神様おねがい



朝、目を覚ますと左手の薬指に小さなサイズのぴったりとした結婚指輪らしきものがハメられていた
なんだろうと思いながら指輪を外そうとしてもそれは全く外れずまるで固めたように指にはまっていた、キラキラと光る銀色のダイヤモンド…ではなく光に当たる度に色を変えるオーロラ石は貧乏人である彼女でも高価な物だと見て取れた
だがしかし一体これを誰がいつ填めたのだろうかと彼女は1ヶ月と2週間の間悩みに悩んだ、彼氏は何年もいない男友達もいないそもそも自分に好意を持つ人間を想像できないでいた
そんなある日の夜だった、それは目の前に現れたツナギ姿に白いマスク不気味な程の大きな男はまるで一流シェフが使うような大きな刃の切れ味の良さそうな包丁を片手に窓から現れていた、体を縮めてベットに丸くなっていれば男は腕をおおきく振りあげたと同時に彼女は目を閉じた

「いやぁっ」

自分の人生もここまでかとしみじみと感じる中で訪れぬ痛みに小さく目を開ければ男はベッドに膝をついて真っ赤な花束を渡してきていた、12本のバラの花束の真ん中には相当汚い字で merry me と書かれていた
男の名前はマイケルマイヤーズと教えられた
それから時間が経ち今現在、オーロラの指輪を填めた彼女、ナナシの現旦那であった、あの日の夜は2人にとって忘れられない日であった
マイケルは彼女を知っていたらしくずっと見ていた、だがそれを知るわけもないナナシは初対面で恐怖を植え付けたはずの男に吊り橋効果でもあったのか一目惚れしてしまったのだ、案外子供ったらしくロマンチストな彼は毎日逢いに来ては毎日何かを置いていった、時に高価なネックレス、時に綺麗なシフォンのドレス、時に青いエナメルのパンプス、時にネズミの死骸が来た日にはさすがに驚き悲鳴を上げた

「なぁにマイキー?」

夕飯の支度としてトマトスープを作っていれば後ろから包み込んだ温もりと子供のような行動に笑顔で顔を向けた、相変わらず白いマスクは外れないそれを外すのは暗闇で眠りにつく時だけであり顔は判別することは出来ない、分かることは美しいブロンドヘアであることだけ
マイケルは時折どこかに消えていっては赤い染みを服につけて帰ってくる文句を言っても聞く耳も持たずに挙句の果てには新しい服は全て未だに新品のままクローゼット

「ん?お肉を増やせだなんていけません、あぁこら無理やり鶏を入れようとしない!あっー、もうっ」

してやったといった雰囲気を持つ彼の声は聞こえない、彼は自発的に声を出さないらしく1度だけ聞いた声はなんて事ない普通の男の声だった
けれどそれは名前を教える時だけでその声で愛を語ることも文句を言うことも何を伝えることもなく筆談であったり何かを訴えかけてきたり等と行ったところだ
トマトスープにぼちゃんと落とされた生の鶏肉は切られることなくそのままの姿で真ん中に浮かんだ、睨みつけるように見つめれば流石に申し訳なく思えたのか許しを乞うように頬にマスク越しに小さなキスを残した、そんな事でも許せるのは流石自身の旦那であるなとも思えた

「さてとお祈りも済ませたところだし、いただきます」

両親が根っからのクリスチャンであった為に食事への祈りは時間が掛かったとしてもしっかりと守った
守らないその日はきっと悪い事が起きる、それは神に祈りを捧げることを嫌った幼少期であり例えばその日交通事故にあったり、例えばその日近所で殺人事件があったり、例えば階段から落ちたり
流石に近所の殺人事件に関しては両親の家異常と判断して街を出た程であるがその事件の真相であれ、何であれ何も知らず2つ隣の街に住むこととなり、大人になってもその街の心地良さは変わらないでいた

「そう言えばね、昔お祈りをしない日に限って毎日悪い事が起きたんだよ」

相当お腹が空いていたのか彼は貪るように食らいついているのを見ながら、聞いていなくとも関係無しに彼女は話を進めていた

「でもね、そんな悪い日の最後にはいつもお部屋の外のベランダの所に白いお花があったの、不思議でしょ」

押し花にでもすればよかったと今更ながら勿体なさに打ちひしがれる、パクパクとスープにグラタンにパンにサラダに自家製のジュースに全て彼の口の中に消えていく
テーブルの上にある食事たちは皿ごと消えてしまいそうな程には勢いよく消えていく

「その人に、ありがとうって言えなかったなぁ」

そういえばマイケルは動きを止めて前に座る妻に目を向けた、彼の指にはオーロラの指輪がしっかりと嵌め込まれていた
抜けることのない祈りのような指輪を彼は決して離すことはないだろう、ナナシはスープを飲みきって最後にグラタンを1口食べ終えて夕飯を終えた、彼女が家事をする時間は絶対に離れないでいた、手伝うことも出来ることを少しずつしていった
2人でお風呂を終えてしまえば、いつも同様に目を隠されたナナシは彼の柔らかくも長いブロンドヘアをタオルで拭いていく、多方終われば次はマイケルの番でナナシの髪を拭いていく、大きく傷だらけの手でかわかされる髪
その日は嫌なほど真っ白な大きな月であった、ベッドに潜り込んで眠気に晒されるナナシは半分寝かかっていた、ふと起き上がったマイケルは窓側に行きカーテンを開けば眩しい程の月の光がはいってきた

「マイキー?」

いつの間にか着替えていたらしいツナギ姿のマイケルはあの日見た包丁を逆さに持っていた、恐怖に晒されるなか彼はベッドに乗り込みナナシの上に跨った そっと片手が彼女の首にスルリと触れる中で抵抗もなくマイケルを見つめた

「祈りなんてするからだ」

低いその声は部屋に消え
その日神は偽りの幸せをくれていたのだとようやく彼女は理解した

- 6 -
←前 次→