月島
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「運命なのよ、運命、なのにあなたってば現実的だから…その運命も、任務だったから何ていうの」
鶴見中尉の遠い親戚であるとされた娘はそういって加須底羅を銀のフォークで刺した
部屋に広がる甘い香は、わざわざ英国から仕入れたとされる高級品、下手をすれば平均的な月収を上回る値段かもしれない
月島は何故かそんな娘を見ていた、扉の入口付近で特に厳重警戒している訳もなく所持している武器もなく
二十歳ソコソコの娘は育ちがいいらしい、裕福な家庭に住んでいて噂を聞いたと言って鶴見の元に来たが如何せん腹の内が見えぬ彼女に鶴見は眉を顰める
「もしよ、その命令がなければ貴方と私は出会わなかったかもしれないの」
よく話をする女だった、姿だけは一級品で
肌は白く、目は丸くおおきい、桃紅色の様に色付いた唇、長く艶のある黒い髪、その見た目だけを見れば西洋人形のように美しいはずなのに
夢見た娘は月島に夢中だという、よくまぁ言うものだと思いつつも残念なことに月島軍曹とやらはえらく真面目な男であった、それ故に年の割には浮ついた女の話や結婚、はたまた故郷に残した女の話さえ聞かない
一時は男色なのでは?と噂にもされたが残念ながらその様な結果も出なかった
ただ、真面目な男として生きている月島にとって女とは難しく理解の出来ないものだ
「月島軍曹は、甘いものはお好き?」
「いや、あまり好んでは」
「軍人は変わった男が多いわ、貴方は真面目すぎるのが欠点、私のことを触れることすら…しないでしょう?」
「興味が無いだけだ、貴方は鶴見中尉の親戚である以上護衛役として着くのが命令であり、それ以上も以下もない」
そういえば黙って加須底羅を食べてしまった
溜息をつきながら、月島を見ても彼はいつも通りの仏頂面だった
「ねぇ、つまらないわ」
「外出許可は出ていない」
「…私は囚人なわけ?鶴見中尉さんの命令で動かなきゃダメなわけ!?私はせっっかく楽しい宝探しを聞いてきたのに」
そう、この女は金塊を望むこの殺し合いさえしているものを子供の宝探しだと言う
頭が弱いのか、はたまた何も知らない世間知らずなのか、どれだけ戦況を聞いていても女は子供の遊びのようにものをいう
「夢を追いかけても意味なんてないのに、馬鹿らしいわねぇ」
そうボヤいては窓の外を見た、雪が降りしきる寒い北海道、女から見て軍人はただのおもちゃの兵隊に見えようか、鶴見中尉は踊らされているだけの道化師と言いたいのか
理解が追いつかないほど女の意見はわからないでいた、裕福で何も困ることもないはずの女が今更金を求めてここに来たとしても意味は無いだろうに
「私のこと不思議に思うんだ」
「いや」
見すぎただろうか、と思わず目を大きく逸らした
黙ってどこかを見つめた横顔は美しい筈なのに、合わせられる瞳は危険な深海魚のような黒い瞳だった
「私はね、自由な冒険をしたいの!運命の王子様に出会い大きな旅をして夢を叶えて…物語は幸福で終えるの」
素敵でしょう?とウットリとした瞳で語る
理解が及ばないでいた、そのままいたらきっとマトモに結婚もでき子を産み育て静かに幸せにできたのに何を混沌を求めるのか理解が及ばない
親が死んでも遺産が大量にあるはずなのだから困ることもないのに、寒さも苦しみながら死ぬこともないのに
「ねぇ、月島さん不思議でしょ?お前のような女なら男も子供も手に出来て金に困ることなく死ねるのにと」
「…そんなことは」
「いいのよ、でもね…結局そんなもの親が決めたものなのよ…私は毎日親の機嫌を伺って、親に毎日笑顔を向けて、年の離れた男と結婚をして、子種を受け取り子を産むの……そんなの嫌よ、だって私は自由が欲しい」
「だから、逃げたのか」
そういえば彼女は眉を下げてしまう、困ったように言い当てられたというように。
身につけている装飾品全てを机の、それも先程食べていた加須底羅の皿の上に落としていった
大きな音を立てて重たい装飾品は落ちていったかと思えば、立ち上がって彼女は棚の上にある鋏に手をとる
「おい!待て!!」
思わず止めようとしたその前に
ジョキリ
大きな音を立てて黒が落ちた
黒い美しい髪が床に静かに落ちていった
「だから、自分で運命の人を探して旅をするの…ねぇ月島さん…私を、愛してはくれますか?」
女はそういって、切った髪を吹雪始めた外に落とした
喉を鳴らして気まじな兵士は答えることもままならず、深く深呼吸をして一言
「…運命など、どこにもない」
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