土方












人魚姫の肉をくらった故に永遠を生きるのだ


あまりにも男は年を感じさせなかった、それ故誰もがそうおかしな噂を立てていた
そしてその老人の傍らにいる美しい娘を人は[人魚]と例えた故にその噂は信憑性が強くなったのだろう。


「土方様………寝ているの?」


陽が暖かく、寒い北の大地であるがその陽に当てられてどうやら彼は椅子の上で眠りこけていた
幼い娘は静かに覗き込んだそこに彼は日向ぼっこをしているかのように座り瞳を閉じていた

ペタペタと素足から音がなり、彼の足元に座り込み頭を膝に預けた


聴こえるのは波の音、寒く荒れた海に波、空は黒く今にも雨が降りそうだった
ざざん……ざざん………波が音を立てた、人のいないそこでただ薄らと意識だけを残したように娘は死んだ風に横たわった

海水に濡れて、白い着物は泥に汚れて、このまま死ぬのならそれもいいかと思える程生きる力など残ってなかった、ここが何処なのか寒い空気に肌は悲鳴をあげて痛みさえ感じぬほどになった

なぜ自分は海の中にいたのか、なぜ自分がこんな場所で息絶えようとしているのか、何もわからずに自分の記憶を辿っても、まるで霧が掛かったかのような断片的な記憶しか出ては来ない


「そこで死ぬか」


男の声が聞こえた、顔を上げることも出来ずにただ目の前の景色を何の楽しみも感じず見つめた
反応のしない娘に痺れを切らしたように男は娘の前に立った、足の見えた男に対して反応もせずに娘は音を聞いた


「生きる気力もないか」


何を興味引かれるのか、いつまでもそこに立つ男に目を向けた、老人ではないかと娘は失礼ながら思った
何を興味ありげにいつまでもみようことかと思った


「殺して、くれるの?」

「話せたか」

「うん、ねぇ名前が知りたい」


何となく彼を光のような存在に感じた、決して優しい凡人のような雰囲気もないのに、軍人のように固く熱い心を持っているようなその瞳にきっと心臓を焼かれたからだろうと思えた


「土方歳三だ、生きたいならば来い」


そういった男の声に生を感じた、今彼について行かねば自分は2度と出会うこともなく
このまま死ぬかきっと悲惨な目にあい死ぬような気がした、死も生も感じなかった数分がまるで花を咲かせたかのようになくなった
歩いていく男の背を追って走った、履物も履いていない足は海の貝殻が刺さった、痛みに顔を歪め声を上げても男はこちらを見ずに歩いた
行かないでほしいと、まるで小童のように追いかけた



「おや、土方さんその娘は」


綺麗な屋敷についた時には男の少し後ろに立っていた
これまた変わった雰囲気の老人が品定めをするように見たあとに風呂に入れと言われ、数時間ぶりの温もりに触れた、男物の大きな着物を着て
屋敷の中に居るであろう土方歳三の下に行った



「……そばに行っても?」

「構わん」

椅子に腰掛けた彼は優しい顔をしていた
娘はそこに座り込み彼に頭を預ければ黒い髪を撫でられる、男の手は大きく老人の手にしてはいたく若々しく思えた
あぁ、この人のために今は生きればいいか…等と考えを過ぎらせそっと目を閉じた




「……あれ、私」

「よく寝ていたな」


勢いよく起きればそっと頭に添えられていた手が離れたがそれもスグに元に戻った
柔らかく大きな優しい剣士の手のひらは眠気を誘う、陽が消えかかる空を見て、随分と寝ていたかと思い目の前の老人に申し訳なさそうな顔をした


「ふむ、疲れていたか?」

「ううん、土方様が寝てる姿を見てるつもりだったのに…でもなんだか、眠気に誘われたのかも」

「寝てはおらんが心地よさそうに寝るお前を見て楽しめたものだ」


その言葉に思わず目を丸くした、その言葉通りならまるで自分はどれだけ甘えるように彼に接したことかと思い出し羞恥に駆られた
だがそんなことを分かって彼の手は頭に添えられ、そのまままた彼の膝の上に頭を押し付けるような形になり、胸いっぱい匂いを吸い込んだ



「……土方様、私の事をいつでも殺してくださいね」


そしてその肉を食べてとずっと娘は願う、人魚だと本当に言うのならば彼に永遠に生きてほしいと願うのだ
夢をみるように
頭の上で小さく笑う彼の声を聞きながらまた目を閉じる、何度も貴方に拾われる夢を見るのだと思い出し。









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