恐怖を君へ


赤い風船が浮かんで消えた毎日それは一つ部屋に増えて増え続けて天井を埋める
小さな頃からずっとそうだ、どこからどうやって入ってきてるのか


「ママ、風船がお部屋にあるの」

「なにいってるの、何も無いじゃない」

「天使様がくれるのかな」

「ふふっそうかもね、ナナシはいい子だからプレゼントね」


小さな頃ママはそう告げた、6つになっても8つになっても毎日やってきた、それをくれるのが誰かはわからないが何となく心地よくて嬉しくていつもそれを眺めた
学校は苦手だった、いつもクラスの端っこで一人ぼっち本を読んでたら嫌な顔した男の子達、本を窓から捨ててしまう
どうしてそれをするのかも分からなくて悲しいや悔しいやそんな気持ちよりも、あぁ本を取りに行かなくちゃなんておもって2階から降りれば先生が怒った

「どうして授業時間なのに外に出たの!?」

パパが謝っていた、悪いわけないじゃない
本が落ちたんだから仕方ないじゃないか、無性にそう言いたいのにパパは苦しそうに笑って謝るのを見て、ごめんなさいと告げた
こんな世界なんて息苦しくてたまらない、この街は知らないだけで異常なんだ、酔っぱらいのホームレスのおじさんが酒瓶片手にそう言った

ある日家に帰るとバルーンが全部消えて、真ん中に1人のピエロがいた
懐かしいサーカスのピエロのよう、赤い風船を持った可愛いピエロ

「やぁ、小鳥ちゃん」

「こんにちはピエロさん、私は小鳥じゃないよ」

「じゃあカップケーキちゃんかな?」

「私はナナシよ、ねぇあなたのお名前は?」

「僕はペニーワイズ、みんな大好きピエロさんさ、ナナシだって好きだろう?」

「あなたね、毎日風船をくれる天使様は」

赤い鼻のピエロのような天使様、彼はいう、フワフワしようと
みんなと一緒に浮いてしまおう、ママもパパもいない夜の日、ピエロの手を取り知らないお家の井戸の下に連れていかれた、プカプカと浮かぶ子供たち
さぁ眠ってご覧というピエロの声、そうなりたいと願っていたはずなのに身体は地面から離れないでいた
ピエロは首をかしげて目の前で変身した、ゾンビに君の悪い狼男に肌の垂れた女にクラスの男の子に家族に
きっとプカプカすることは何か必要なのになかったのだ、ピエロは深いため息をついて牙を出した食べるなら食べていいよと身体を差し出せば更にため息をついた

「お前には恐怖がないんだな、怖いものが」

「…あるよ、ミルク」

「うぅん、シュガーちゃんそれは嫌いなものだろう?」

「難しいのね怖いものって」

ピエロさんといえば彼はペニーワイズと呼んでといった、それからも毎日部屋には自分だけにしか見えない赤い風船が部屋の天井を埋め尽くす
怖いものを作れば彼のためにプカプカと浮くことが出来るのだとわかった
怖いもの、算数の勉強にミルク、学校のダニエル先生の長話、ママの口紅を内緒で使う時、愛犬ペギーの首輪を隠すこと
沢山浮かんだのに時々来てくれるペニーはため息をついて「ちがう」なんて一言告げる


「ねぇ私怖いものがあったの」

「ふぅん、なんだよ」

その頃にはもうペニーワイズは呆れてまるで友達の家に遊びに来たように我が物顔でベッドに横になってテレビを見ていた
あぁせっかく見ていたトムとジェリーが変えられた、好きなのに…

「私ペニーが死んだら怖いの」

12歳の夏休み、そう告げればペニーは嬉しそうに笑った、ニヤニヤとその不気味な口元をこれでもかというほど歪めて近づいて


「どうしてだ?」

「私一人になっちゃう、ママとパパだけしか私を知らずに誰も私をみないで、でもペニーは違うもの…だからお願い、ずっと友達でいてね」

何があってもよ
例えピエロじゃなくなっても、死んだ後も一緒にいれたらいいのにと


その年の夏休みに突然ペニーは姿を一切表さなくなって、部屋には一つだけ風船が取り残された
毎日それを見つめて学校にも行かずにまるで恋した女の子のようにそれをみつめて眠りについた


あれから何十年経ったかと思いながら新居の中に足を踏み込む、引越し作業は終わっているのだからと
12歳の冬に急遽引越しが決まって、大人になりこの街にまた戻った、一日も忘れたことのないピエロを求めて
何も結局変わらないなと感じながらため息をついて最後に寝室のドアを開けた
赤いハート型の風船を沢山持ったピエロがベッドに腰掛けていた、空いている左手を広げて声が聞こえるのを待った

「こんにちは、子犬ちゃん」

「こんにちピエロさん、私は子犬じゃないわ」

「ハッハッーナナシなら気づいてくれると信じてたぜぇ」

えらく楽しそうにそういったペニーに苦笑いを浮かべた
変わらないピエロの姿、いつの日からか彼が人間ではないのだとわかっていた、それでも楽しい自分のたった一人の友達
だからこそ恋人も何もかも作ることも連れても来なかったわけではあった。 、

「ねぇ、今度こそ怖いものを探しましょ…きっともうすぐ最高の恐怖が待ってる気がするの」

ペニーワイズの胸にそう飛びつきながらそういった、あぁそうだそういえば彼は死人みたいに体温が低いんだったと今更ながら思い出した。


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