのだから、一歩間違えた返答をしてしまえば自分でさえも殺されてしまうのだ

だからこそいつだって慎重に接してきた、それでも夕日は何も考えた振りをしてこなかった
そしてある日それは突然現れた

帽子の男

「やぁ、今日は田中くんと信長くんを取りに来たんだ」

突然そう現れて告げた男に、どこから情報を仕入れたのかと聞きたくもなる002の田中は世間にも知れ渡っていたからだ
だが夕日は施設でのデータが漏れない限り殆どないのだから

「下村くん000番を連れ出して脱出してくれ、私は先に出る」

その命令を受けて彼女のいる部屋に走り出す、頑丈な窓一つもないガラス張りの部屋の中
うるさい程の銃の音、爆発の音
ガラスの中には男と夕日がいた、男の手が腹に触れて撫でた

「君を解放してあげよう」

「やめろおお!!」

ガラスのロックは解除不可にデータを変えられ、男の身体からゆっくりと黒い粒子が現れて形を宿した、何をするのか予想してガラスを叩く

黒いそれが彼女の腹を突き破りまだ未成熟どころか産まれてはならないサイズで地面に落ちる

「おめでとう信長くん、君はこれで自由だねぇ」

楽しそうに笑った男は泉をみてまるで嘲笑うように笑みを見せる
ゆっくりと黒い粒子が現れて身体の傷を塞いでいく、ゆっくりと目覚めた夕日は男に手を取られどこかに連れさらわれようとする、楽しそうに笑う彼女の表情は初めて見るものだった
ふと足を止めた夕日はいう

「ねえ泉ちゃん、あたしね泉ちゃんが好きなの…だからきっと助けてみせるよ…もう少しだけ、もう少しだけ待っててあたしの運命の人」

大きく声を上げた彼女が男と共に煙の中に消えていく、足の動きは止まって彼女の消えた場所を見つめた
次に会う時は本当に殺し合うのだろうと思えてしまう、あの男の下できっと彼女は変わってしまう、今とは違うのだと確信して




ジプシー
「しばしの別れ」