そして明日も息を吐く


血濡れのベッドの上で起きるのは何度目だろうか、先程までいた色男とは正反対のケロイド肌のクリスマスセーターの男は今日もまた楽しそうに笑っていた

「やっちまったな」

あぁ殺っちまった
内心そう答えてみれば彼はわかったようにニヤニヤと笑っていた、昔から私には悪い癖があってそれがついたのはきっとある日の彼氏がゴミクズだったせいだ
1人で飲みに行った先で自分をひっかける男にノコノコとついて行って1晩楽しんでしまう、決して愛されてるわけでも恋人でもないのにそれに溺れてしまう、そして目を覚ませば相手は目も当てれないほどの姿で床に落ちて男がいたであろう場所にはクリスマスセーターにハットを被った鉤爪の男
フレディクルーガーはこの街の殺人鬼だ、人の夢に入ってきては傷つけ現実にする夢魔と呼ぼう

「これで8人目だ」

「聞きたくない」

別に自分が殺したことへの加担が嫌だという訳ではなく、それだけ男を食ってしまったことに後悔なのだ
癖は抜けずわざと声をかけられるように静かなふりをした、見た目だけは自他ともに認めるほどに静かでか弱く見えた、だが実際は正反対で肉食獣の如くだった、それが嫌だったからこそ大人しく酒は飲まないセックスも控えることを決めていたがそれもつかの間、彼氏に振られて2週間やはりそれはやってきたのだ

「なんだ慰めてやろうか?」

「…いや」

フレディは不思議な男で手は出してこない、昔1度出会った頃に彼は言った「つまらない奴だな」深いため息をついた彼に苛立ちが募り思わず近くの物を全部投げたあと子供のように大声でわんわんと泣き始めれば次は彼は驚いたような顔で近寄っては鉤爪のない手で撫でたのだ、その手が安心して彼に気を許して包まれるように眠ったのは記憶にもまだ新しい
そんなことがありながら終わる気配はなく彼への恐怖をこの街は忘れないのだ、無垢な子どもも大人も彼のおもちゃになる

「はぁ、ったくこれだからお前はシラケやがる」

「そんなの言われたって私、気持ちいいんだもん」

「アバズレビッチめ」

「否定のしようもない」

これは異常だと医者に告げられてから余計に抑えが聞かなくなった、幼い頃母親の再婚相手からの性的行為は幼い思春期の娘を刺激した、それが恐怖よりも心地良さに優ってしまった
元から歪んでいたのだろう性格は歪みに歪みそれを隠すように人の温もりと体に溺れ求めた
周りに罵倒されたとしてもコレが辞める方法はなく、恋人を作るしかないのだろうそうすれば固定ができるかもしれない…しれないというのは出来る気配もない、セフレならば恋人の数を上回れたのに。

「お前みたいな馬鹿も珍しいもんだよ」

「そんな馬鹿に優しくするのも珍しいよ」

「いうだろ、馬鹿な子ほど可愛いって」

そういったフレディの顔はどこまでも優しい崩れたメイクで泣き腫らした顔の彼女に否定しない、口悪く言っても優しく微笑んでは頭を撫でる
嗅ぎなれた優しいラベンダーの匂いが部屋を包みまるで太陽の下に干された様に暖かい布団がかけられて真っ白で大きなベッドの上に彼女は目を細める

「夢?」

「あぁ夢だ」

どこまで彼は優しいのだろうかと思えた、きっと自分が望む夢はこんな幸福よりも悪魔のような色欲にまみれた汚いものだと言うのに彼は何よりも優しい夢を見せるのだ
それが心地よくて忘れられなくなる、深く息を吸ってフレディに手を伸ばした、彼の匂いはどこか燃えたような焦げた匂いで生前を何度も思い出すのだ
生きたまま焼き殺されたのだという話、確かに彼もどこまでも酷い悪であった、子供に性的暴力を加えて更には殺害までもした、それこそ自分が生きていた頃の子供たちを今も狙い続けていたのだから。
それでもよかった、優しさを分け与えてくれるならばたとえ人間でなくても心地がいい
親の愛情も恋人の愛も友人の愛もないのだから嘘でもいいと溺れて何が悪いのかとおもえた

「夢から覚めたくない」

人はこれを悪夢だというものだとしても彼女からすればこの世界は幸福に満ち溢れ人々が口にする天国だと信じてやまない
死にかけの自分を拾ったフレディはまるで神でそこに依存してしまうのだ

「ダメだ、お前は明日も生きるんだ」

「…残酷な人」

拗ねた子供のように彼の腕を枕にして目を閉じた、甘く優しい声と匂いに交じる炎の燃える音は自分の心か彼の体か

外の明かりがついていた、ベッドは新品同様に真っ赤になっていてベッドサイドには小さなメモ用紙に「今夜待っててやる」なんて最高の誘い言葉を残した
彼はどこかで見ているんじゃないかと後ろや鏡を見ても何も見えない、あぁ早く夜になってと願ってベッドの海に沈めばフレディ・クルーガーという匂いが少しだけ残っているような気がしてゆっくりとまた瞼を閉じた。

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