Shandy Gaff





暴走した自身の影のような存在が腹を貫いた時、視界がブラックアウトし脳が意識を遮断し走馬灯のようなものが流れた、それは海斗の事や家族の事につい最近のようにあった佐藤たちの事だとかそんな中に確かに混ざっている、平凡な彼女

「永井くん」

優しいソプラノの声、暑い夏の日、まだ亜人になる少し前だった夏休みがもう時期始まると浮かれる同級生達の中1人残ったのは、その日自身を呼んだ彼女とその日の日直だったからだ
黒板の端まで綺麗にし、クリーナーをかけ終えたばかりの彼女が帰ってきた、他の女生徒と違い静かで何事もよく出来る印象を植え付けた彼女が教室の鍵を持っているのを見て、あぁもう締めるのかと日誌を持った

「ごめんね、日誌書かせて忙しいのに」

「いや別にいいよ、日直なんだし仕方ないよ僕だけ先に帰ったら申し訳ないし」

「お世辞言えるんだね」

「別に世辞なんかじゃ」

黒いセミロングの髪が揺れてもう暮れかかる夕日をバックにした彼女はまぁ人並みには綺麗だとか可愛いという部類に入るのかもしれない
クラスの女子と話すことがないためかこうして話してくれる彼女は意外で、そして見透かそうとした言い方があまり好きではなかった、高校三年の夏、もう進路で全員が頭いっぱいだというのに彼女は特に何も考えてないような顔をした

「信長さんは進路は?」

隣を歩きながら階段を降りる、盗み見るようにしてみてみれば「んー」となんとも間抜けな声が聞こえて、やっぱり何も考えてないんだなと冷めた考えが過ぎる
他人のことを考えても自分にはなんの関係もないそれにこの日直の当番も来週にはもう関係がなくなる、それが過ぎればまた普通のクラスメイトで話をすることも隣を歩くこともない

「なる様になるんじゃないかなぁ」

ようやく出た答えがそれなのかと言いそうにもなるが人それぞれの考えだと一蹴した
話をする訳でもなく階段を降りる、4階からまた北校舎の職員室まで歩くのはそれなりに遠いと感じた時だった

「あっ」

隣を歩く彼女が前のめりになっているのに気づいた時には王子様でもない自分は落ち行く彼女を見た、踊り場に倒れた彼女が小さく痛みに声を上げて足を抑えていた、普通に捻っているだけならいいが、悪けりゃ骨折や打撲の可能性もある

「大丈夫?」

少し駆け足で降りてみれば「大丈夫、いったいなぁ」なんていう彼女は立ち上がりそうにもなく「ちょっとごめん」と一声かけてからお姫様抱っことやらをして階段に一度座らせ、跪くような格好をして背中を見せた

「先に保健室行こう、別に僕も急いでないし」

「いやいいって、自分で行けるし」

「なら歩いてみなよ」

「…」

「ほらな、どうせできないんだからさっさと保健室に行ったほうがいい」

他人にここまで干渉する自分も意外だとまた思う反面、それ以上に自分が他人に干渉しなかった故なのだと何処と無く感じた
膝より下の規則より少し長いスカートだから大丈夫だろうと思いながら抱き上げる、世辞にも軽いとは言えない人間1人の体重

「なんか永井くんって意外だね、もっと冷たい人だと思ってた」

「目の前で怪我した人見てそのままほっとける程冷酷じゃないよ」

「ふぅん、そっか」

職員室を通り過ぎて一階の奥の一室、会議中らしくいない保険医を予想して靴を脱ぎ椅子に座らせたあと靴を脱いでもらい外の下駄箱に入れる、まだ部活の学生がいるからかグラウンドは大きな声が聞こえた
それでも保健室は二人きりで、男女だ、それでも何1つ互いに思わないために手馴れたように永井が彼女の足を固定していく

「この痣残ると思うよ、捻ってるだけだけど悪かったみたいだし結構痛いんじゃない?」

「ほんとだめっちゃ青紫…ってか黒っぽいねここまで来ると、ごめんね…あっ、鍵これ本当に申し訳ないんだけど職員室返しといて」

「いいよ、どうせ僕も日誌渡しに行く予定だったし」

白い肌と対照的な青紫のその箇所があまりにも痛々しく、指で触れるだけでも痛そうに感じた、包帯等で取り敢えずといった固定をして「じゃあ先に」と言いながら保健室をあとにして職員室に鍵と日誌を渡しに行く

「永井、信長どうした?」

「怪我してたので保健室まだいると思います、すぐ帰ると思いますが」

「こないだほら、女子高生を狙う変な事件でたから一応一緒に帰ってくれ、帰る方面一緒だろ?」


教師の言葉に面倒だと思いつつも仕方なしに従って保健室に行けば足首をいってしまってかうまく立ち上がれずに、生まれたての子鹿のように震えて鞄を手に出ようとする彼女がいた

「ほんとごめん」

「いいって」

何度目のことなんだと思いながらも言わずに背中におぶった重みに溜息をつきつつ歩く
二人分の温もり、暑いだなんて文句を吐いてはアイス買って帰るかなどと言う彼女に睨みつける

「私永井くんのこと案外好きだなぁ」

「そうなんだ」

「他人事だね、まぁいいや…」

暑いから落ちかける夕日のせいだった、頬が熱くなった気がして、心拍が高くなったような気がして
頬に触れた柔らかいそれに驚いて背負った彼女を見れば子供みたいに笑っていた

甘ったるいケーキのような青春ごっこ
今の自分は亜人で予定していた未来図なんて全てかき消されていた、目を覚ませば珍しかったと騒ぐ中野の声に頭が痛む

「…永井なんかいい事あったのかよ」

「は?」

「なんかうれしそーなような?」

「んなわけないだろバカ」

そうただの夢だ、あの日の夏の幻のような
微笑んだ彼女も足の怪我も今はもうない、血腥い現実しか残らずに勇者にも慣れずに世間から追い出されてテロリストを追いかけ回して、自分の平穏のために生きたいからと願って
結局こうしたことも過去になれば無駄なのかもしれない、あの時の勉強も海斗を突き放したことも、初めて好きだと感じた時も

「無駄なんだろうなぁ」

弱音がそうこぼれ落ちた
けれど誰もそれを拾わず、広い街の空気にあわかって消える



シャンディガフ「無駄なこと」