Miami

どうしようもない人間ってのはどこにでもいる、例えば女遊びが激しいとか、例えば定職につかず下手すればバイトとか派遣さえしない、例えば毎日ギャンブルに溺れてるとか、例えばやっちゃダメな薬してるとか
普通の人間と離れたダメな人間、それが私の恋人のゲンくんだ
二年半前の雨の日まるで猫みたいに、自分の家のアパートの入口付近の階段に座っていた

「どうかしました?」

なんて声をかけた、タバコを吸いながらどこを見てるのかわからない彼の瞳が重なってへにゃりと笑う
あぁ素敵な笑顔だな、なんて多分その時に負けたんだ

「傘なくてさ…あと、帰る家もないから」

私は馬鹿だと自身を罵ると同時に、ここまで愛した自分を褒めた、何があるかわからないのにその男を家に住まわせ始めた
それからヒモという存在になった、恨めしいことにそんないいアパートに住んでるわけでもないのに、職場は一流企業で自分も就職をして10年近く、そうなればまぁまぁの地位には上がって仕事も貰うし上司にも褒められたり、時に怒られたり

毎日仕事をして帰ってきてを繰り返す、いたりいなかったりするゲンくんに何も思うことは無い
なんとなく帰ってきてくれるからなんて思った、また友達の高橋とやらと飲みに行ってるのかなとか

「おはよ」

目を腫らしながら、起きればそのクシャクシャになったゲンくんの笑顔がみえる
手が伸びてキスされて、酒の匂いとまた甘ったるい香水の匂いとか化粧品の匂いがする、よくみればシャツの端には薄いファンデのあと
それでもいいんだって、この笑顔のために私生きてるって言い聞かせた

「仕事は?」

「ん、もう行くよ」

「そっか、寂しいな…」

「今日も遅くなるしこれでご飯食べといで」

いい女を演じようと必死で、財布の中から昨日下ろしたばかりの3万円を渡す
朝食昼食夕食代として、小さくゴメンなと聞こえて手が触れて唇が重なる、チクチクとしたヒゲが痛いような擽ったいようなそんな彼が好きで誕生日もどこから来たのかとかもどうでもよかった

「俺別にいいのに」

「好きでしてるからゲンくん気にしないでよ」

ダメな女だと周りは言うのはわかってながらもその笑顔が見たくて、その安心しきった姿が欲しくて金だけならあるからと言い聞かせて渡した
どんな姿でもどんなことをしていてもよかった

「ただい…ゲンくん?」

ある日の帰宅
ドアを開けて声を上げても聞こえてこないことには慣れていたが、違和感を何故か感じた、これが女の勘なのだろう
兎も角部屋の異変に気づいてパンプスを脱ぎ捨てながら部屋に入る
寝室の奥で半裸で怯えきった顔をするゲンくんと、ベッドの上でぐったりと寝る女
サイドテーブルには白い薬の入った小さなジップロック

「あ、夕日?」

「ゲンくんどうしたの?その人」

「ごめん、浮気とかじゃないこの女が無理やり俺のこと」

怯えきったその瞳をみて、あぁこの人のこと守らなきゃってすぐに理解した
女の人に触れるとだいぶ冷たくなっていて、首にはくっきりと手形が残っていた
ゲンくんはリビングで服を着直してビールを片手に何かをいっているが何も聞こえない
この人のためならなんでもしてあげなきゃ、私に足りないのは覚悟なんだと理解した
こたつの中に入って未だ顔を青白くさせたゲンくんを抱きしめた

「大丈夫だって、私がなんとかしてあげる…うん、これからだってゲンくんは普通に暮らせるよ私と一緒に…ずっと」

昔映画を思い出した、実話を混ぜた話で夫婦が殺害した死体を解体して山の奥まで行って死体を焼くのだ、一日二日と時間がかかっても死体が灰になればそれでいい
寒空の下でバチバチと燃え盛る炎を感じながら目を細める
あの人のためならこんな事どうってことない

「ただいま」

「おかえり、ごめん夕日」

「ううん、いいんだよそれにゲンくんは何も悪くない、悪い人は私が隠したから大丈夫だよ」

「…そっか、怖かったよなありがとう夕日」

そうだ、この笑顔とこのキスとこの温もりがあるなら、人間という心さえ捨てていい愛さえあれば生きていける

それから半年後か、事件はやはり何も問題にはならなかった
捜索願くらいは出たのかもしれないが相手の顔も見てないせいでよく分からなかった
家に帰り、ベッドの上で喘ぐ女とそれを抱いてるゲンくん

「……ダメだよ」

騙されちゃ、ゲンくんをすぐみんな悪い方にさせようとする
私から奪おうと、呼吸が荒くなって近くにあったガラスの灰皿で女の頭を殴りつける

「ゲンくん怖かったね」

「…え、あ、うん」

可哀想な人騙されてこんな女を抱いて、私がしっかりしてないからだ
いつもそうだ、騙されてかわいそうに
息をする女が頭や顔から血を流して言葉にもならない声を発する
血塗れになった灰皿を見て冷静になり、どうしたらいいのかと固まる

「夕日」

優しい天使様の声が聞こえて振り返る
横に立つ愛しい人

「俺、無理やりだったんだ…助けてよ」

いつものあの笑顔


燃え盛る炎を見つめた、その奥に見えるゲンくんの笑顔が早く欲しくてたまらない
燃え尽くしてしまえと願い、翌朝になってようやく消えたそれに眠気と戦いながら部屋に戻る

「…ゲンくん?」

まるで最初からそこには何もいなかったように、何も無かったように荷物がすべて消えていた
印鑑、通帳、クレジットカード、ブランド物の貰ったカバンも、宝石も、金目のもの全て

「最初から言ってくれたら良かったのに」

お金なんとでもしてあげれたのだから
小さく溜息をつきながら寝室に行く、真っ赤になった部屋は心地よく
ゲンくんの笑顔を思い出す

「…悪い人に騙されてなきゃいいけどなぁ」




マイアミ
「天使の微笑み」






「そういやいってたあの女は?」
「さぁ?まぁでも警察でもいってるかも…やばい顔してたからなぁ」
「優しい顔してやることえぐいよなぁ」
「関係のあって切れない面倒な女、押し付けて殺すなんていくらヤクやってても出来ねぇわ」
「高橋の場合は女いないからなぁ」
「そうなんだよ、分けてくれよな」
「えー、俺のとこの欲しいの?」
「平気で人間殺せるような、人間は嫌だなっ亜人ならわかるけど」
「ならあいつも亜人だったのかなぁ?」